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Gナンバーの居候猫  作者: 小高まあな
第六幕 猫の毛並みを確認すると。
13/14

6−2

「やめろっ!」

 叫んだ自分の声で、目が覚めた。

 跳ね起きる。

 体がなんだか重い。

 ああ、くそ。嫌な夢を見た。

 っていうか、ここはどこだ。

 辺りを見回すと、そこは知らない部屋だった。ベッドに寝かされていたらしい。

 意識を失うまでのことを思い返し、

「マオっ!」

 自分が何をしたのかを思い出し、慌ててベッドから出ようとする。

 そうだ、彼女は、無事なのだろうか。

 嘘つき、と夢の中で責め立てていた声が蘇る。

 違う違う違う。あれは夢で。

 いつになく重たい体を動かし、慌てて足を床につけたところで、

「りゅーじ!」

 名前を呼ばれる。顔をあげる。何かがドアを蹴破るような勢いであけると、部屋に飛び込んで来た。

「隆二!」

 そのままぴょんっと跳ねるようにして、隆二に抱きついてくる。

 慌ててそれを支えた。

「隆二! 隆二!」

 何度も名前を呼びながら、隆二の膝の上に向かいあうようにして座り、頬をすり寄せて来る。

「隆二! 隆二! ありがとう!」

 顔を離して微笑んだのは、まぎれも無くマオだった。

「マオっ、大丈夫か?」

 その肩をつかみ、問う。

「うん! ありがとう!」

 嬉しそうにマオは頷いて、隆二の首筋に両手を回すと、頬と頬をくっつける。

「そっか、よかった」

 安堵の吐息。

 無事でよかった。

 本当に。

 彼女の髪をくしゃりと撫でる。指先に絡み付く、柔らかい髪の毛の感触。

 頬に触れる柔らかい感触。

 ……感触?

「マオ?」

「んー?」

 名前を呼ぶと、どうしたの? とマオが頬を離し、首を傾げてくる。

 その頬を両手で掴み、引っ張る。

「い、いたい……」

 柔らかい。

 ……柔らかい?

 マオの体をじっと見る。いつもの白いワンピースだけが見える。その後ろにあるはずの、自分の足とか、床とかが見えない。

 ……見えない?

 そういえば、こいつ、ドアをあけて入ってこなかったか?

 もう一度マオの顔に視線を移すと、ふふふ、っとマオは何かを企むかのように笑った。

「お気づきですか?」

 その声は、鼓膜を通して聞こえてくる。

「……もしかして、実体化してる?」

 恐る恐る問うと、マオは大きく頷いた。それから耐え切れなくなったかのように、もう一度首筋に抱きついてくる。

「もうね、超嬉しい! 隆二大好き!」

「いや、まてこれは」

 説明を求めるがマオは聞く耳をもたず、

「……神山さんが精気を与えたからですよ」

 代わりに声がした。いつの間に来ていたのか、ドアの横に赤いシルエット。

「嬢ちゃん……」

「エミリです。不死者の神山さんが与えた、人間で言うところの精気にあたる何かが、なんらかの形でマオさんに作用して、そうなったようです。詳しいことは、まだ調べていますが」

 エミリが一つ、溜息をついた。

「まったく、とことん規格外ですね、あなた方は」

 溜息と一緒に吐き出された言葉。以前マオのことをイレギュラーだと評された時は不愉快に感じた。しかし今は、規格外の言葉を不快には思わなかった。その規格外の指し示す意味は、実験体レベルで規格外ではなく、存在として規格外だと受け取れた。だから不快には思わなかった。

「……返す言葉がない」

 だって、我ながら思う。予想外にも程がある、この展開は。

 くすくすとマオが笑う声が、耳をくすぐる。ちゃんと聴覚器官を使って。聞き慣れた声のはずなのに、なんだか違うものに感じる。

「ここは、研究所か?」

「はい、そうです。あのあと、神山さんも気を失われたので運んできました」

「ああ、すまん」

「いえ、運んだのはわたしではありませんので。せっかく来たのですから、力仕事ぐらいはしてもらわないと、本当の役立たずですからね」

 そこで一瞬、エミリの唇が皮肉っぽく歪んだ。ああ、運んだのはあの白衣達か。

「……研究バカにそんな力あったのか?」

「大の大人が三人もいるんですよ。それぐらいやってもらわないと。ひーひー言ってましたけどね」

 エミリが軽く肩をすくめるから、それに少し笑う。それは少し見たかったかもしれない。

「さて、色々と今後についてなどお話したいことがあるのですが」

 そこまで言って、珍しくエミリは口ごもった。

 隆二にぴったり抱きついて、頬をすり寄せているマオを見る。

「……あるのですが、あとにします」

 僅かに頬を赤くして、彼女は言った。

「……なんか、すまん」

 幽霊だったときはなんでもなかったのだが、いざ実体化されるとこうべだべたするのが恐ろしく恥ずかしい。人前でいちゃつく若者みたいだ。俺は何をやっているんだ。

「いえ。マオさんの気持ちが落ち着いたころにまた伺いますね。とりあえず、お二人でお話もあることでしょうし」

 エミリは小さく首を横に振ると、隆二をまっすぐ見つめて一言告げた。

「ご無事でなによりです」

 それから隆二の返事もまたずに、部屋をあとにした。

 赤が視界から消える。

 ぱたり、とドアがしまった。部屋には二人だけが残される。



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