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イビルアイ  作者: 塩ラーメン☆
第一章【悪い夢】
6/21

抱えたもの

ピピピピ…ピピピピ…


枕元で昨晩、セットしていたアラームが鳴り響く。

俺は布団の中でもぞもぞと動きながら、右手を音源へと伸ばした。しかし…


『痛てっ…』


伸ばした腕にピリッとした痛みが走った。昨日、子供一人の命を救った右手は、どうやら、筋を痛めていたようだ。それでも、俺は鬱陶しいアラームを停止させるべく、痛みを無視して、再度、目覚ましへと手を伸ばす。


ピピピピ…ピピピピ…ピピ……


ようやく停止ボタンを押すことに成功した俺は、静寂の戻った部屋で、再度、布団に潜り込んだとさ…


……十秒後…


ガバッと布団をはねのけるようにして、上半身を起こす。


『あ…危ねえ…』


そう呟いた俺は、のそのそと布団を抜け出すと、すぐに洗面所へと向かった。辺りの雰囲気から察するに、両親はまだ、眠っているようだ。


短い廊下を進み、目的地の扉をスライドさせる。真っ暗な部屋の電気を点けると、使い古した洗面台の鏡に自分の姿が映し出された。髪がボッサボサだ。寝癖がピカソ並のアートを展開させている。


キャンプ当日の朝。


予定時刻で起床に成功した俺は、蛇口から溢れ出す水を両手で掬うと、迷うことなく顔面にプレゼントした。


…おはよう。





ーーーーー





昨日は大変だった。

あれから俺は警察の事情聴取を受けたり、何たら新聞のルポライターに、狭苦しい車内で色々聴かれたりと、とんだ放課後になっちまった。


お陰でキャンプの話し合いはあそこで打ちきり。まあ、教室で話した内容も、どうでもよさそうなもんばっかだったし、大した問題じゃないか。


そうそう、犯人はすぐに捕まった。完全に突き飛ばしたくせに、本人はぶつかっただけとか供述してるらしい。まあ、俺や仲間の5人。子供を轢きそうになった運転手の証言。何より小学生自身が押されたって言ってんだ。警察は殺人未遂事件として取り扱う意向だってはっきり言った。めでたし、めでたしってな。

課題の小論文が、予定してたより進まなかったのは痛いが、まあ、あと1時間も机に向かえば出来上がりってとこまでは漕ぎ着けたし、それもよしとしよう。後はキャンプを楽しむばかりだ。


家を出ると、澄みきった空が視界に飛び込んで来た。気持ちのいい朝だ。キャンプ日和ってやつ?俺は一つ、『うーん』と大きく伸びをしてから、健作の家に向かい、歩き出した。目的地までは、徒歩二十分ってところか。


しかし、あれだ……良いことをやった後ってのは、本当、気分がいい。ボランティアをやるやつらの気が知れんと普段、思ってた俺も、今ならその気持ちが分かるような気さえする。小学生の親とか、トラックのドライバーに、感謝の言葉を滝のように浴びせられた昨晩。思い出すと自然に顔がにやけてくる。


『おっ…』


前方の交差点に悠太を見つけ、歩を早める。右に曲がれば駅。真っ直ぐ行けば天城家って交差点だ。向こうもこちらに気付いたらしい。そこで立ち止まって俺を待つ。


『おはよう、黒木』


先に待っていた方の悠太が口を開いた。

デニムのパンツに紫のダウンって出で立ちだ。制服姿しか見たことなかったからか、何か違和感がある。まあ、いい。


『ああ。あんだよ、寝坊しなかったのか?』

『いや、あのメンバーで心配だったのは、黒木だけだと思ってたけど?』

『ぬかせ』

『はは…それで、小論文は終わった?』

『もう、ちょいだな。お前は?』

『何とか終わったよ』

『けっ…』


昨日の時点では、まだまだ終わりそうにないとか言ってたくせに、ちゃっかりしてやがる。

それからしばらく二人で歩いていると、悠太がこんなことを尋ねてきた。


『それで?昨日の夜は、変な夢見なかっただろうね?』

『見てねえっつの』


昨日、警察からの事情聴取の中で、『何で、犯人が子供を突き飛ばすと思ったんだい?』ってな質問に、俺は『夢でみたんです』って答えた。もちろん、変な顔をされた(仲間からも)が、本当なんだから仕方ない。最終的に、その警察官は『それが本当なら、その夢は神様からのメッセージだったのかもしれないな』…なんて言って、聴取を締めくくったわけだが、あんた、怪しい宗教の信者か何かか?って思っちまったぜ…といっても、一番怪しいのは、どう考えても俺か…


健作の家に到着すると、すぐにめぐみの姿を見つけた。集合時間までまだ、三十分以上あるし、絶対、一番乗りだろうと思ってたんだが、俺たちは慌てて、ワンボックスに荷物を積み込む、めぐみの手伝いに走ることとなった。


そんなこんなで、多少、バタバタもしたが、天気は快晴。気分は上々。いい思い出づくりになりそうだ。

健作の両親に挨拶をしている最中、駅で山崎と合流したリーリアから、道に迷ったなんつう、電話が入ったりもしたが、おおむね、俺たちのキャンプは予定通りに始まった。


そんな、いつもと違うせわしない朝だったから…俺は大事なことをすっかり忘れていたのかもしれない。


すなわち、夢は一つじゃなかったってことを…さ。





ーーーーー





車に揺られること3時間。

途中、高速のパーキングエリアで休憩を挟んだりもしたが、なかなか遠くまで来たもんだ。車内では馬鹿な話が延々と続き、謎だった山崎のキャラクターも、少しずつだが掴めてきた。

彼女は思った通り、人付き合いが得意じゃないらしく、特に男子と接するのは一際ひときわ、苦手なんだとか。そう、言われると、付き合い方を難しく考えちまいそうだが、ただ、話を聞いてると、男が嫌いってわけじゃないらしく、まあ、その辺はあれだ…お年頃ってやつだろう。何か、おっさんくさいな、俺。


自分にツッコミを入れたりしつつ、更に会話を重ねると、有意義な情報が得られた。山崎は何と、中学卒業と同時に親元を離れ、独り暮らしを始めたらしい…あん?何が有意義かって?そりゃ、もちろん、炊事能力を備えた人材が発掘されたことだよ。三泊四日も人里離れた山ん中で生活すんだぜ?誰も料理が出来ないなんて緊急事態だろ?…つっても、まあ、めぐみがいるから、そこまで心配してたわけでもないんだが。


『そういえば、なっちん、弓道部のキャプテンだったよね?めぐみんより上手だったの?』


また、後先あとさき考えない健作が、微妙な質問を口にする。まあ、予想通りというか、何というか…同時に相手を立てる言葉を並べ始めるめぐみと山崎。


ったく、展開、読めるだろ?


それでも黙って話を聞いていると、どうやら、練習では山崎。しかし、試合になると、めぐみの方が好成績を残すってパターンが多かったらしい。


『でも、ナッチが本気で集中したときは、本当に凄かったの。わたしなんか、足元にも…』

『ちょっと、めぐ…!』


顔を赤くしながら、ぶんぶんと手のひらを振る山崎。誉められるのが嫌いってわけじゃないだろうから、たぶん、目立ちたくないってことなんだろう。それを肯定するかのように、山崎は、『もう、この話はやめよう?』…と、どうしても自分にスポットライトの当たる話題を、終わらせにかかった。


そんな、やりとりもあったりはしたが、実は車内での会話は八割方、リーリア主導の食の話だったりする。今日の昼飯は何だ、から始まり、紆余曲折しながらも、最後は何故かハンバーガー屋のデザートについて、熱い討論が繰り広げられたり…何でそんなことで盛り上がれるのか、さっぱり分からんような場面もあったが、まあ、今さら、女子の生態系について、難しく考えても仕方あるまい。


窓から見える景色は、すっかり文明の届かない世界へと様変わりしていた。その様子に、健作とリーリアが、バカ丸出しでおおはしゃぎし始める。


『ヤバくない!?ヤバくない!?ヤバくない!?』(リーリア)


ヤバいのはお前の頭だ。


『今、木の上にくろやんが…』(健作)


猿とでも見間違えたか?ぶっ飛ばすぞコラ…!


『これ、絶対、ライオンとかいるよね…』(リーリア)


いるか!


『はあ…くろやんが迷子になるの、目に浮かぶ…』(健作)


はは…お前が遭難しても、絶対、探さねえ。


などなど…

まあ、みんな盛り上がってるからいいが、個人的に健作とは後で話し合った方がいいだろう。


何はともあれ、目的地に到着だ。





ーーーーー





『うわあ…』


車を降りてすぐ。感嘆の息を吐いたのは、感受性の強さナンバーワン(私見だけど)のめぐみだった。

大自然の中に佇む木造の建物は簡素な造りの二階建てで、別荘というよりはロッジといったほうがしっくりくるだろう。健作のじいさんが若い頃に建てたというだけあって、長い築年数を感じさせる。レトロな雰囲気が辺りにただよっていた。


すぐ近くには水路が走っており、その水はすくって飲めそうなほど美しく見える。建物の奥側は高台になっているのか、転落防止用の柵が設置されているようだ。あそこまで行けば下界が一望出来るのかもしれない。


『電気は裏にある盤でブレーカーを上げれば使える。コンセントが少ないから、必要なら倉庫からドラムを持って来るといい。トイレは水洗だが、この辺じゃさすがに下水道なんか来てないんで、2年前、合併処理浄化槽にした。変なものは流さないでくれよ?』


てきぱきと説明を始めたのは、ワンボックスでここまで俺たちを連れて来てくれた健作の親父さんだ。昔から天城家にはよく遊びに行っていたので、当然、この人のことも知っている。一言で表すなら、「温厚な人」だろう。俺もガキのころは変な悪戯いたずらや失敗をやらかす、普通の小僧だった。色んな人に迷惑をかけたはずだが、この人にはまったく、怒られたような記憶がない。今もそうだが、大概、ニコニコしている。


『ってか、合併浄化槽って何?』


実の父に素朴な疑問をぶつけるのは健作。

確かに、そこを理解しないと話がまとまらないってのは分かるが、別にまとまらなくてもいいような話でもある。要は、普通、流さない物は流すなってだけのことだろ?

しかし、健作パパは息子の言葉に申し訳なさそうな表情を見せると、『ああ、そうか。何も説明してなかったね…』と、一度、謝ってから解説を始めた。要約すると、排泄物を槽内でバクテリアが分解し、水にしてから外に排出するって代物らしい。だから、バクテリアが分解出来ないようなものを流されると困るのだろう。どの程度、綺麗な水になるのかは知らんが、なかなか画期的だ。


『ふーん…凄いね。リーリー、変なもの流しちゃダメだよ?』

『何で名指し…!?』


そりゃ、お前、さっきからガキみたいにキョロキョロと落ち着かないからだろ。話、聞け。

…ってか、健作の親父さんが帰ったら、こいつが最年長なんだよな……うわ、頼りねぇぇ…


『おやおや?…何か勇人が私に見とれてる?』


アホめ。


『ああ…どうして、猿が喋ってんのかと思ってな』

『あんた、いい加減、私だって傷付くよ!』


そう言って、手にしていたスナック菓子の袋を投げつけてくる。しかし、中身は完食済みだったらしく、そよ風に戻され、むしろ自分より背後に飛んでいくアルミ包装。


『ああっ…!?』


慌ててそれを追いかけるリーリアは無視して、取り敢えず話も一段落したようだし、俺は健作パパの指示に従い、ブレーカーを立ち上げに建物の裏手へと向かった。





………うお…何か、でけえ…


建物の反対側。ひさしの下の壁に取り付けられた白いプラスチックの箱に、テプラで分電盤と印されたそれは、普通の家の中にあるものより、明らかに大きかった。手前に引っ張るタイプの蓋を開けると、これまた無骨なブレーカーが姿を現す。指じゃなくて、手で上げるようなやつだ。


俺はすぐにメインのブレーカーをオンにする。「ガチャン」と、まるで、罠でも発動しそうな音が鳴った。洋画とかだと、これで暗闇に閉ざされていた建物内に明かりが点いて、遠くで仲間的な感じのやつが、『あのやろう…やってくれやがった…』みたいな展開になったりするはずなんだが…まあ、今は昼だ。


『勇人君』


アホな妄想をしてると、突然、背後から声をかけられた。慌てて首を回すと、建物の角から顔を覗かせた健作の親父さんの姿。すぐに、こちらへ歩いて来る。


『…どうも。何かありました?』


もしかして、変なスイッチでもいじってしまったんじゃと、内心で焦りながら尋ねる。しかし…


『いや…そうじゃないよ』

『…?』


何だか少し畏まったような健作パパの様子に、俺は逆に不安を覚えたが、次の瞬間、発せられた言葉は俺の目を点にした。


『勇人君…健作の友達でいてくれて、ありがとうな…』

『……はあ……え?』


その台詞の意味するところに辿り着けず、間抜けな反応を返す俺。いやいや、だって、今のは俺の人生上、いきなり言われたら困る台詞、ベスト10には入るぞ…!


心の中で言い訳してみるが、そんな俺を気にすることなく、健作パパは話を続ける。


『健作は君が引っ越して来るまで、ずいぶんな苛められっ子でね…一時期は外に出るのも嫌がっていたような期間があったんだ』

『………』

『それが、君と仲良くなってからは人が変わったように明るくなって、積極的に外に出るようにもなった。私たち両親にはどうしても出来なかったことだ。君にはいつか、お礼をしなければと、いつも、考えていたんだよ』


……思い当たる節は、まあ、ある。

初めて会った時も健作は泣いていた。だが、別に高尚なこころざしもってあいつを助けたってわけでもないだろう。その時、何を思ったかなんて、もう、忘れちまったが、大方、特撮ヒーローの真似事まねごとでもしたかったくらいの理由に違いない。


『もし、あのまま、家に閉じ籠って子供時代を過ごしていたなら、きっと、健作は今みたいに笑える人間にはなれなかったと思う。君には本当に感謝しているんだ。ありがとう』

『……いえ…その…』


ただ、そんなことで感謝されてもこっちは困る。だって、別に無理して健作と友達やってるわけじゃないし、あいつのお陰でこっちが助かったことだってたくさんあるんだから。だいたい、これじゃ、まるで…


『あのこは良く言えば優しいんだが、悪く言えば臆病だ。誰かの支えがなければ、途端とたん物怖ものおじしてしまうだろう。勝手で申し訳ないが、これからも健作のことをよろしく頼む』


そう、一方的に言い放った健作パパは、何やら一仕事終えたといった感じの表情を見せると、その場でくるりと背を向けた。もちろん、どこか違う場所に移動するためだろう。小さい背中だと思った。吹けば飛びそうなほどに。けどさ…


『健作君は…そんな、弱いやつじゃないですよ…』


気付いたときには、そう、口走っていた。


ピタリと足を止める健作の父。

そりゃそうか…まさしく、口をついて出たって感じだった。自分自身、ちょっと驚いてたくらいだ。しかし、反論めいた俺の声は、次第に大きくなっていく。たぶん、健作パパの言い分に、俺は腹を立てていたんだろうと思う。


『あいつは、やるときはやるやつです。こっちが助けられることだって少なくない。言われなくても…大切な友達です』


本人の前では口が裂けても言わないだろうな。けど…


『…何ていうか…健作君に自信を持ってあげて欲しいな…って、ちょっと、思いました。生意気言ってすいません……』


最後の方は勢いもなくなり、何だか、情けない感じの締め括りになっちまった。健作パパは数秒間、固まったままだったが、不意に下ろしていた腕を宙に上げると…


『……いや………』


「パンッ」…


それは、健作の親父さんが両手で挟むようにして、自分の両頬を打った音だった。


『…ありがとう……健作は本当に良い友達を持ったようだ…』


そう呟いてから歩き出す。

結局、こちらを振り向くことのないまま、健作パパは建物の角へと姿を消した。





ーーーーー





粗方あらかた、準備を整えると、健作パパはあっさりと帰ってしまった。まるで、自分は邪魔者でしかないとでも思っているかのようだ。まあ、確かに…健作がどう思っているかはともかく、高3にもなれば、友達同士の場所に親のいる隙間なんて無いと、親自身、考えるのが普通なのかもしれない。


『じゃあ、早速だけど、お昼ご飯にする?』

『そうだね。朝からコンビニのおにぎりしか食べてないから、腹ペコ』


めぐみの提案に、すぐさま賛成する悠太。


『よっしゃ、よっしゃ。じゃあさ、じゃあさ、誰が火、おこす?』


息を巻くのは、何だか、やけに楽しそうなリーリアだ。勢いそのままに、全員の視線を集めながら言い放った。


『木の棒に板?…火打ち石…?!』


…ほう…摩擦反発熱を利用すると?

あらぬことを言い始めるバカ女に、取り敢えず冷たい視線を向けておく。


『いや…着火マンあるし…』


ナイスだ悠太。的確なツッコミだぜ。

…いや、でも、考えたら、その女には望み通り、どっか隅っこで、原始的な火おこし作業をやらせておいた方が、いろいろ、面倒がなくていいのかもしれん…いや、それとも…


『ええーっ…!文明の利器は封印しようよー』

『アホぬかせ!』


胸の内でわりと真剣にアホ(リーリア)封じを画策していたんだが、その間に取り返しのつかない事態が発生しては意味がないと、声を荒げる。


『山ん中で枯れ枝でも拾い集めて来るから、野菜切ったり何だり、準備しててくれよ?昼はカレーなんだろ?』


車の中で、その辺は話した内容だった。


『じゃあ、俺も行こうかな…』


俺が立ち上がるのを見て、すぐさま悠太が立候補する。空気の読めるやつがいると、本当に助かる。出来れば、もう一人くらい欲しいんだが…


周囲を見回す。

こっちで荷物運んだりする力仕事系は健作に任せるとして…野菜、刻むのに女三人は要らねえよな?


『リーリア…お前、料理なんか出来んの?』

『うっわ!あったま来た!!こうなったら、私の作ったカレーでギャフンと言わせてやるから…!』

『………』


どうやら、誘い方を失敗したらしい。腕捲うでまくりして、段ボールから野菜類を取りだし始めるリーリア。…ってか、ギャフンと言わせるようなカレーって、ダメだろ?


肩を竦めて見せるが、横に立つ悠太が『仕方ないさ。二人でも問題ないでしょ』…と、俺を慰めた。やれやれ。





ーーーーー





絶対、寒くなると思って、普段、外出するときより、かなり厚着で臨んだキャンプだったが、今日はそれほど冷え込みも厳しくない。それどころか、陽射しの下にいると上着は邪魔になりそうだ。


『カッコいいじゃん?黒木…』


森の中で黙々と枯れ枝を集めている最中…数メートルほど離れた場所で、突然、わけの分からんことを言い出した悠太に、俺は眉をひそめた。


『…何が?』

『さっき、天城の親父さんと話してたろ?』


痛恨の一撃…!

あまりのショックに、抱えてた枯れ枝を地面にばらまいちまったぜ。


『き…聞いてんなよな!!…別に変なこた、言ってねえだろ!?』

『何、テンパってんのさ?俺、誉めてんだけど?』

『うっせぇ!頼むから、健作にだけは絶対、言うなよ!というか、出来れば、言語機能を失え』

『ひどっ…!?』


俺の言いぐさに口では反応しつつも、作業は中断させていない悠太。何だか対応が大人っぽい。そして、俺のガキっぽさが際立きわだつ。コノヤロー…


『…何ていうかさ……羨ましいよ…』


散らばった枯れ枝を拾いなおす俺に、悠太は尚も声をかけてくる。さっきも思ったが、こいつ、言葉、足りなくないか?いちいち聞き返さんと、何が言いたいのかさっぱり分からん。


『…何が?』

『友達の親にあんなこと言える黒木が』


…話はまだ、続いてたのね…


『…どうせ俺は協調性ねえよ』

『そんな意味で言ってないだろ?』


そこで、ようやく、枯れ枝を拾う手を止めて、俺の方に体を向ける悠太。

まあ、何となく、誉められてるってのは分かるんだが、こそばゆいだろ?苦手なんだよ、この感覚。別に大したことしたわけでもないんだしさ。


『…お前の親にも、何か言って欲しいとか?』

『はは…うちは天城んと違って放任主義だからね。たぶん、一週間、無断外泊しても、何にも言われやしないよ』


そう語る悠太の瞳に、一瞬、影が射すのを、俺は見たような気がした。もしかしたら、何か複雑な事情でもあるのかもしれない。まあ、どんな家庭でも、大なり小なり、問題は抱えてるものなんだろう。柄じゃないんだが、俺は悠太に近寄り、その背中をポンと叩いた。


『ま、楽しくやろーぜ?せっかく、こんなとこまで来たんだ。…なこた忘れてさ』

『…ああ、そうだね。……ごめん。少し暗い話になってたかな?さっさと拾うもの拾って、昼御飯にしよう』


悠太の糸目が再び地面に向かうのを見て、俺も作業に戻った。歩く度に踏み鳴らされる枯れ葉の音が、何だか少し耳障りだった。





ーーーーー





『おかえりなさい』


別荘に戻ると、最初に声をかけて来たのは珍しくも山崎だった。…と言っても、見える範囲には山崎とめぐみの二人しかいないようだ。因みに、めぐみは足の短い簡易テーブルで、窮屈そうに野菜を切っている。


『他の二人は?』

『水を汲みに行ってくれてます。水路を少し遡った場所に貯水池があるらしくて、たぶん、そう、しないで戻られると思うんですけど…』


言いながら、水路の上流にあたる、藪の方へと視線を送る山崎。そういえば、言ってなかったが、彼女は同学年の俺たちに敬語を使う。…というか、下級生にですら、ひたすら丁寧に喋るらしい。それがデフォルトなんだそうだ。ただ、めぐみと話すときだけは、多少、砕けた感じになるらしいが…


『水汲み?…そこに流れてるやつじゃ、ダメなの?』

『野菜を洗ったりするのはOKですけど、実際、ルーを溶かすことになる水は、少しでも綺麗なものがいいと、リーリアさんが提案なさったもので…』

『…あいつ……絶対、それ、言ってみたかっただけだな。衛生管理なんて柄じゃねえ』

『え?…ええ…っと……それは、偏見なのでは…』

『いいや、断言するね。今頃、重たい荷物抱えて、余計なこと言わなきゃよかったとか後悔してる頃に、千円、賭けてもいい』

『そ…そうですか…』


たじろぐ山崎。なかなか、新鮮なリアクションだ。何というか…初々《ういうい》しい。


『二人とも、まき拾い、お疲れ様。早速だけど、もう、火をおこしても大丈夫かも。お願いしてもいい?』


野菜を切り終わったらしい、めぐみが、声をかけてきた。


『おう、分かった。任せろ…ってか、まだ、水が届いてねえけど、待たなくてもいいのか?』

『うん。先にある程度、具に火を通したいんだ』

『ふーん…』


…………あれ?


『………』


やべえ…よく考えたら、俺、カレーの作り方って分からん…


今さらの衝撃的事実に、人知れず愕然とする俺。

確か、小学生くらいの頃に何かの行事で一回、作ったはずだが……ダメだ。思い出せん…くそ…俺って、実は温室育ちだったんだな…帰ったら、母親の作る飯の手伝いでも始めた方がいいだろう。こっそり決心する。


…とまあ、それはともかくとして…俺と悠太はめぐみに言われた通り、今しがた拾って来た袋の中身を、ブロックで囲われた枠の中に投下すると、サクッと火を点けた。もちろん、摩擦反発熱はなしだ。





その日の夜。


『…えっと…その……カレー、結構、美味しかったよね?』


昼に作りすぎたせいで、夜もカレーになってしまった食卓。その原因を作った、容疑者のリーリア=ロックウェルが、目をすいすい泳がせながら切り出した会話の内容は、どうやら、弁明のたぐいじゃなさそうだ。


『よし、判決。有罪』

『ええぇーん……めぐみちゃん!勇人が苛めるの』


短い俺の一言に、大袈裟おおげさわめきながらめぐみの胸へと飛び込む罪人R。一応、未成年だから、名前の表記はRにしといてやる。三箱あったカレーのルーを、全部、鍋にぶっ込むようなテロリストに、本来なら慈悲は不要だと思うんだが、まあ、カレーの作り方も知らない俺がどうこう言えたもんでもないだろうしな。ムダにでかい鍋、使っててよかったぜ。


『まあまあ、いいじゃん?実際、本当に美味しかったんだから』


健作が全てを許すといった柔和にゅうわな表情で切り出した。よし、これから、お前のことはブッダと呼んでやろう…などと、胸中で攻撃するもつかの間。


『さすが、ケンサック…!どっかの狭量な精神低年齢男とはひと味もふた味も違う!』


健作の援護射撃?を得て、あっさり、めぐみの腕の中から復活を果たすリーリア。しかも、それだけに飽きたらず、あまつさえ、反撃をこころみるとか…


『黙れ、R…!』

『……??…アールって何よ?』

『……配慮はいりょだ』

『…勇人って、たまにおっぺけぺーだよね?』

『お前にだけは言われたくねえぞっ!』


ってか、「おっぺけぺー」こそ、何だ…?!


しかし、その疑問を口に出すより早く、健作が会話に割って入った。


『それより、明日なんだけどさ、貯水池の方に行ってみない?高台から見える景色も凄かったけど、こっちも凄いから…!ね?リーリー』

『そうそう!そうだよ!ここまで来といて、あの景色、観ない手は無いと思う…!』


昼間、その地点まで水を汲みに行った二人が力説を始める。うまく話をらされたような気もするが、まあ、不毛だったし、いいだろう。


『でさ、でさ、実は裏の倉庫に釣り道具があったりするんだよね…!』


得意気に話す健作。だが、なるほど、釣りか…昔、何度かやった程度だが、面白そうだ。


『私、ヌメヌメ系、ダメだからパス。釣るの見てる』


顔をしかめてリーリアが告白する。そして、その超有益な情報に、俺は顔がニヤリとするのを隠すことが出来なかった。


『へえ…そりゃ、いいこと聞いた。明日が楽しみだ』

『ちょっ…何?…あんた、もしかして、今、よからぬこと考えてない?』

『…………別に…?』

『なに!?今のは!?…めぐみちゃん、聞いた!?ってか、あの顔、見てよ!勇人にレイプされるー!!』

自惚うぬぼれんな!!』

『……っ…!?』


……まあ、この後もしばらく、バカなののしり合いは続いたんだが、取り敢えず、こんな感じで俺たちのキャンプ一日目は終わりを告げる。


夜は滞りなく過ぎていき、窓から見える星空は、誰が見ても美しく映るだろう。


ふと…昼間の出来事を思い出した。健作の父との、ちょっとしたやり取り…


…健作君に自信を持って欲しい…か…


団欒だんらんの端っこで人知れず苦笑を浮かべる。


まったく…自分にすら自信の持てていない俺の台詞とは思えないな…


脳裏にちらつくのは、幼い頃に巻き込まれた誘拐事件の「記憶」ではなく「記録」。


重大なことが起こった瞬間を、まるで、はさみで切り取られでもしたかのように、忘れてしまった自分の不甲斐なさってのは、色んな場面で俺の心をさいなんできた。


被害児童の両親は、きっと、今でも亡くした我が子の夢をみる夜があるに違いないだろうし、逃げおおせた犯人は、そこで、新たに犠牲者を増やしているかもしれない。


『…………』


まあ、そうだな…


こいつを思い出して、事件にけりを着けない限り、俺は自分に自信が持てそうにないんだ。



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