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  (十二)悲劇のお姫様

「何が?」

 訊ね返せばキリアンはバツが悪そうに口をつぐんだ。サディアスの様子を伺う。困ったように頬をかくサディアスは考えあぐねているようだった。なんと説明したらいいのかわからない。想定外の質問に困っている。そんな顔だった。

「もしかして……訊いてはいけないこと、だった?」

「いや、もっともな質問だ」サディアスが場を取りなすように言った「ただ、その、面と向かって訊かれたことがなかったもので、どう説明したらいいのか」

「いい。俺が悪かった」

 間違いなく触れてはいけない複雑な事情があるのだろう。ジキルは早々に会話を打ち切ろうとしたが、当のサディアスがそれを許さなかった。

「聞いて気分のいい話ではないんだが、ジキルには知っていてほしい」

 他人から変にあることないこと吹き込まれるよりはマシだと判断したらしい。サディアスは淡々と語りだした。

「邪竜オルブライトが十年毎に生贄を一人要求していたのは知っていただろう?」

「子供でも知っている話じゃないか。さすがに俺でも知っていたさ」

 リーファン王国に害を及ぼさない代わりに、十年毎に食料と服従の証――女性を一人捧げる。竜はでかい図体に見合うだけ食べる。当然ながら食料は相当量必要になるのだ。食料を税として徴収されるのは平民だ。彼らの不満を少しでも減らすために生贄の女性は毎回貴族の中から選ばれていた。

「今回はクレア王女が生贄に選ばれたんだろ?」

 そのオルブライトを倒してしまったがために、ジキルはこうしてクレア王女様と畏れ多くも婚約させていただいているというわけだ。倒すんじゃなかった、とまでは思わないが、何故倒した後にすぐ逃走しなかったのかと後悔した。死にそうな目に遭ったのだし褒美の一つくらい貰ってもいいだろうと、欲をかいたのが間違いだった。

「違う。クレア王女は自ら生贄に志願されたんだ」サディアスは目を伏せた「実際に生贄に選ばれたのはリリアだった」

「ジキル、君は知らなかったようだけど、暗黙の了解で、生贄には最も位の高い女性が毎回選ばれていたんだ」

 キリアンが補足する。必要時以外は森に引きこもっている彼でさえ知っているということは常識的な事実のようだ。

「順当ならば現王妃のイラ様だが、国母となったお方を生贄にするわけにはいかない。だから王女様方の中から選ばれるはずだった。だがそこで、俺の……父が、国王陛下に進言したんだ」

 サディアスは感情を抑えた声音で言った。

「リリアを、王太子妃に――と」

 ジキルは息を呑んだ。その言葉が意味することを理解したからだ。

 最も位の高い女性となれば生贄になる。それを承知で娘を差し出したのだ。国王に恩を売るために、王家の縁戚となるために、一族の立身出世のために。

「すぐさまギデオン王子との婚約が交わされ、リリアは王太子妃候補となった。同時に俺もギデオン王子付きの近衛連隊長になって、父は大臣の職を与えられた。オズバーン家はそうして成り上がったんだ」

「リリア様は、そのことを……?」

「もちろん、知っている。いくら伏せても噂はどうにもならない」

 言葉もなかった。娘を差し出す父。それを受け入れるしかない娘。ジキルには想像もできない悲嘆と苦悩だっただろう。

「いざ生贄として孤島に向かう直前だった。クレア様が生贄に志願されたのは」

「どうして、クレア王女は身代わりに?」

「わからない。リリアと特に面識があったわけでもなかったのだが……接点といえば、クレオンぐらいだな」

 意外な名前が浮上してきた。目を見開くジキルに、サディアスは肩を竦めた。

「見たからわかると思うが、リリアは昔からクレオンに夢中で、おまけに好意を隠そうとしなかった。お互い身分もそう高くはなかったから、父も一時はクレオンとの婚姻も考えていたらしい」

「そ、そう、なん……だ」

 ジキルは歯切れの悪い相槌を打った。胸の中に広がるこの感情をどう表せばいいのかわからなかった。

 リリアを哀れに思う気持ちは確かにあった。でもそれ以上に「何故クレオンは身代わりになったのだろう」という疑念が強い――いや、これは疑念ではなかった。認めたくないだけで、答えは自ずと導き出された。

 ジキルには確信があった。仮にリリア以外が生贄に選ばれていたとしたら、クレア王女もといクレオンは生贄に志願しなかっただろうと。

 誰からも顧みられることもなく、孤独に生きてきたクレオンにとって、リリアは唯一の存在なのだろう。ああして全身で、打算もなく純粋な好意を寄せられて心が動かないはずがない。

 だから彼女の身代わりになった。クレオンにとってリリアは『特別』だからだ。

 ジキルは全身から力が抜けていくのを感じた。突如として二人の間に割って入ったのが、自分だとしたら、厄介者どころではない。クレオンにとって、ジキルは邪魔者なのだ。


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