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  (十)謎の多い王家

 ルルの言う『王子』が誰を示すのか、ジキルにはわからなかった。ギデオン王子と考えるのが自然だが、もう一人深く関わっている『王子』がいる。

「ギデオン王子がどうかしたのか?」

 内心の動揺を悟られないように、ジキルは努めて素っ気なく確認した。

「たしかに従姉妹好きにも程があるし、迷惑だし、極力関わりたくないとは俺も思っている。でも気をつけようにも向こうから寄ってくるんだ。どうしろと言うんだ」

「婚約を解消するなり破棄するなりすればいいじゃない」

 簡単に言ってくれる。相手は一国の王女だ。平民ごときがおいそれと無下にできる人物ではない。ジキルの考えを見透かしたようにルルはさらに続けた。

「お尋ね者になる覚悟で逃げた方が得策よ。あの王家には不可解な点が多すぎる」

 それはそうだ。王子を王女にしたりするような王家がまともであるはずがない。しかも王女の振りをしている王子に(自称)男の婚約者をあてがう――意味不明だ。一体何が目的なのかと畏れ多くも国王陛下に問いただしたくなる。

「さっき一緒にいたのはオズバーン家の長男でしょう? ギデオン王子の近衛連隊長。そして妹のリリア=ドナ=オズバーン男爵令嬢はギデオン王子の婚約者」

 その通りだ。ジキルは頷いた。ルルはそこで口を閉ざした。こちらの様子を伺っているようだった。だが、今の説明は既知の事実だ。今さら驚くことでもない。

「おかしいと思わないの?」

 無反応のジキルにルルは早々にしびれを切らした。

「公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵」ルルは指折り挙げる「爵位は一番下ってことでしょう。王族と結婚なんて普通は出来ないのよ」

「そうは言っても現に平民と王女様が婚約しているからな」

「だ、か、ら、怪しいんでしょうが」

 びしっとルルは人差し指を突きつけた。

「全く利のない結婚を一度だけならばまだしも、二度もしようとしているのよあの王家は」

「一応確認しておくけど、二度目の『全く利のない結婚』っていうのは俺とクレア王女のこと?」

「それ以外に何があるの」

 ルルは情け容赦なく肯定した。利益のために結婚というのも悲しいが、愛も利もない結婚ほど空しいものはない。肩を落とすジキルにルルは追撃した。

「自分のことを客観的に見たらどう? 財産なんて言うに及ばず。人間性という面に関しても、家庭的でも政治的でもない――国政どころか自分の将来設計すらまともにできない、ただの放浪者じゃない」

 ずいぶん前にどっかの誰かさんに言われたことと同じだった。さすがは兄妹だ。余計な所まで似ている。

「いいこと? 貴族は絶対に利益にならない行動を起こしたりなんてしないの。王族ならばなおさらよ。一国を背負ってんだから。仮に情がわいた相手だとしても、不利益となれば躊躇なく切り捨てる」

 ルルの眼差しは厳しかった。しかしどこか哀しげでもあった。

「切り捨てられる前に離れなさい。母さんの二の舞はごめんよ」

 言いたいことだけを言って、ルルは転移を発動させた。「次、レムラ以外で会ったら殺すわよ」と物騒極まりない台詞を最後に。

 ジキルは口を半開きにしたまま動けなかった。ルルの忠告が頭の中で木霊する。すっかり忘れていたことが引き出された。

 情けを期待するな、とあの王子様は言った。婚約が内定した時だった。安易に信頼を寄せたジキルを責め、利用価値がなくなった時点で切り捨てると言い放った。実に貴族らしい、傲慢で、それでいて潔い宣言だった。

 変わったと思っていた。パーセンでの騒動の最中、少しは協力し合える仲になったと。でもそれは、利害関係が一致しているからだ。

 宮廷作法を知らないジキルに根気よく教えてくれた――王女の婚約者として恥をかくからだ。ワルツの練習に付き合ってくれた――舞踏会で無礼な振舞いをされては困るからだ。手のあかぎれを気にしていた――貴族として洗練されていないからだ。気絶した自分を心配してくれた――非常事態に気を失ったまま役に立たない婚約者なんて体裁が悪いからだ。

 復讐にはしろうとした自分を止めてくれた――当たり前だ。自分は王女の婚約者なのだから。感情に駆られて伯爵を斬り殺せば、クレア王女の面目は丸潰れだ。

 打算があっての行動ばかりだとはジキルとて思わない。ああ見えて、意外にクレオンは面倒見がいい。

 でも、少なくとも純粋な厚意だけではなかったのだ。前提として『クレア王女の婚約者だから』という言葉がついてまわる。仮に、婚約者でもない、ただの平民に過ぎなかったら、クレオンがあそこまで世話を焼くとはとても思えなかった。

 クレオンにジキルに対しての情はある。しかしその情は、王位継承権の前には力なく委縮してしまう程度のものなのだ。

(俺は、いつかクレオンに切り捨てられる)

 改めて突きつけられた事実に、ジキルは立ち尽くした。


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