(十五)恥知らずな英雄
覚えはあった。意味も理解している。問題は、どう説明するかだ。ジキルは天井を仰ぎ、一つ息を吐いた。
「……ルルの住民登録票を見たことは?」
あるはずだ。何しろクレア王女との婚約話が出た時すでにジキルの周辺を調査させていた。家族構成も把握していた。パーセンでルルの姓名を知った後、周到なクレオンが確認しないはずがない。
「お前の妹は『ルル=ヴィンセント』で登録されていた」
「性別欄も当然確認したよな」
クレオンは小さく首肯した。
「『男』だった」
全部捨てて、生きていくつもりだった。
母を失ったのは悲しかったが、孤児となったのは今後この国で暮らしていく上では有利だった。父方の姓「マクレティ」として登録してしまえば魔女との縁を断つことができる。代々続く魔女の血脈なんぞに興味はない。魔法も、力もいらない。ただ、家族で穏やかに暮らしてゆければ。
しかし、そんなささやかな希望も、現実は許してはくれなかった。
「ルルが生まれる直前に母さんは父さんと別れた。俺とロイスは父さんの姓だけど、ルルだけは母さんの姓で生まれた時に登録せざるをえなかった」
それでも、難民となった際に全員「マクレティ」姓にすることもできた。実際、ジキルも混乱に乗じて「ルル=マクレティ」で登録しようとした。
が、当のルル本人が頑として譲らなかったのだ。着の身着のまま村を飛び出したジキルたちには母の形見と呼べるものは何一つとして持っていなかった。最期に譲られたコートでさえもジキルが売り飛ばしてしまったから。
母さんをいなかったことにはしない。
ルルはそう言っていた。思えば、あの時すでにルルは覚悟を決めていたのだろう。
「魔女だとバレればルルが狙われるからな」
「だから、お前と入れ替わったのか?」
なるほど。そうきたか。クレオンはジキルが男だと思い込んでいるから、無理もないことだ。レオノーレに着替えを手伝ってもらったことが功を奏した。レオノーレはクレオンの数少ない心許せる者だ。幼少のころから自分に仕えている侍従長が、自分を欺くはずがない、と思っているに違いない。
「……ああ」
(俺は今、クレオンを裏切っている)
信頼を寄せているレオノーレに口止めをし、クレオンに嘘をついている。彼を欺いている。胸が苦しかった。一番傷つくのはクレオンであるはずなのに、ジキルは泣き出しそうになった。レオノーレの忠告を今になって思い出したからだ。
味方のふりをして近づいて、いざとなったらあっさり見捨てる。不誠実だとレオノーレはジキルを責めた。その通りだ。だから痛かった。誠実になれない自分がつらかった。
「あの、クレオン……」
「解せんな」
クレオンは目を細めた。
「『暁の魔女』の目的は一体なんだ。何故魔女であることを隠していたはずの妹がその結社に入った? 母親の復讐ならばすでに終わっているにもかかわらず――いや、そもそも復讐だけが目的ならば結社になんぞ入らなくても事は成せる」
「詳しいことは俺にもわからない」
「お前の行動にも疑念がある。妹を探すことが旅の目的ならば、何故各地で魔獣を次々と討伐した?」
「なりゆきで」
「真面目に答えろ」
クレオンの怒気を察知したジキルは慌てて「本当になりゆきなんだって」と弁解した。嘘は言っていない。ただ、巷の名声と実態には若干の齟齬があるだけだ。
「『暁の魔女』の噂とか、ルルの足跡をたどっていたら、どういうわけか毎回毎回魔獣の棲み処に着いちゃうんだ。あいつらが魔獣を次々と討伐しているんだよ」
「ちょっと待て」
クレオンは額に手を当てた。頭痛を堪えているような渋い顔で訊ねる。
「『あいつら』が、魔獣を討伐している?」
「うん」
「あいつら?」
「ああ」
「……お前ではなく?」
ジキルは「あ」と声をあげた。しかしもう遅い。クレオンの頬がわずかに痙攣していた。
「赤竜ディオ=ゴドン、海獣リア=シードル――世間一般の認識では『ジキル=マクレティが倒した』ことになっているが」
明後日の方を向いたジキルの胸倉をクレオンがつかんだ。
「一度しか訊かない。誰が倒したんだ?」
ここで下手な誤魔化しをするほどジキルは愚かではなかった。というより、生命の危機を感じた。偽証罪で殺されかねない。
「たぶん、ルルか『暁の魔女』の誰か、だと、思われ、ます」
クレオンは目を閉じた。怒りをなんとか堪えようとしているが、こめかみはひくつき、握りしめた拳はわなわなと震えている。
決壊の瞬間は早々に訪れた。クレオンは眼を見開いた。
「貴様に恥という概念はないのかっ!?」
「お、オルブライトはちゃんと俺が倒した!」
「毒殺しただけだろ、この虚け者!」




