6−2
「やめろっ!」
叫んだ自分の声で、目が覚めた。
跳ね起きる。
体がなんだか重い。
ああ、くそ。嫌な夢を見た。
っていうか、ここはどこだ。
辺りを見回すと、そこは知らない部屋だった。ベッドに寝かされていたらしい。
意識を失うまでのことを思い返し、
「マオっ!」
自分が何をしたのかを思い出し、慌ててベッドから出ようとする。
そうだ、彼女は、無事なのだろうか。
嘘つき、と夢の中で責め立てていた声が蘇る。
違う違う違う。あれは夢で。
いつになく重たい体を動かし、慌てて足を床につけたところで、
「りゅーじ!」
名前を呼ばれる。顔をあげる。何かがドアを蹴破るような勢いであけると、部屋に飛び込んで来た。
「隆二!」
そのままぴょんっと跳ねるようにして、隆二に抱きついてくる。
慌ててそれを支えた。
「隆二! 隆二!」
何度も名前を呼びながら、隆二の膝の上に向かいあうようにして座り、頬をすり寄せて来る。
「隆二! 隆二! ありがとう!」
顔を離して微笑んだのは、まぎれも無くマオだった。
「マオっ、大丈夫か?」
その肩をつかみ、問う。
「うん! ありがとう!」
嬉しそうにマオは頷いて、隆二の首筋に両手を回すと、頬と頬をくっつける。
「そっか、よかった」
安堵の吐息。
無事でよかった。
本当に。
彼女の髪をくしゃりと撫でる。指先に絡み付く、柔らかい髪の毛の感触。
頬に触れる柔らかい感触。
……感触?
「マオ?」
「んー?」
名前を呼ぶと、どうしたの? とマオが頬を離し、首を傾げてくる。
その頬を両手で掴み、引っ張る。
「い、いたい……」
柔らかい。
……柔らかい?
マオの体をじっと見る。いつもの白いワンピースだけが見える。その後ろにあるはずの、自分の足とか、床とかが見えない。
……見えない?
そういえば、こいつ、ドアをあけて入ってこなかったか?
もう一度マオの顔に視線を移すと、ふふふ、っとマオは何かを企むかのように笑った。
「お気づきですか?」
その声は、鼓膜を通して聞こえてくる。
「……もしかして、実体化してる?」
恐る恐る問うと、マオは大きく頷いた。それから耐え切れなくなったかのように、もう一度首筋に抱きついてくる。
「もうね、超嬉しい! 隆二大好き!」
「いや、まてこれは」
説明を求めるがマオは聞く耳をもたず、
「……神山さんが精気を与えたからですよ」
代わりに声がした。いつの間に来ていたのか、ドアの横に赤いシルエット。
「嬢ちゃん……」
「エミリです。不死者の神山さんが与えた、人間で言うところの精気にあたる何かが、なんらかの形でマオさんに作用して、そうなったようです。詳しいことは、まだ調べていますが」
エミリが一つ、溜息をついた。
「まったく、とことん規格外ですね、あなた方は」
溜息と一緒に吐き出された言葉。以前マオのことをイレギュラーだと評された時は不愉快に感じた。しかし今は、規格外の言葉を不快には思わなかった。その規格外の指し示す意味は、実験体レベルで規格外ではなく、存在として規格外だと受け取れた。だから不快には思わなかった。
「……返す言葉がない」
だって、我ながら思う。予想外にも程がある、この展開は。
くすくすとマオが笑う声が、耳をくすぐる。ちゃんと聴覚器官を使って。聞き慣れた声のはずなのに、なんだか違うものに感じる。
「ここは、研究所か?」
「はい、そうです。あのあと、神山さんも気を失われたので運んできました」
「ああ、すまん」
「いえ、運んだのはわたしではありませんので。せっかく来たのですから、力仕事ぐらいはしてもらわないと、本当の役立たずですからね」
そこで一瞬、エミリの唇が皮肉っぽく歪んだ。ああ、運んだのはあの白衣達か。
「……研究バカにそんな力あったのか?」
「大の大人が三人もいるんですよ。それぐらいやってもらわないと。ひーひー言ってましたけどね」
エミリが軽く肩をすくめるから、それに少し笑う。それは少し見たかったかもしれない。
「さて、色々と今後についてなどお話したいことがあるのですが」
そこまで言って、珍しくエミリは口ごもった。
隆二にぴったり抱きついて、頬をすり寄せているマオを見る。
「……あるのですが、あとにします」
僅かに頬を赤くして、彼女は言った。
「……なんか、すまん」
幽霊だったときはなんでもなかったのだが、いざ実体化されるとこうべだべたするのが恐ろしく恥ずかしい。人前でいちゃつく若者みたいだ。俺は何をやっているんだ。
「いえ。マオさんの気持ちが落ち着いたころにまた伺いますね。とりあえず、お二人でお話もあることでしょうし」
エミリは小さく首を横に振ると、隆二をまっすぐ見つめて一言告げた。
「ご無事でなによりです」
それから隆二の返事もまたずに、部屋をあとにした。
赤が視界から消える。
ぱたり、とドアがしまった。部屋には二人だけが残される。