(五)痴話喧嘩する婚約者
「へえ、クレオンの正体が」
ジキルは落花生を摘んで口に放り込んだ。クレオンの正体。つまりクレオンがクレアであることを知っているわけか。それは大変だな、と他人事のように考えてジキルはようやくその意味を理解した。
「なんでそういうことになるんだ」
「クレオン=ベリィレイトに毒を盛っても意味はないが、クレア=リム=レティスならば、」
「悪い。一つ頼みがある」ジキルは指で頰をかきつつ言った「とても言いにくいんだが、その……チョーカーを、外して喋ってくれないか?」
クレアはきょとんとした。
明らかに姿も声も女性のものなのに口調が男性。本人に自覚がなくとも、そばにいるジキルには違和感が非常にあるのだ。可能であればドレス姿もやめていただきたいのだが、着替の手間を知っているのでそこまでは求められない。
「不快なのか?」
「変な感じがする。クレオンと話しているのかクレアと話しているのかわからない」
「おかしなことを言う。どちらも僕だ」
「そうだな。でも、できれば俺はクレオンと話がしたい」
クレアは目をすがめた。ご機嫌を損ねただろうか。
やおらクレアは立ち上がり、衣装部屋へと引っ込んだ。ほどなくして衣擦れの音やら物音が聞こえる。化粧を落として、カツラを外してドレスを脱いで、髪留めもチョーカーも投げ捨て、再び衣装部屋から現れたのは軽装のクレオンだった。
「これで文句はないだろう」
勇ましくどっかりと椅子に腰を下ろす。ともすればジキルの頰が緩んだ。
「やっぱり安心するな」
「変なところで細かい奴め」
クレオンは悪態をついた。が、髪をかき上げる様は少し照れているように見えた。
「話を戻すが、つまりクレオンに毒を盛れば、クレアに毒を盛ったことになると知っている奴の仕業だと?」
「そう仮定すれば、毒を盛られた経路に心当たりがある」
「いつだ。一体いつそんな隙が……あったな」
「僕としたことが、不覚だった」
クレオンは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
リリアが差し入れた夜食。その場にはクレアがいたので、代わりにレオノーレが受け取ったのだが。
(あれを食べたんだ)
自分が差し出したものには毎回文句を言うくせに、リリアからのものならばあっさり受け取るのか。ともすればクレオンに恨みがましげな視線を送るジキルだった。
「何だ」
「いーや、別に何も」不貞腐れたようにジキルは肘を椅子についた「で、美味しく召し上がった夜食に毒が盛られている可能性があるわけか」
「相手は王太子妃だ。断るなんて不敬が許されるわけないだろ」
だとしても、無防備過ぎやしないか。いつも自覚が足りないだのこちらを責めるくせに。
「断れなんて言ってないさ。仕方ないことなんだから」
「昨日も思ったが、お前……ここ最近、機嫌が悪くないか」
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『清くも正しくも美しくもない』
魔法などファンタジー要素ほぼなしの現代ミステリー……を目指して玉砕しかかっているものです。よろしければご覧くださいませ。




