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イビルアイ  作者: 塩ラーメン☆
第一章【悪い夢】
5/21

デジャヴ

偶然に決まってる。


放課後の教室…俺は先ほどの恐怖体験を無理やり完結させようと、自分の中でそう、何度も繰り返した。しかし、頭を抱えれば抱えるほどに、よくない想像は膨らんでっちまうもんで……


もしかしたら、精神系の病気なんじゃないのか?…とか、昼飯に覚醒剤やLSDみたいな薬物が混入されていたんじゃ…とか、最悪、霊的な何かにとり憑かれちまったんじゃとか、支離滅裂な妄想が次々、浮かんでくる。


もちろん、そんなアホな考えが原因究明に繋がるわけもない。リアルな夢については、折り合いをつけたつもりだったが、鼻血のせいで、スタート地点まで強制的に戻されたような気分だ。


ついさっき、ホームルームを終えた教室内は急速に閑散としてきている。本来なら、俺もさっさと帰って、ベッドに潜り込みたい気分なんだが、実はこれから、キャンプメンバーの顔合わせをすることになっていた。明日、出発だってのに、今週はどたばたし過ぎて、ようやくの顔合わせだ。

…だってのに、俺は机に突っ伏したまま…いや、でも、仕方ねえだろ?それだけ衝撃的だったんだ。しかも、常識的に考えて、こんな問題を共感してくれる…というか、共感出来る人間なんていやしない。それって、どういうことだと思う?


例えば癌の大変さは、癌を患った人にしか分からない。だって、想像力が実体験に勝ることは無いと俺は思うから。人間ってのは現金なもんでさ、実際、それに直面しない限り、なかなか本気になれないもんさ。ましてや、俺の陥った状況は前例を探すのさえ苦労するだろう怪現象だ。


話せば親身になって聞いてくれるやつもいるだろう。けど、その異常性は想像することしか出来ない。そして、想像だけじゃ本気で考えることは難しい。人間はそういう生き物だから。結局、俺は独りで状況を打開せにゃならんってことだ。


ま、親身になって聞いてくれる誰かがいるってだけでも、ありがたいことなんだけどな。


『やっくん、大丈夫?』


その第一候補、めぐみの声は、程なく頭上から降ってきた。俺は重たい頭を、のそりと持ち上げる。


『…取り敢えず、鼻血は止まった』

『それもだけど、何だか、ずっと、顔が真っ青に見えたから…』


なるほど。

鼻血を処理したあと、なるべく平静を装うように振る舞ってたはずなんだが、どうやら、めぐみに俺のポーカーフェイスは通用…いや、思えば、あんまり、誰かに通用したためしないな…


『…ちょっと、変な夢みててさ…』


その台詞に、めぐみが困ったような表情を浮かべた。


『やっくんも男の子だもんね』


盛大に勘違いされたらしい。


『やっ違うぞ!そういう夢じゃねえって!!』


慌てて弁解を始めるが、めぐみはめぐみで、慌てて『ご、ごめん』…と前言を撤回する。微妙な空気に包まれたそのとき、めぐみの後ろからひょこっと姿を現した人物が話に割って入った。


『勇人、やーらしー。真っ昼間から興奮し過ぎっしょ?』

『いきなり、黙れ』


おっと、すまん。変な日本語になっちまった。


俺のめぐみに使う言葉づかいとは明らかに違うそれを受け、なお、にやにやした顔をやめないこの女。名前ははリーリア=ロックウェル。学年唯一のブロンドにブラウンの瞳を持つ外国人留学生で、キャンプメンバーの一人でもあったりする。今の言葉を聞く限り、鼻血の件はとっくにご存知のようだ。くっ…余計なやつに余計な情報を…


『もう…リーリア……!』


めぐみが幼い子供をたしなめるように言うが、リーリアは悪びれる様子もなく、ペロッと舌を出していた。いたずらっぽい微笑が妙に似合っている。


彼女は見た目、完全に外国人なんだが、生まれたのは日本らしい。12歳まで神奈川で過ごしたとか、以前、聞いたことがある。おかげで会話には不自由しないんだが…


『こんなとこまで何しに来やがった?』

『はあ?…だって、私もキャンプ行くし』

『何だと?…お前、見るからに生活力なさそうなくせに、後で泣き見ても知らねえぞ?』

『誰の生活力がないのよ!?あんたこそ、テキトー言って、いざってときに吠え面かいても助けてあげないからね』

『へえ、そりゃあ、楽しみだ。いったい、どこをどうやったら、お前に助けられるような奇跡が起こんのか、実に興味深いな』

『はいはい。何だかんだ私がいないと、勇人ちゃんは寂しくて仕方ないんだもんねえ?』

『勘違いもはなはだしいぞ。受験生じゃなけりゃ、名誉毀損で訴えるところだ』


…とまあ、顔を合わせりゃ、売り言葉に買い言葉。

まあ、こいつとの言い争いは、挨拶みたいなもんだ。もちろん、最初からそうだったわけじゃねえんだぜ?こいつが留学生として、この学校に入って来たのは去年の春だったな。


今じゃ見る影もねえが、留学当初、リーリアはなかなか、周りに溶け込めないでいた。それでなくても、彼女は見た目も違えば、年齢も俺たちより一つ上だ。知り合いじゃなきゃ、こっちから話しかけようとはあまり思わないだろう。しかし、そんなリーリアに積極的に話しかけ、たぶん、リーリアにとって、この学校で初めて出来た友達が当時、同じクラスだっためぐみだ。おかげで俺や健作とも時間を共有することが多くなったわけだが…実はこの女、かなり鬱陶しい悪癖がある。


『それで?どんな夢見て、鼻血ブーしちゃったわけ?パンツの方は大丈夫?メインキャストはどこの誰よ?』


…ってな感じで、ひとたび口を開けば下ネタの嵐。こいつと話すようになってから、今まで持ってた女へのイメージってのが、ずいぶん、変わったのは言うまでもない。


俺は一つ、わざとらしくため息を吐きながら…


『うっせえな。ってか、どっか座れよ?そしてお前は貝のように口を閉ざせ』

『やだやだ。相変わらず狭量ー。そんなんじゃあ、めぐみちゃんに棄てられちゃうよ?』


などと他人が聞いたら誤解を招きそうな発言をしつつ、何故か俺の目の前の席に座るリーリア。


『やかましい、セクハラで訴えるぞ!ええい、もっと遠くに座らんか…!』

『客観的に女をセクハラで訴える男って、何か情けなくない?ってか、遠くに座ったら本当はがっかりするくせに…やせ我慢?まったく、しょうがないなあ、いつも、私のおっぱいガン見の勇人おじさんは』


ぶっ殺すぞ…


息巻く俺だが、この口数の女王相手に口喧嘩で勝った試しはほとんどない。特にセクハラ紛いの受け答えが応酬に混じったときの旗色はすこぶる悪い。このまま続けてもダメージは増すばかりだろう。くそ、覚えてやがれ…


俺の引き際を見てとったのか、めぐみが身を乗り出すようにして、俺の顔をのぞきこんだ。


『ねえ、やっくん?最近、何か無理してない?見てると、たまに、朝から顔色、良くないよ?』

『…そ…そうか?』

『うん。この前はただの寝不足だって言ってたけど、ずっと続いてるみたいだから、もしかして、眠れない理由があるんじゃないかなと思って…授業中の居眠りだって珍しいよね?』


ズバリ、言い放つめぐみ。

その洞察力には、ただただ、感心させられるばかりだ。昔からそうだが、どっかで見てたんじゃないの?ってくらい、彼女の推理はよく当たる。


『ああ…っと…まあ、取り敢えず、座れよ?』


別に隠し事ってわけじゃないので夢の話をするのはいいんだが、先に、やたら、距離の近いめぐみを椅子に座るよう勧めた。

おとなしく、隣の席に腰を下ろしためぐみを見て、一つ、咳払いする。さて、どっから話すか…


『そういえば、何日か前に、変な夢みてどうのこうのって、天城と話してなかった?』


口を開きかけたところで、割って入ったのは悠太だ。さっきまで後ろの方にある自分の席で、何やらごそごそやってたようだが、人が集まり出したんで、寄って来たんだろう。どうやら、いつかの健作に相談したリアルな夢の話を聞いていたらしい。好都合ってやつ?


『実はそれなんだわ。さっきも居眠りしながら、滅茶苦茶、リアルな夢みててさ。マジ、最近、悩みの種。病院行った方がいいかな?』

『リアルな夢?病院って…そんな、深刻なの?』

『かなり。だって、お前、例えば、今、これが実は夢の中って言われたら信じられるか?』

『いや、それは無いんじゃ…』

『だろ?でもな、俺のみてる夢は、自分が寝てるなんてこれっぽっちも分からなくなるくらいリアルなんだ。いや、マジで』


俺の告白に眉ねを寄せて何か考えだす悠太とめぐみ。うん、いいやつらだ…それに比べて…


『滅茶苦茶、リアルなエロい夢みてたから鼻血出たんでしょ?逆に得してない?』

『お前は百年、黙れ』


そう、リーリアに突っ込みを入れたタイミングで、教室の扉が開いた。


『ああ…!もう、みんないる』


入って来たのは健作と眼鏡をかけた女子生徒。別に集合時間を決めていたわけでもないんだが、二人ともずいぶん、あたふたとしながら教室に入って来た。


『ごめん、ホームルーム、長引いちゃって』

『待たせてしまってすいません』


いきなり謝りだす二人。女子生徒の方なんか、深々と頭まで下げている。確か、名前は山崎奈津子やまさきなつこだったっけ。たまに見かけたときは、凄くおとなしそうな印象だったが、夏まではめぐみと一緒に弓道をやっていたはずだ。しかも、彼女はキャプテン。めぐみを差し置いてのキャプテンなんだから、かなりの実力者か、もしくは人格者なんだろう。因みに俺はほとんど話したことがない。健作と同じ隣のクラスだ。


『別にホームルームが長引くのは二人のせいじゃねえだろ?』

『あ、ケンサック、DVD持って来たけど、後からでいい?』


俺が話してたのを完全に無視して割り込むリーリア。コノヤロー…


因みに、何故、そうなったのかは知らんが、リーリアは健作のことをケンサックと呼ぶ。逆に健作はリーリアをリーリーと呼んでいるようだ。


『もう、全部みたの?リーリー、暇人だね』

『うっさい。乙女に暇人とか言うな』


はいはい、と軽く受け流して、テキトーに空いてる席の椅子を持って来る健作と山崎。二人が座って、ようやくキャンプメンバーの六人が揃った。


『えと…山崎奈津子です。よろしくお願いします』


まず、口を開けたのは山崎。簡単に自己紹介した。それに倣って、全員が順に名前を名乗っていく。まあ、別に初対面ってわけでもないんだが、こういうのはノリだノリ。


取り敢えずの自己紹介を済ませてから、俺たちは明日からのキャンプについて、とりとめの無い話を始めた。





ーーーーー





『天気は問題ないみたいだよね?そんなに、寒くもならないっぽいし』

『山の上だろ?それなりに着込んでった方が無難だと思うぜ?』

『食材は?』

『あ、昨日、買いに行ったから大丈夫』

『えー、何買ったの、何買ったの、めぐみちゃん?』

『三泊分だから、結構、色々買ったよ』

『ってか、携帯、繋がんないって、どの会社の携帯もダメなのか?』

『さあ…うちはdocomoだけど、取り敢えずdocomoは圏外』

『マジか…じゃあ、俺のもダメだな』


時計を見ると、既に5時半近く。話し出して、もう、一時間以上経ったことになる。変な夢のせいで頭を抱えてたのが嘘みたいに、楽しい時間ってのは嫌なことを忘れさせてくれる。


嫌でも視界に入るリーリアが、また、アホなことを言って、みんなを笑わせていた。口にはしないが、こいつは、たまに、俺の元気の源になることがある。本人にそんな気は無いんだろうが、現に、さっきまでの暗い気分は、こいつと言い争ってるうちに消えていった。いつか、もう少し歳を取ったら、感謝の気持ちを伝えてやってもいい。


そんなことを考えていると、悠太が提案した。


『ねえ、時間あるならマック行かない?ちょっと、腹へってきちゃってさ』

『あ、行く行く!ポテト食べたい』


話にすかさずリーリアが乗っかる。もしかしたら、行きたくないやつもいたかもしれないが、こんな反応されたら、もう、言い出しにくいよな?欲望に忠実なやつめ。


まあ、俺も小腹が空いてたし、何も言うまい。





ーーーーー





『うゎ…さむっ……』


校舎を出ると、冷たい風が俺たちに襲いかかった。明日からは少し暖かいって話だが、キャンプ場所は山の上。特に朝夕の防寒対策は十分、考えていった方がいいだろう。


校門までの坂道を下りながら、俺は山崎を観察する。自己紹介を済ませてから、すっかり、空気になってる彼女は、めぐみ以外の人間と殆ど話をしていない。どうも、コミュニケーションが苦手なタイプのようだ。何でキャンプに参加する気になったのかは知らんけど、まあ、思うところがあったんだろう。人付き合いの微妙な駆け引きを覚えるのは社会人になってからなんて決まりはない。むしろ、学生のうちにこそ、色んな経験をしておくべきだと、何かの本で読んだことがある。俺たちが学校で学ぶものは、何も学業だけじゃないってこった。


校門を出るとすぐに、並んで歩く二人の小学生とすれ違う。まだ、低学年っぽい男の子二人だ。もうすぐ暗くなるってのに、塾か何かの帰りだろうか?何となく気になって、その後ろ姿を眺めていると…


ドンッ…


前から来た、別の歩行者とぶつかってしまった。完全なる前方不注意。


『すいません…!』


慌てて謝るが、そいつは俺をあっさり無視して、そそくさと先を急いだ。一瞬だけ見えた正面からの姿は、黒いパーカーのフードを被り、その顔にはサングラス。マスクまでして、よっぽど不細工なのか?殆ど顔の分からない、怪しげな男。


……あれ?


ふと、頭の中で何かが引っかかる。それは、ほんの軽い既視感だった。


…誰だっけ?


そう考えたのは少しだけ。だって、誰もくそも、こいつは殆ど顔が隠れていて、声すら発していない。なのに、まるで、会ったことでもあるかのように感じること自体、おか…し…


悪寒が走った。


『ほら、くろやん。ちゃんと前見て歩かないから』

『ねえ、子供じゃあるまいし』


健作とリーリアがはやし立てる。

そんな二人の言葉をやたら遠くに聞きながら、俺の体は硬直したかのように、その場を動こうとしない。


『やっくん?』


様子がおかしいことに気付き、めぐみが声をかけてくる。だが、最早、それすら耳に入らない。背中に走る、ぞわぞわした感覚が他の思考を全く許さなかった。


『どうかした?』


尚も心配するめぐみの声は遥か遠く。たどり着いた解答に、出てくる言葉は一つだけだ。


…そんな…バカな…


頭の中では、いつか見た光景が鮮明によみがえっていた。


『…かれる…』

『え?』


同時に俺は走り出していた。


『黒木!?』


背後で上がった悠太の声は、あっという間に遠ざかる。鼓動が早鐘のように打ち鳴らされていた。馬鹿みたいに喉が渇き、酷く息苦しい。前方では早歩きの男が、小学生のすぐ後ろにまで迫っていた。


やべえ…!やべえ……頼む…!!


その願いは、夢が夢のままであることを望んだものだったのか、それとも、起こりつつある惨劇の阻止を祈る叫びだったのか…


…追い抜き様、男が小学生を車道へ突き飛ばした。あの日、夢でみた通りに…


『うわぁぁぁああっっっ!!!』


何で叫んでるのか分からない。もう、色んなことが信じられなかった。ただ、一つだけ確かなことがある。


目の前の命が、俺に託されたって事実だ。


バランスを崩しながら車道へ投げ出される小さな体。夢の中の俺は為すすべなく、死の瞬間を見ていることしか出来なかった。だが、今は違う。たぶん、俺のすぐ後ろからはトラックが迫っているはずだ。それでも構わない。無我夢中だった。意を決して…跳ぶ。


キキィィィィーーーッッ!!


甲高いブレーキ音が、あり得ないくらい近くで鳴り響いた。同時に精一杯伸ばした右手が、小学生の体に触れる。次の瞬間、横っ飛びをした俺の体は、重力に逆らうことなく地面に強く打ち付けられた。まるっきり生きた心地がしやしない。


しかし、それでも、俺はその子を守るように、必死で体を丸めた。


走馬灯は走らない。


代わりに、車道に背を向けた形で小学生を抱き留めた俺の背中が、急停車し、熱を帯びたタイヤの感触をじんわりと伝えて来た。


『…はぁ…はぁ……』


…生きてる。


肩で息をしながら、胸でホッとする。


受け止めることに成功した小さい命は、紙一重で消え去る運命を回避したんだ。



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