5−3
『りゅーじ?』
マオの目が、とろんっとしてくる。
『……ねむい』
「待てっ」
大声を出してそれを遮る。遮ってから、ああでも寝かせた方がエネルギーの消費が少なくなっていいのか、と思い直す。
けれども、今マオを寝かせてしまうことは、一言で言ってしまえば、怖い。もうそのまま目覚めてこない気がする。
マオが片手で目を擦る。眠気に耐えるように。
「ごめんな」
その頭を撫でようとして、動かした手が、つっと宙を切った。
「っ!」
隣でエミリが悲鳴を飲み込む。
今、確かにマオの頭の辺りを触ったはずなのに、手は何も触れなかった。
マオは気づいていないのか、ぼーっとしている。
存在がまた揺らいでいる。
一つ深呼吸をして意を決すると、もう一度手を動かした。
今度はちゃんと触れた。
頭を軽く撫でてから、その手を頭に置いたままにする。離すのが怖い。もう触れなくなってしまうんじゃないかと思うと、怖い。
マオがもう殆ど何も言わないのは、限界に近いからなのだろう。
エネルギーが足りない。ここにいる人間四人を使ってもまだ足りない。このままだと消えてしまう。
居候猫が。
それならば……。
「……わかった」
自分にできることは一つしか思い浮かばない。
「じゃあ俺のをやるよ」
マオがほんの少し首を傾げるが、言葉が届いているのかはわからない。
「神山さんそれはっ」
「黙れ」
エミリの悲鳴のような言葉を低い声で遮る。
不死者は死んでもいないが生きてもいないから、マオの食事に値するような精気はない。それでも、死んではないのだから、なにか、それに該当するものはあるはずだ。
「どれだけ摂っても死なないんだ。さすがにこれだけあれば、足りるだろう」
「でも……」
そんなことをして無事で済むのかどうかはわからなかった。マオは救えないかもしれないし、本当にそれで隆二が死なない保証も実のところない。不死者の定義において、そんなこと想定していないから。それでも、なにもしないでただみているだけなんて出来なかった。
だって、
「いやなんだよ、もう誰かが消えるとかそういうのは!」
自分で思ったよりも大きな声がでた。
だってもう、考えただけで耐えられない。
隣でエミリが息を呑んだ音が聞こえる。
「マオ、お前、言っただろ!」
うつろな目をしたマオの両肩を掴む。顔を正面から覗き込み、強い口調で告げる。
「隆二にはあたしがいるから大丈夫だって! いなくなられたら、駄目なんだよ! 約束しただろうが。約束は守らなきゃ駄目なんだろ」
全部、お前が言ったことだ。
『……やくそく』
マオの瞳が少しだけ動く。小さな声で言葉が漏れる。
「ああ、約束しただろう」
それに力強く頷く。
「ちょ、ちょっと待てっ」
ようやく事態を理解したのか、白衣達が動き出す。
「お前等何を勝手に決めているんだ! そんなこと許可する訳にはっ」
さすがに放っておくことができないと思ったらしく、こちらの部屋に入って来ようとする白衣を、
「来ないでください!」
隆二の隣にいたエミリが叫ぶことで遮る。そして、鞄から取り出した銃を、白衣に向けた。
「来たら、撃ちます」
「なにをっ!」
「本気ですっ!」
「進藤、お前自分が何をしているのかわかっているのかっ」
「こんなことしてどうなるか」
「前回の失態もあるのに」
「うるさい黙れっ」
大声をあげる白衣を、それよりも大きな声でエミリが遮った。らしくない言葉遣いと剣幕に、白衣達が固まる。
「確かに、わたしはこの間失敗しました。あのときは救えなかった。……違う、救い方がわからなかった。でも、今回は違います。マオさんが消えるのを、このまま手をこまねいて見ている。それが間違っていることはわかる。ならば、わたしは、それに抗います」
いつもと同じ、淡々とした、それでいて強い意志を感じさせる声でエミリは続けた。
「もう何も、神山さんから奪わせたりさせません」
はっきりと言われた言葉に、息を呑む。ああそうだ、もう何も盗らせない。こいつらには渡さない。
「嬢ちゃん」
何か言おうと彼女を見ると、
「はやくしてください」
冷たく一言言われた。
そのいつもどおりな態度に救われる。ほんの少しだけ、心にゆとりが戻ってくる。
彼女の言うとおりだ。どうなるかわからない。それでも、今、マオがいなくなることよりも怖いことなんてなにもなかった。
「ちょっとまて、落ち着いて考えろっ」
「最悪、共倒れだぞ!」
白衣の声。
共倒れ? ああ、それもいいじゃないか。
マオを守れなくて、それより先、生きることにしがみついている意味なんて、あるか?
事態を理解するだけの頭が回っていないのか、ぼんやりとこちらを見てくるマオの頬に手を添える。
「大丈夫」
小さく微笑むと、マオの唇に唇を重ねた。