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二章(一)臆病な罠猟師

 光栄にもクレア王女の晩餐にお呼ばれされた日の朝早く、ジキルは食堂『にくきゅう』の裏手にある山に足を運んだ。昨日の内に仕掛けておいた罠の様子を見るためだ。

 大して期待していなかったが、括り罠の一つに猪と思しき生き物が足を取られていた。『思しき』とついたのは、通常の猪よりも二まわり大きな体格の上、牙が黒光りしていたからだ。牙の黒い猪なんぞジキルは生まれてこの方見たことがなかった。

 魔導石を体内に取り込んで異常な進化を遂げた魔物だろう。頑丈に作った金属製の括り罠を外そうともがく。ともすれば罠を壊しかねない勢いに、ジキルは剣の柄に手を伸ばした。

「お前、こんなところで何をやっているんだ」

 ジキルは柄に手を掛けた状態のまま、振り向いた。山には不釣り合いな貴族服を身に纏った騎士――クレオンが立っていた。魔物に気を取られていたとはいえ、近づいていたことに全く気付かなかったのはいかがなものか。

「明日の夕食調達」ジキルは目線を猪もどきに戻した「よくここがわかったな」

「ロイスに聞いた」

 兄が罠を仕掛ける場所ですらお見通しというわけか。クレオンの接近を許したことといい、自尊心が微妙に傷ついた。

「今晩のことで確認しておきたいことがあって、お前を探していた」

 大嫌いとか散々罵っていたのに意外に親切じゃないか。ジキルは素直に礼を言った。

「悪いな。色々心配掛けて」

「誰がいつお前のことを心配した。クレア王女の前で少しでも失礼な振る舞いや不穏な動きを見せてみろ。屋敷から生きては帰さん」

 急に物騒な方向に話が進んでジキルは内心首を捻った。処刑前夜の最後の晩餐ならばまだしも、何故命がけで晩餐に預からなければならないのか。

「晩餐の席にはクレオンもいるんだろ?」

「馬鹿を言うな。僕はクレア王女付きの騎士だぞ。食事中だろうと彼女を守る任務がある」

 その割には頻繁に屋敷を離れて、こうしてジキルの所に顔を出しているような気もするが。しかしクレオンに言わせれば、クレア王女に近づく不審者を監視するのも護衛の仕事の一つなのだろう。

「なんだ。一緒じゃないのか」

「あいにくだな。仮に僕が同席したとしても、お前とクレア王女の仲を取り持つような真似はしない。せいぜい育ちの悪さが露呈しないように気をつけるんだな」

「いや、行儀の悪さは今からじゃどうしようもないから諦めているけど」

 とはいえ万が一王家の一員にでもなったらそうも言ってはいられない。徹底的に礼儀作法を叩き込まれ、所作の一つ一つを矯正。想像してジキルは肩を落とした。

「けど、なんだ」

「いや、その……やっぱり食事はみんなで取った方が楽しいし、美味しいと思うんだけど。どうだろう、クレオンも一緒に」

 甘ったれるなと一喝されるかと思いきや、クレオンは一瞬途方に暮れたような表情を浮かべた。が、それもすぐさま消えて、いつもの冷たい眼差しでジキルを見やる。

「子供か、お前は。そんなことを言っている暇があったら、さっさとあの猪もどきを仕留めろ」

「元は猪だと思うけど、あれは魔物だよ」

 ジキルは気を取り直して、剣を抜き放った。罠に掛かっているとはいえ、相手はまだ生きている。下手から近づくのは危険だ。上手にまわろうとするジキルに「おい」とクレオンが声を掛ける。

「何をやっている」

「だから、あいつを仕留めて食糧調達をだな」

「何故回り込む必要があるんだ。既に足を取られているんだろう?」

 完全に素人の意見だった。罠に掛かった程度で獲物が死んでくれるなら苦労はない。

「反撃されたらどうするんだ。ちゃんと魔獣の動ける範囲を確認しつつ上手から攻めないと危ないんだぞ」

「捕らえられた猪相手にか」

「魔獣だ」大切なことなのでジキルは訂正した「火を吹くかもしれないし、溶解液を吐き出すかもしれない。何をやらかすかわからない危険な生き物だ。普通の猪でも鋼鉄の括り罠を引きちぎって突進してくる奴だっているのに」

「臆病だな」

 さすがは近衛連隊長。危険性をいくら必死に説いても容赦なく一蹴。クレオンの下についている近衛兵達には同情を禁じ得なかった。

「慎重と言ってくれ」

 改めて猪もどきに向き直ろうとしたジキルの肩をクレオンが掴んだ。

「今度はなんだ」

「どけ。僕がやる」

 言うなりクレオンは腰から魔剣を抜いた。

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