(九)おせっかいな姉妹
姉と少し会話しただけで疲弊する妹。それほど『暁の魔女』での任務は過酷なのだろう、とジキルは察した。
「お前、ちゃんと毎日食べているのか? 夜ふかしとかしているんじゃないだろうな」
「はあ?」
「クッキー一袋じゃ足りなかったか。あいにく今は、干し肉と飴くらいしか持っていないんだが……」
起き上がるなりコートの中を漁るジキルに、ルルは再び「馬鹿じゃないの」と呟いた。
「私をいくつだと思ってんのよ。そういうところが嫌いだって言っているでしょう」
「嫌いとか子どもじみたことを言うからだ。好き嫌いで渡り歩けるほど世の中は甘くない。俺を見ろ、俺を。あんたを探していたらどういうわけか、俺のことを毛嫌いしている王女様と婚約する羽目になったんだぞ」
「それはおめでとう。ところで、こういう場合って玉の輿と言うのかしら? それとも逆玉?」
他人事だと思ってルルは、至極どうでもいいことを訊ねてきた。
「知るか」
「兄さんのおかげで私達はマクレティ公爵家になるわけね。贅沢三昧、まあ素敵。領地はどこを貰えるの?」
マクレティ公爵。領地。贅沢三昧。今まで考えもしなかった言葉がジキルの中でくるくると踊った。クレア王女と結婚するという選択肢は初めからなかったのだから当然と言えば当然だった。自分が貴族に、しかも王家の縁戚になるなんて想像さえしていなかった。
「……え、もらえるのかな?」
「私が知るわけないでしょう」ルルは腕組みした「呆れた。考えなしなのは兄さんの方じゃない」
「身分や財産のことまで考える暇があると思うか。そもそも、結婚が成立するわけないだろうが!」
「成立するはずのない婚約は成り立っているようだけど?」
ぐうの音も出なかった。まさかクレア王女の正体をバラすわけにもいかない。ジキルは近くにあった小さな岩に腰掛けた。
「で、何の用なんだ。お兄様が恋しくなって会いにきたわけじゃないんだろ?」
「もちろん。忠告しにきたのよ」
ルルは唐突に「『アリー』って魔女の名前、一度くらいは聞いたことがあるでしょう」と言いだした。
「知らない奴の方が珍しいよな」
『暁の魔女』を代表する伝説級の魔女だ。素性はおろか年齢すら不明。しかし、山一つを消しただの、一瞬にして兵士三十人を虐殺したなど話題には事欠かない。当代最強の魔女とも言われている。
「たぶん、近いうちに兄さんの前に現れるわ。何のためなんて馬鹿なことは訊かないでね。兄さんを痛めつけて殺すためよ」
「なんで!?」
言われたそばからジキルは理不尽さに声をあげた。ルルは呆れたように肩を落とした。
「意味なんて考えるだけ無駄。楽しそうだからよ」
「快楽殺人鬼か」
「子どもよ。見た目も中身も」
だから厄介なのだとルルは言う。生まれながらに魔法を操る才に長け、幼い時から魔女としての英才教育を受けたエリート。早々にして魔法の使えない大人を見下すことを覚えてしまったらしい。たぐいまれな才能がアリーの傲慢さに拍車をかけた。
「とにかく気に入ったものは壊さないと気が済まないらしくて、どうしようもないのよ」
鎖に繋いでおけ、そんな猛獣。覚醒したばかりの魔獣よりも危険ではないか。
「殺されたくなかったら、さっさとレムラに戻って穏やかに暮らしなさい。絵に描いたような平凡な生活を続けていればアリーの興味も削がれていくでしょう」
「ルル、そのためにわざわざ?」
「勘違いしないでね。私、兄さん以上にあのガキが嫌いなの」
ワガママという点では似たような二人。同族嫌悪というやつか。口にしないだけの分別は持ち合わせていた。
「気をつけるよ」
「兄さんがレムラに大人しく戻ってくれれば丸くおさまることなんだけど」
「ルルも一緒ならいいよ」
そもそもこのワガママ妹が飛び出したりなどしなければ、それこそ絵に描いたような平凡な生活が送れたのだ。勝手に心配して追いかけたのはジキル自身なので、妹を責めるつもりはない。しかし、この状況を作る原因の一端はルルにもある。本人も多少は自覚しているのか、視線をあさっての方向に流した。
「忠告はしたから。殺されても私を恨まないでね」
恨んでやる。毎晩枕元に立って、ルルの好きな胡桃を目の前で食べてやろうと、ジキルは心に決めた。ルルはそんなジキルを――羽織っているコートを眺め、目を細めた。
「あとこれは妹として忠告しておくわ。あの『王子』には深入りしない方がいいわよ」




