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イビルアイ  作者: 塩ラーメン☆
第一章【悪い夢】
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キャンプの計画

『おはよー』


弾むようなソプラノで言って、俺の肩を叩いた笠原かさはらめぐみは、今日も愛嬌たっぷりといった様子だった。俺はたまたま出た欠伸のせいで、目に涙をためつつ、取り敢えずの『おはよう』を返す。


彼女はクラスメイトなんだが、実は住んでる場所が凄く近い。しかも、子供の頃から家族ぐるみの付き合いがあった関係で、いわゆる幼馴染みに当たる。

そうだな…正直に言おう。自慢の幼馴染みだ。子供の頃はよく、遊んだもんさ。

出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでるメリハリのついたその体躯に対し、身長が150センチしかないっつうギャップが、校内の男子生徒に絶大な支持を得ている一つの要因であることに間違いはないだろう。だが、彼女の場合、他人を思いやることの出来る優しい性格と、細かいところまで気配りが出来る繊細さを併せ持っていることこそが、人を惹き付けてやまない理由だと俺は勝手に分析してたりする。もちろん、見た目も多分に大事だけどな。


少しだけ日に焼けた肌を包み込む制服姿のめぐみは、いつもの屈託のない笑顔……じゃねえな。何だか、懸念がおで俺の顔を下から覗き込んできた。


『やっくん、大丈夫?何だか、顔色、悪いよ?』


そういうことね……って、マジか!くそっ、あの、夢のせいだ……!


『ちょっと、変な時間に目ぇ覚めてさ』

『…寝不足?』

『まあ、そんなとこ』


必要以上に近づいていためぐみの顔から、遠慮ぎみに距離を取りつつ答えると、今度こそ、めぐみは、その表情を笑顔に変える。この笑顔が俺は子供の頃から、たまらなく好きなんだ。無条件で幸せな気分になれてしまう。コロッと恋に落ちちまう男子も少なかないだろう。


『無理しちゃダメだよ?』

『ああ、分かってる』

『また、あとでね』

『おう』


それだけ話すと、めぐみは前を歩いていた女子生徒の集団の方へと走り去った。シャンプーの良い香りを残して。




俺の通う高校は都心から離れた場所にある。ただ、自宅からは歩いて通える距離にあるし、交通の便を心配する必要は無かった。周辺には比較的、背の高い建物も少なく、三階の教室で窓際席を陣取る俺の学校生活は、専ら快適といえるだろう。


『やあ、早いね』


教室に入るとすぐ、クラスメイトの渕野辺悠太ふちのべゆうたはそう、俺に声をかけた。何が楽しいのか知らんが、こいつはいつもニコニコしている。肌寒い朝だってのに、ブレザーを椅子にかけ、カッターシャツにネクタイ姿の悠太は、教壇の横に据えてある机の花瓶に、水を注いでいるところだった。


何の係だっけ、こいつ?

……まあ、いいや。


『お前、寒くねえの?』


朝の挨拶もそっちのけに疑問をぶつける。

悠太は一瞬、不思議そうな顔をしたが、すぐに、自分の服装のことを言われているのだと気付き、『全然』と言葉少なに回答した。


『黒木は…何だか、具合、悪そうだね?』


続けざまの悠太の台詞に俺は顔をしかめる。


『それ言われたの、今朝、早くも二回目だぜ?そんな、具合、悪そうか?』

『…まあ、誰が見ても分かるくらいには顔色、良くないよ。風邪でもひいた?』

『いや、ただの睡眠不足なんだけどさ…何か帰りたくなってきた』


周りから心配されると、人間、つい、甘えたくなるよな?


『…まあ、いいや…ホームルームまで寝る』


自分の席に腰を下ろし、鞄を定位置のフックに引っ掛けながら宣言する。


『別に止めないけど、今日、数学、小テストがあるって噂だよ。昨日、四組であったらしいから』

『は?マジで?抜き打ち?…チッ…まあ、数学なら何とかなんだろ。寝る。初志貫徹。おやすみ』


肩をすくめる悠太を無視して、俺はあっさり机に顔を伏せた。親切で言ってくれてんのは分かるが、水をすのは花瓶だけにしとけってな。


この時間、教室内はまだガランとしている。別に優等生ぶってるわけじゃないが、俺の登校時間は割りと早い。寝坊して遅刻って経験も無い。ま、目覚ましを無意識に止めちまって、親に布団をひっぺがされるってのは、よくあるパターンだけどな。周囲が賑やかになってくるのは、まだ、三十分くらい先だろう。


殆どのクラスメイトは進学を希望しており、想像すると、毎晩、遅くまで、頭に必勝と書かれた鉢巻きを巻いて、机に向かう姿が目に浮かぶ。俺たちゃ仲間であると同時にライバルってこった。まあ、そんなわけだから、きっと、朝の十分間を睡眠に費やしたいと願うやつらは多いんだろう。

そういえば、今日は三時間目に体育が入っている。サッカーならいいが、毎年恒例のマラソン大会が迫っていることを考えれば、一時間中、走らされるって可能性が高い。俺はこりゃ、いかんと、無駄な思考を打ちきって、本格的に寝る態勢へと突入した。体育で倒れたりしちゃ、カッコ悪いからな。


しかし、その一分後だ…


『くーろやん』


…俺の睡眠を邪魔すんなよ…ってオーラを、これでもかってくらい醸し出していたはずなんだが…そいつは、まったく遠慮もなしに、寝ている俺の体をゆっさゆっさと揺さぶってきやがった。何てやローだ。


『健ちゃん、ダメだよ?やっくん、寝不足なんだって』


遠くから、我が眠りをサポートするめぐみの声に感動すら覚える俺。いいぞ、もっと、言ってやってくれ。


『大丈夫、大丈夫。くろやんは普段、寝過ぎなんだから、寝不足くらいがちょうどいいんだよ』


何だと、コノヤロー…!

大いに憤慨しながら、俺は上半身をむくりと机からひっぺがした。


『やあ、くろやん、おはよ』


悪びれる様子もなく言い放つ睡眠妨害犯。

まったく…親の顔が見てみたいね……まあ、知ってるんだけど…


紹介すると、こいつの名前は天城健作あまぎけんさく。実はめぐみよりも付き合いの長い、俺の、もう一人の(自慢じゃない)幼馴染みだ。

お坊っちゃまやお嬢様がやたらと目立つこの学校で、髪の毛をツンツンと逆立たせ、ライオンのなりそこないみたいな感じにセットされた頭髪は、はっきり言って浮いている。本人は気にしちゃいないようだが…まあ、流行ってのに、そこそこ敏感な男なんだろう。しかし、残念なことに、その体型はポッチャリの範囲を些かオーバーしていた。


『…お前、身長は?』

『え?…162だけど?』


藪から棒な俺の質問に、即時回答する健作。たまに鬱陶しいやつだが、その素直さは評価してやってもいい。


『体重は?』

『ぅぐ……は…84ッス』

『そうか。こんなところで油を売っても、買い手はいねえぞ?外で運動して痩せろ』


健作の肩に右手を乗せながら、優しく提言してやった。


『うん、そうなんだ。実は最近、また太っちゃって…』


……な?素直だろ?からかいがいの無いやつめ。


頭の中で毒づきながらも、もう、めんどくさいから俺はさっさと話を先に進める。


『んで、どうした?こんな朝っぱらから…隣のクラスにゃ友達ゃ、いねえの?』


そうそう、説明が後になっちまったが、健作は俺やめぐみとはクラスが違う。まあ、学校側が勝手に決めることだから、こればっかりはどうしようもない。つっても、別に何がなんでも同じクラスになりたいとかって話じゃないぜ?幼稚園児じゃあるまいし。


…なんて、俺的には気楽に振った話だったんだが…


『…いないけど、そんなに気にしてないから…』


あれ、地雷?しかも、悲しいな、あんた…


『お…俺はお前の味方だぜ?』

『だから、気にしてないってば』


眉根を寄せて、心なしか語気を荒くする健作。

そんな、ムキになんなよ?…とか口から出そうになったが、空気を読んで、その話題はここで打ち切ることにする。睡眠を妨害されて、ちょっとばかし邪険にしちまったが、一瞬で気分は専属セラピストだ。相変わらず不憫なやつ。

幼い頃、今の家に引っ越して来た俺に、初めて出来た友達がこの、健作だ。ドジで間抜けで、太ってて、頼りない(言い過ぎ?)感じじゃあるが、根は優しくて、いいやつなんだぜ?


そんな健作が、いよいよ本題を口にする。


『そんなことより、来週の連休なんだけどさ…』

『……連休?』


…ああ…そういや、来週末は土日と祝日、それに開校記念日だかが重なって、四連休なんだっけか…


『くろやん、寝惚けてる場合じゃないって。四連休だよ?まさか、気付いてなかったとか?』

『……いや、そりゃ知ってっけどさ…どうせ、部屋で缶詰めくらって、ガリ勉させられるのがオチだろ?何か知んねえけど、最近、親がうっせえんだよ。学校の方がまあだ、自由だって』

『ふーん…でも、その割りには、成績、別にパッとしないよね?』

『黙れ』


こっちはお前の不憫さに気を使ってまでやっているというのに…この、恩知らずめ。しかし、健作は俺の批難の声など、どこ吹く風で話を続けた。


『それでさ、いきなりなんだけどキャンプ、行かない?』

『…………んあ?』


話の流れを微塵も気にしない健作の提案に、予想外過ぎて間抜けな声が漏れちまった。


『それがね、うちのじいちゃんが昔、建てた別荘を使ってもいいって話になってさ』

『いやいや、お前、話、聞いてた?んなもん、親が許すわけねえって。っていうか、何でいきなり、そんな話になったんだよ?』

『そりゃ、息抜き…っていうか…うーん……何となく…思い出が欲しいって突然、思ったんだよね。もうすぐ卒業じゃん?だから、連休後はセンターまで勉強に集中するって条件で、そういう話になったんだけど…』


なるほど。他人の都合は見事に計算されてねえのな。

まあ、こいつらしいっちゃ、こいつらしいが…しかし、キャンプね…


その響きは確かに魅力的だと思った。

ただ、ひたすら勉強に明け暮れる日々…どこかで何かしらの休憩…もとい、刺激は必要じゃなかろうか…


『…そうだな…期待薄だけど、一応、交渉してみるよ。お前の言いたいことも分かるしな。んで、もし、OK出たら、天城家一行に交ぜて貰う感じになんの?』

『ううん。うちの親は抜きで』

『え?そうなの?…ん?じゃあ、お前と俺だけ?』

『いや、誰か誘うに決まってるじゃん?さすがに』

『……だよな』


キャンプってからには、自然と触れ合えるような場所にその別荘はあるんだろう。おそらく、普段、有り難みすら感じずに使ってる文明とは隔絶された空間…そんなとこに男、二人で行っても、楽しく過ごせる図式が思い浮かばない。最低でも、もう一人は欲しいところだが…


『けど、誰か来れるかあ?みんな勉強で忙しいんじゃねえの?』

『そこなんだよねえ…』

『わたし、行きたいな』


突然、俺たちの話に割り込んだのは、いつの間に近付いてきたのか、おずおずといった感じのめぐみだった。


『本当に!?めぐみん??』

『うん。最近、二人とも、わたしだけ仲間外れにしてるでしょ?』


そういうつもりじゃないんだが、まあ、思い当たる節が無いわけでもない…か。

達観したような言い方をすれば、俺たちくらいの男女ってのは、友情と愛情の狭間でもがき苦しむもんなんだ。特に、めぐみなんかは、ここ数年ですっかり女らしくなってしまい、俺としちゃあ、いつ、今まで築き上げてきた友情と、男の本能が刺し違えてしまわないか、気が気でないってわけ。


しかし、そんな俺の悩みなんざ、空気読めないレベルMaxの健作さんが察するはずもなく…


『主にくろやんがね!あ、でも、めぐみんが思ってるのとはたぶん、違うんじゃないかな?くろやんはいろいろと気にしすぎなんだよ。お尻の穴が小さいんじゃない?』


何故だか得意気に健作。

余計なことをべらべらと…くそ、後で覚えてろ…


どう、取り繕うか、若干、あたふたしながらめぐみの反応を窺うが、別段、気にしたふうもなさそうだ。まあ、考えたら別に、意地悪してるってわけでもないし、ちょっと、距離を置いてるってだけの話だもんな…


『おいおい、健作…俺のケツに興味あんのか?付き合いかた、考えちまうぞ?』

『あ、くろやんが話を逸らそうと必死になってる』

『馬鹿言うな。キャンプ中に何かあったら一生、お嫁に行けなくなっちまうだろうが』

『そのネタはもう、いいって』

『二人とも、喧嘩しちゃダメだよ?』


めぐみがあんまり的を射てない言葉で取りなそうとしているようだが、確かに、昔はこんな些細なことでも、よく、喧嘩したもんだ。懐古の念にかられるね。


『それで、めぐみん?本当に大丈夫なの?』

『うん。わたしん家はそんなに厳しくないし、やっくんと健ちゃんが一緒なら、お母さんも許してくれると思う』


いやいや、そんな、簡単にゃいかねえって。

めぐみの希望的観測発言に、内心で迂闊なんじゃねえの?と異を唱える俺。しかし…


『めぐみん、しっかりしてるからね。信頼されてるってことだよね』


あっさり、彼女の言葉を真に受けたらしい健作は、感心したように言いながらチラッと俺の方を見る。その視線は何が言いたいのか、非常に判りやすかった。もう、本当、鬱陶しいな、こやつ。


『ついでに相談なんだけどさ、出来れば、最終的に、五~六人くらい集まんないかなって思ってるんだ。めぐみん、よかったら、誰か勧誘してくれると嬉しいんだけど』

『ん…分かった。何人か当たってみるね。あ、でも、男子は無理だよ?』

『そっちはくろやんと探すから大丈夫』

『おい、だから、俺はまだ、行けるって決まってねえだろ?』

『行けなかったら、代わりに行ける人を探すのがくろやんの使命でしょ?』


……どういうこと?


健作の理不尽な物言いに目が点になる…が……いや、もう、何も言うまい。

いろいろと文句はあったが、言ってもきっと無駄に終わるんだろうと悟った俺は、ただ、肩を竦めて見せた。

気付けば時計の針もずいぶん進んでいる。どうやら、寝るのはそろそろ諦めた方がよさそうだ。


朝の教室は、にわかに活気付き始めていた。





後日談になるが、家族と相談した結果、予想外に、そこまで強く反対もされず、俺はキャンプに参加出来る運びとなった。親同士が知った仲ってのが大きく作用したんだろう。しかし、そうと決まれば、後は楽しむしかない。何だかんだ、最近の俺は、退屈って災害に阿鼻叫喚していたわけだから。


たださ……


人生は一度っきりだ。その一度の中に無限の選択肢が存在し、俺たちはなるべく後悔しなくていいように、その選択のひとつひとつを慎重に選ばなきゃならない。


今日の選択はどうだったろうか?


その疑問は誰もが抱えるものじゃあるが、厄介なことに、答えは未来にしか存在しないわけさ。


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