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プロローグ

更新は不定期の上に、亀速となると思います。

─────鐘が、鳴っていた。

祝福を告げる、大きな、澄んだ音色。

純白の花嫁衣装に身を包み、ジンクスどおりのものを身に付けて…………アナスタシアは、薔薇の花びらの舞うヴァージンロードを歩き、大好きな花婿のもとへと歩み寄る。

幸せな、幸せな時間。

ヴァージンロードの先できっと彼は待っていてくれて、アナスタシアが行けば微笑んで抱き締めてくれるはず。


(…………………あら?)


花婿が、いない。

ヴェール越しに見えるのは、厳粛なる雰囲気を纏う神父と………なぜか、やまずに揺れ続ける鐘…………。


(えっ?ジルベール様は??わたしのジルベール様はどこっ!?というか、この鐘煩いんですケドっ!!)


ヴァージンロードの途中で止まったアナスタシアは、キョロキョロと左右を見渡す。が、席に座っていたはずの参列者さえおらず、いつのまにか神父までもが消えていた。

───ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン

頭が割れそうなくらい大きな、鐘の音だけが鳴っていて、アナスタシアはその場で立ち尽くした。


(え、え、えぇ?!どうして?)


『シア……』


パニックになったその時、後ろから低く甘い、アナスタシアが大好きな花婿の声が聞こえた。


『ジルベール様っ!!』


急いでアナスタシアは振り返る。

大好きな、大好きな人を抱き締めるために………


『え?軍服………?』


しかし、アナスタシアの愛する人は、式用の真っ白いモーニングコートではなく、いつもの……王国軍部の深い瑠璃色に金のボタンやモール、勲章や飾りのついた軍服を着ていた。通常勤務用にしてはやたらと派手で見た目重視なそれは、すらりと背が高く、金髪に紫水晶の瞳の王子様のように麗しい美貌のジルベールにとても似合っていて、アナスタシアが気に入っている服ではあるが、式には似つかわしくない。


『ジル、ベール様………?』

『シア…………シアが───だというのには、驚いたし失望した。ずっと俺を騙していたんだな』

『え?騙す??』

『とぼけるなっ!───なんだろう!?』

『よく、聞こえないの!この鐘の音で!』


そうして、ジルベールになにごとか叫ばれる。しかし、鐘の音に紛れて肝心な部分をアナスタシアは聞き取れなかった。


(なにコレ?わけわかんないわよぅ)


なおも鐘の音は大きくなり続ける。頭が割れそうなくらい大きな音が、耳元で響いているような…………

涙目になっていると、とぼけるアナスタシアに焦れたのか、ジルベールがひときわ大きく息を吸い込むような動作をした。



『怪盗・オールドローズなんだろうっ!!!』






「え、えぇぇぇぇぇ!?どうしてそれをジルベール様がぁっ!!」


そう叫ぶと同時に、アナスタシアは目を覚ました。



───ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン


「お嬢様、いい加減に起きてください。鐘を鳴らしても起きないなんて……………それでも暗殺者の末裔ですか?私じゃなかったら、お嬢様は今ごろ永遠の眠りのなかでしたよ」

「か、カイン……………なんて斬新な起こし方なの?というか、普通に起こしなさいよっ!悪夢見ちゃったじゃない!しかも、暗殺者の末裔なんて真っ赤な嘘じゃないのよ!!」

「おやおやお嬢様、お気付きになられましたか。私めはてっきり…………いやいや、私のお嬢様はそこまで鈍い子ではないと信じておりましたとも」

「何の話っ!?」


がばりと半身を起こしたアナスタシアは、執事であるカインとカインの持つ鐘を見て、ジルベールとの式の最中におきたことが夢だったのだと理解する。

そして、その悪夢を見せた原因であるカインに食って掛かった。しかし、飄々とした執事にはかなわない。

呆気なく諦め、ラベンダーの香りのするリネンのシーツに顔を埋めた。


(嫌な夢だったわ………裏の《稼業》がバレちゃうなんて。バレちゃったら、結婚どころか婚約だって流れちゃうじゃないの)


ジルベールは、イシュネル王国軍部の特殊部隊に所属する、アナスタシアの婚約者だ。幼馴染みであり、アナスタシアの絶賛片想い中な人である彼は、軍部のなかでもエリートに分類される侯爵令息である。恋人すっ飛ばして婚約者同士な二人は、両親が友人同士で仲が良く、屋敷も隣接していることから幼馴染みで、仲がとても良い。


─────しかし、アナスタシアには軍部に属するジルベールには言えない秘密があった。


それは、アナスタシアが世間を騒がす大怪盗・オールドローズだということ。


しかし、伯爵令嬢であるアナスタシアが怪盗などという泥棒まがいのことをしているのには、訳があった。

アナスタシアの産まれた、ブルーシャトー伯爵家には先祖が残した厄介(・・・・)な聖遺物があった。

しかしそれは五代前のブルーシャトー伯爵家の当主、エミリオ・ブルーシャトーが散り散りにしてしまったのだ。酒に酔ってしたポーカーでボロ負けて、賭け金代わりに引っ張り出してきていたそれらを巻き上げられ、バラバラにしてしまったらしい。

しかしそれらには、少々問題があった。

闇に堕ちた聖女・オールドローズの聖遺物であるそれは、所有者の命をガンガン吸いまくる。そして時には、その所有者の意識まで乗っ取って悪さをする。ちなみにそれらを所有したブルーシャトー伯爵家以外の人間は、早くて一月……長くて一年いないには死ぬ。

命を喰い尽くされて。

なんともまぁ、傍迷惑な聖遺物である。

しかも、見た目は高尚な美術品や宝飾品に見えるように加工してあるから、なおさら厄介である。


(お金で買い戻せるのは、買い戻したんだけどね………)


しかし、所有者はなかなかに聖遺物を手放そうとはしない。だからこそ、怪盗・オールドローズが4代、約百二十年にも渡って存在するのだ。

所有者の命を再現なく喰い尽くす聖遺物を、犠牲者から取り戻すために。

薔薇を型どるそれらは、禍々しい気配であるのになぜか惹かれずにはいられない魔性の魅力があり、見分けるのも情報を仕入れるのも難しいことではない。

なぜブルーシャトー伯爵家所有なのかと、なぜブルーシャトー伯爵家の人間は死なないのかは謎だが、厄介なものを世に送り出したのだから責任は取らなくてはならない。

アナスタシアは、五代目オールドローズとしてこの時代のイシュネル王国で名を馳せていた。

しかし、こんがらがった事情があるにせよなんにせよ怪盗は怪盗。泥棒なのだ。

風紀を乱し、ひとの財産を盗んでいく、捕まったら罪人な泥棒。

軍部の人間に顔向けできるはずがない。

ましてやそれが好きな人ならばなお言えないし、ジルベールの所属する特殊部隊が、怪盗・オールドローズの捕縛に繰り出してからはもっと言えない。


「禁断ですか、お嬢様。逃げる怪盗と、その相棒な私め。そして怪盗の正体を知らずに捕縛しようと躍起になって追う、ジルベール坊ちゃん………浪漫(ロマン)ですねぇ、捕まえられたい……けれども捕まったら…………苦悩する私………………」

「って、カインがなんで苦悩するのよ!!」

「他意はありません」

「いやいや、返答のしかたおかしいわよ!?絶対なんか裏あるでしょ」

「ふぅ、お嬢様は………やたらと疑り深くおなりで。どこで育てかたを間違ったのでしょうか?だから最近ジルベール坊ちゃんに、ツッコミの腕が上がったなんて思われるんですよ」

「………………!?」

「冗談でございます、お嬢様」

「……………………………」


横からいろいろと言ってくるカインをアナスタシアは睨んだ。

黒い執事服に、長い黒髪を後ろでゆるく束ねたカインは、大鴉(レイヴン)のように鋭い金の瞳と、甘い笑顔とのギャップがどうとかで、まぁ、おモテになる。実際には底の見えない意地悪な腹黒なのだが、乙女の夢は壊さぬほうがいいだろう。

カインに入れあげているお嬢さんがたの精神衛生上。


「ユ、ユーフィニア……………!カインがわたしをからかって遊ぶっ!!ひどいの!!」

「ッ、お嬢様卑怯ですよ!」


しかし、アナスタシアも負けてばっかりは悔しいので、シーツから顔をあげると、カインの弱点をよんだ。


「お兄様ッ!またアナスタシアお嬢様をいじめて!この間も反省してくださいといったでしょう!」


カインの弱点は、カインの可愛い可愛い妹。侍女なユーフィニアをよびだせば、カインはおとなしい。

しゅんと柄にもなく落ち込む(凄く気持ち悪い)カインを見ながら、アナスタシアはほくそえんだ。


(あなたが悪いんだから、このどシスコン!………ジルベール様の夢はきっと、わたしの精神が不安定だからよね?あとカインの鐘のせい)


不安はいくつも残るが、怪盗・オールドローズにはアナスタシアが選ばれたのだから仕方ないし、ジルベールが軍人なのも変えられない。

だから…………深く悩むのはやめようとアナスタシアは笑った。

捕まることなく全部を集めればいいのだし、捕まったら捕まったでまた考えよう。

アナスタシアはどこまでも能天気だった。

しかし……………………



「カイン、もう二度と鐘を使わないで起こすってユーフィニアに誓って。もうあんな悪夢嫌だから!いい、ユーフィニアに誓うのっ!!」

「はい、私のユーフィニア………とお嬢様」


やっぱりバレたりする夢は見たくないので、アナスタシアは執事の首を縦にふらせたのだった。




────運命が今、軋んだ音をたてて廻り出す。



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