(十三)続・意地っ張りな平民
彼女は非常に気分が良かった。
人目がなければ腹を抱えて笑っていただろう。ここまで描いた通りに事が運ぶとは思わなんだ。
「ご機嫌ね」
許可なく部屋に入ってきていたルルが指摘する。窓枠に腰掛けて腕組みをする様は不遜であり、無礼で、品がない。育ちの悪さが如実に現れていた。
しかし今のアリーは大層ご機嫌だった。水を差すかのような揶揄を含んだ発言も許せる程に。
「楽しいけど、とっても不思議」アリーは首をかしげる「ねーねー教えて。貴族も王族も平民も、どうしてこんなに馬鹿なの?」
「私が知るわけないでしょ」
窓枠から降りたルルは部屋を見回した。きっと物珍しいのだろう。アリーの部屋はベッドからペンに至るまであらゆる一級品を取り揃えている。下賎な民には一生縁のないものばかりだ。
「紅茶はいかが?」
「結構よ」ルルはすげなく断った「毒入りの紅茶を飲む趣味はないの」
今宵、アリーはかの王子に媚薬を盛った。魔法を使うまでもない、至極簡単な作業。しかしその効果はてきめんだった。理性を失った王子は従姉妹に襲い掛かったのだ。
「毒なんて入れないわよう。せっかくクリスが調合した媚薬なのにもったいないわ」
アリーは小瓶を出した。クリスが特別に用意した薬だ。
「悪趣味ね。王子が盛ったところで何が変わるんだか」
「アリーは知らないわ。興味ないもの」
「……呆れた。あんた、それで得意になっているの? 子どものお手伝いが成功した程度で」
アリーは内心眉をひそめた。ルルの態度はどことなく自分を馬鹿にしているような気がする。生まれも育ちも卑しい女。『暁の魔女』の崇高な理念を理解しようともしない『下々の人間』の分際で。
(まあ、満足に教育も受けてない平民だから、無理もないでしょうけど)
アリーは忍び笑った。だからクリスもルルには本来の目的を教えず、自分だけに教えたのだ。
「ねールルぅ」
「甘ったれた口調で私を呼ばないでいただけますか、お嬢様」
「どうしてルルは結社に入ったの?」
「は?」
「だってクリスみたいに頭は良くないし、アリーみたいに強くもないし、人一人殺すこともできないじゃない。橋の爆破だって失敗したし」
「あのね、」ルルは言いかけてやめた「やっぱりいいわ。なんか阿呆くさい」
「そうやってすぐ諦めるのもよくないわぁ。できないなりにも努力はしなきゃダメよぅ」
努力してもできないことをルルなりに悟っているからだろうと、アリーは解釈した。学のないルルは知略ではクリスに及ばず、唯一の取り柄の魔術だって自分に比べたら児戯に等しい。勝てない相手に挑むほど馬鹿ではないのだ。
「あんた、喧嘩売ってんの?」
「怒らないでー。アリーは事実を言ってるだけだよう」
猫を彷彿とさせる金眼を眇める。
「売ってるわね」
ルルは右の手のひらをかざした。魔力と共に光が収束する。
「やめておいた方がいいわよー」
アリーはだんだんルルが哀れに思えてきた。大したものでもない面子を守るために絶対に敵わない者を相手にしなくてはならない惨めさ。その矮小さ。なんて可哀想なのだろう。
しかし、ルルは小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「それはどうかしら」
高く掲げた右手から光が炸裂。目も眩む閃光の中、アリーは障壁を繰り出した。しかし、来るべき攻撃は一向に訪れない。
(……あれれ?)
再び視界が開けた時、部屋にはアリー以外の誰もいなかった。生意気な平民の姿は影も形もない。気配も消えていた。
「どういうこと?」
アリーは顎に手を当てた。まんまとルルに逃げられたのだと気づいたのは、それから数拍後のことだった。




