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十二章(一)動き出した魔女

 プレゼントには可愛いものを。鼻歌交じりにアリーはリボンを選んだ。

 必要な魔力は既に魔石に込めてある。アリーが合図するだけで魔法は発動するようになっていた。

 だからこれは、本当は必要のないことだった。しかし、いや、だからこそこだわりたい。リボンを見つめるアリーの目は真剣だった。

「やっぱり赤かしら」

 サテンのリボンを手に取ったアリーは、クマのぬいぐるみの首に結わえ付けた。これで完成。満足のいく出来栄えにアリーは微笑む。

「可愛いオンナノコにはピッタリね」

「そのクマは女の子だったのかい?」

 一連の作業を見守っていたクリスが声をかけた。

「そうよ。知らなかったの?」

「これは失礼した」

 クリスは大げさともとれる仕草でクマのぬいぐるみに一礼し、詫びた。アリーは声をあげて笑った。自分が作ったぬいぐるみに頭を下げるクリスがおかしくて仕方がなかった。同時に、これが正しいのだと確信する。アリーはかしずかれ、仕えられる側の人間なのだ。決してその逆ではない。

(だというのに……ルルったら)

 そんな簡単な摂理にすら気づかないとは。アリーはひそかにため息をついた。出会ってから一度もルルはアリーに頭を下げていない。クリスにも、誰に対しても。

(次に会ったら教えてあげなくちゃ)

 無知さゆえの傲慢だ。取り返しのつかないことになる前に過ぎた自信は折っておくべきだろう。アリーは決意し二つ目のクマにもリボンを結わえ付けた。

「ああ、それは必要ないよ」

 三つ目のぬいぐるみを手にしたアリーを、クリスは制した。

「レムラには私が行こう」




 ジキルの忘れ物。

 最初に浮かんだ考えにキリアンは首をひねった。可能性が全くないとは言い切れないが、こんな少女趣味かつ高価なものを持っているとは思えなかった。干し肉の塊を落としてくれた方がまだ彼女らしい。

 そもそも、こんな可愛らしいものを昨日は一度も見かけてない。

(誰かが落とした……こんな山奥に?)

 それこそありえない話だ。キリアンは仮小屋の前に放置されたそれをじっくり検分した。

 熊を模した人形だった。貴族や金持ちの令嬢が好んで部屋に飾るものだと聞いたことがある。実物を見たのはこれが初めて。本物によく似せた毛並み、つぶらな黒い瞳、ずいぶんと精巧な造りである。首元の赤いリボンがまた愛らしい。

(ジキルの土産とも思えない)

 昨日、直接渡すはずだ。そしてこちらの反応を楽しむはず。考え込むキリアンの前で、不意に、熊を模した人形が持ち上げられた。

 キリアンは反射的に顔を上げた。思考に集中していて気付かなかったのだ。

「お帰り。早かったね」

 数日前から薬草探しに出かけていたその人物は、おざなりに返事すると、手にしている人形を逆さにしたり、小さな耳をつまみ上げたりと弄りまわした――かと思いきや、急に身体を引き絞り、空へ向かって高く、高く、熊を模した人形を放り投げた。

「か、母さん……?」

 キリアンが声を掛けたその瞬間、人形が破裂。同時に耳を弄するほどの爆発音と爆風が押し寄せる。周囲の木々の枝を大きく揺らす衝撃波を、とっさにキリアンは身をかがめて耐えた。

 衝撃こそ大きかったが、爆発は一度きりだった。あの熊を模した人形に魔石を仕込み、一定時間が経過したら爆発するようにしてあったのだろう。

(でも、一体誰が)

 魔石を造れるのは魔女だけだ。時代錯誤の『魔女狩り』集団ならまだしも、母と同じ魔女に狙われる覚えはなかった。

『出かける準備を』

 くぐもった声で端的な指示。キリアンは仮小屋に戻ると、すぐさま弓と荷物をまとめて背負った。森の魔女を狙う輩は後を絶たない。急な引越しには慣れていた。

「今度はどこに?」

『まずはジキルのところに』


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