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  (十一)世間知らずの田舎者

 ジキルが小屋に戻った時、男二人は茶をしばいている最中だった。キリアンが淹れた茶をサディアスが味わっている。平凡で、穏やかで、のどかな光景だった。

「ルルは帰っちゃったのかい?」

「忙しいみたい」

 そうか、とキリアンは呟いた。少し残念そうだった。

「ごめん」

「君が謝ることじゃないよ。悪いのは薄情なルルなんだから」

 キリアンはコップを戸棚に戻した。まず間違いなく、ルルの分だったのだろう。残りの一つにお茶を入れてジキルにすすめる。

「疲れてるって顔に書いてある。君はもう少し肩の力を抜いた方がいい。どうしようもないことなんてこの世界にはたくさんあるんだから」

 知ってるよ。声には出さずにジキルは呟いた。だから手の届く範囲だけでもなんとかしたいと思うのだ。

「パーセンでは大変だったらしいな」

 サディアスが話を振る。ルルのことを追及しない心づかいがジキルにはありがたかった。

「巻き込まれただけで大したことはしてないよ。滞在が長引いたのも、事情聴取に時間がかかったからだ」

 何しろパーセン史上最も大掛かりな式典だったのだ。参列者も相当な人数になる。大半が貴族なので無碍に扱うわけにもいかず、結果として事件の全容が明らかになるまでにひと月近くかかったのだ。

「で、これからどうするんだい?」

 どうするも何もジキルはクレア王女の婚約者だ。パーセンに滞在する理由がなくなれば王都に戻る他ない――本来、ならば。

「そのことなんだけど……」

 ジキルはルルからの『忠告』を二人に話した。レティス王家のくだりは言わなかった。当事者であるサディアスがいたからだ。

 ジキルの思惑通り、キリアンはもちろん、サディアスでさえもジキルが帰郷することに賛成した。むしろ推奨した。

「妹さんの話が本当なら、危険過ぎる。護衛をつけて王都を離れた方がいい」

 護衛はともかくサディアスの見解はもっともだった。

『暁の魔女』が単なる噂と捨て置かれない理由がこの『アリー』にあるのだ。

 秘密結社と言われるだけあって『暁の魔女』が表に出ることはほとんどない。今回のパーセンの一件もはたから見たら「乱心した伯爵夫人が大橋を爆破すると騒いで立てこもった」事件であり、ルルの暗躍を知る者は、当事者以外では皆無。

 それが連中のいつものやり口だ。ひたすらに影に徹する。誰かを抹殺するとしても事故死か病死に見せかけて暗殺されたとは思わせない。

 その中で『アリー』という魔女は異端だった。とにかくやることなすことが派手なのだ。

 標的の貴族の身体を木っ端微塵にしたとか、魔法一つで竜を倒したとか、発狂した魔獣の群れを嬉々として虐殺し、山中に彼女の哄笑が響いたとか、話題には事欠かない。

 派手な活躍に反してその姿を見た者がいないことも特徴だった。彼女の姿を見た者はすべからく殺されている。齢百を超えていると言う説もあれば、年場もいかない幼女という噂もある。

 話題が話題を呼び、今では『悪いことをしているとアリーがやってくる』と子ども諌める母親もいるほどだ。

「クレア王女を巻き込む可能性がある以上、王都には戻らない方がいいよな? 下手をすれば国王陛下にも危険が及ぶかもしれないんだし」

 渡りに船とはこのことだ。ついでに婚約解消もできれば問題は一気に解決するのだが。

「ほとぼりが冷めるまでは大人しくするべきだろうね」

「婚約も解消した方が――」

「それは無理だな。理由にならない」

 サディアスにすげなく却下される。肩を落としながらも、ジキルはそのまま消息を絶つことを心に決めていた。二、三年も行方がわからなければさすがの国王陛下もあきらめてくださるだろう。

(残る問題は……)

 我が婚約者殿。クレア王女もといクレオンに何と説明すれば納得してくれるだろうか。黙って消えるには深く関わり過ぎた。レオノーレとの約束もある。

 正直に言うのが一番なのだろう。ジキルが魔女だと知れば、クレオンも疎ましく思うだろう。厄介払いができると、かえって喜ぶかもしれない。それはそれで寂しいが、いたしかたない。しょせん、それまでの関係だったのだ。

 ジキルの内心を知る由もないサディアスは「そこまで王女様との結婚を嫌がるのも珍しいぞ」と苦笑した。

「他の貴族が聞いたら卒倒するだろうな。皆、なんとかして王族の血縁になろうと躍起になっているから」

「リリア様はその激戦に勝ち抜いたってわけか」

 先ほどルルから聞いたことが気になっていたのは否めない。しかし、特に悪意があっての質問ではなかった。単純な疑問を口にしただけ。だというのに、サディアスの表情はこわばり、キリアンまでもが驚いた顔でジキルを見た。

「君、まさか知らなかったのかい?」


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