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第六話 【伴侶と乙女心】

第六話


「…………以上が事のあらましです」

 眼鏡のズレを直しながら、男は一息ついた。

「我々の不手際で皆様のお手を煩わせる事になりまして、申し訳ございません……。特に北郷一刀様の御家族に至りましては、うちのアキラの不注意で面倒に巻き込んでしまいまして…………」

「いや、そこまで畏まる必要はないと思いますよ? 俺の家族を保護してくれるっていうのはありがたいですし、何より事が突拍子過ぎて、俺自身が狙われているって自覚がまだありませんし…………」

「それは、そうかもしれませんが…………」

 そう言い澱んだヤナギに、黙っていた桃香が口を開いた。

「あ、あの……。もしかしてご主人様は、もう病気に…………?」

 恐る恐る尋ねた少女の言葉に、全員が硬直した。

「お待ち下さい、只今調べますので。おい、アキラ!」

「ああ、ハイハイ……」

 行動を促された男は、スーツの内ポケットから手のひらサイズの機械を出した。

 一見すれば小型ラジオにも見えるそれには、長いコードと大きめのヘッドホンプラグに似たものが付いていた。

「スンマセン、ちょっとコレ握ってて貰えますか?」

 男は申し訳無さそうに笑いながら、そのヘッドホンプラグを一刀に手渡した。

「握るだけでいいの?」

「ハイ、こっちに結果が出ますんで……」

 幾つかボタンを操作して、無機質な電子音が耳に届く。

「…………こ、これは!?」

「どうした、アキラ!?」

 顔色の変わった男に、全員が注目する。


「普通の男性よりも、精力が強めです!!」


 全員、盛大にずっこける。


「それは関係ない!! 今更触れることでもない!! 何を言っとるんだお前は!?」

「冗談っすよー、主任。緊張した空気を打ち払おうとする部下のお茶目じゃないっすかー」

「まずその空気を読め!!」

「怒んないで下さいよー。悪い結果だったら僕もこんな事言わないでしょーに」

「そ、それじゃ!?」

 桃香が華やかな表情になる。

「全く異常なし。健康優良児の花丸二重丸です!!」

 その言葉に、全員がほっとした顔に変わる。

「でも油断は出来ないっすね。何もないって事は、これから何か起こるって事ですからね。病気にしても、殺しにくるとしても……」

 頼りなさそうな顔に、少し不安な色が加わる。

「……そうだな。本格的にあいつが動くまでは暫くはかかるから、色々準備をしなくてはな」

「……何故、暫くはかかるとお思いに?」

 愛紗が、ヤナギの発言に対して疑問をぶつける。

「幻術使いの力を貸した男を問い詰めたんですよ。そしたら、傭兵の役割を満足にこなせるだけの幻を生み出すには、少なくとも四十か五十日かかると」

 愛紗に答えたのは、部下のアキラの方だった。その続きは、上司のヤナギが引き継ぐ。

「その日数の間は、たとえ生み出しても陽炎のようにすぐ消えてしまい、役には立たない……。つまり、今はヤツの修練の為の幻というわけです」

「まー、だからって何もしないワケにはいかないですし、その間に僕らはこの世界や傭兵の幻の情報を出来るだけ仕入れようって事です」

 そこまで話した二人に、今度は冥琳が問いかける。

「修練の為の幻を、人目に付けさせるのは、牽制のためか……?」

「んー、多分それもあるんでしょうけど、一番の目的は遠隔操作の確認……。離れて操るから、その距離の限界を確かめているんだと思います」

「全く……。自分は手を汚さないとは、下劣なヤツだ、九頭竜……」

 スーツの男は二人して、眉根を寄せた。


「…………と、まあ。難しい話はここまでにして。暫くは様子見で大丈夫ですので、皆さんゆっくりしてて大丈夫っすよ?」

 今までの真面目な空気を一気に取っ払う、軽い声に皆の力が抜ける。

「いや、大丈夫って…………」

 流石に一刀も苦笑いを浮かべる。

「だってゆっくり出来るのは事実ですもん。ねえ主任?」

「ま、まあ、ヤツの兵力の準備がまだなのは我々が日々確認すれば事足りるし、病気の恐れはお前がさっきしたように、食べ物とかを調べれば済む話だが……」

 顔面を手のひらで押さえながら、部下の間抜けな声を受ける。

「それに、せっかく来てくれた北郷一家さんと武将さんたちの親睦を深めなきゃなりませんし!」

「へっ?」

 思いがけない言葉に、一刀は間の抜けた返事をする。

「まさか、これから他人行儀のまま過ごすというんすか?」

「いや、流石にそれはしないけど……」

「じゃ、決まりっすね!!」

 ヘラヘラと笑う男の後ろで、顔を押さえて呻く男がもう一人いた。



「何かすいません、急に押し掛けたようで…………」

 北郷一家の主である燎一は、集まっている女性陣に申し訳無さそうな表情を見せる。

「いえ、気にしないで下さい。こちらは大歓迎ですよ?」

 桃香はその言葉通り、ニコニコと笑っている。

「そうです。それに、そう畏まらなくても」

 愛紗は男性の態度が気になったのか、楽にするよう促した。

「ですが、かの有名な劉備玄徳様や関羽雲長様。そしてそれに勝るとも劣らない三国の武将・知将の皆様を、今目の前にしてると考えると、自然と身が引き締まるというもので…………」

 確かにその言葉通り、男性はかなり肩に力が入っており、整ったオールバックの髪も少し崩れている。

「大丈夫ですよ! ご主人様だって、普通にしてるじゃないですか?」

「桃香さま、それは少し違う気が……」

「俺もそう思う」

「えー、愛紗ちゃんもご主人様もひどいよ~……」

「フフフッ、みんな仲が良いのね~」

 三人の他愛ないやり取りを、泉美は側でニコニコと見ている。

「あ、そうだ!」

「はい?」

 何かを思いついたような表情の桃香に、燎一は疑問符を浮かべた。

「私の真名を、御家族の皆さんに預けます」

「えっ!?」

「私も……。皆様に真名を預けます!」

「あらあら!」

 桃香と愛紗の発言に、一人は目を見開いて、もう一人は口元に両手を当てて驚いた。

「で、ですが、お聞きしたところ、真名というのは皆様にとって、大事な名前であって、我々が軽はずみに呼んではいけな……」

「あなた、ここは預からせて頂きましょう?」

 少女二人の誘いを慌てて断ろうとする男性を、隣の女性は穏やかな笑顔で制止する。

「し、しかしだね…………」



「考えてもごらんなさいな。自分の娘の名前を知らないなんて失礼でしょ?」



「……………………ハア!!?」



 泉美以外の人間の口が、一斉にポカンと開いた。


「あら? だって皆さん全員、カズ君が好きなんでしょ?」

「え、えええ、えと、えと!!」

「ああ、あ、あ、ああのあの、そそそれは!!」

「どう? 好きなの?」

 向けられた屈託のない笑顔は、まるで全てを見透かすようで、桃香と愛紗は嘘を言えなく感じた。

「は……、はい……」

「お、おっしゃる通り、です」

 二人は顔を真っ赤にして、只々頷くしかなかった。

「だったら近い将来結婚して、娘になるかもしれないんだから、名前を知っておくのは礼儀というものじゃない……。ええと、あなたが劉備ちゃんだったわよね。あなたの真名は?」

「あ……と、桃香、です」

「………それで、こちらの関羽ちゃんの真名が?」

「あ、愛紗と申しますっ!!」

「そう、桃香ちゃんに……。愛紗ちゃん、ね? これから宜しくお願いしますね。私の事を本当のお母さんと思って、接してくれて良いですから。何だったらこれから、お母さんって呼んでも良いわよ?」

「おおお、おか、おかかか……!!?」

「そそ、そ、そそそういうのは……!?」

「ちょ、か、母さんっ!! 二人とも困ってるじゃ…………」

 既に頭から湯気を出している少女二人を庇おうとした一刀。だが、その前を颯爽と横切った影があった。

「か、華琳!?」

 その人物は呼ばれた方を向かずに、そのまま夫婦の前に歩み出る。

「姓は曹、名は操、字は孟徳、真名は華琳。この真名、あなた方に預けます。今後とも宜しくお願いします」

 至って冷静に、流暢に、少女は挨拶を交わし握手を求める。

「あら、あなたが曹孟徳さんなのね! 宜しくお願いします! こういうしっかりした子がお嫁さんだとこっちも頼もしいわよね、カズ君?」

 差し出された手を両手で握り返しながら、息子に同意を求める。

「いや、だから母さん…………」

「せせせ姓は孫っ! 名は権っ! 字は仲謀っ! 真名は蓮華と言いますっ!!! 皆さんは命に代えてもお守りしますっ!!!」

 窘める言葉を遮って、また少女が一人、勢いよく夫婦の前に歩み出る。

「あらあら、あなたは孫権さんね! こちらも可愛らしくて真面目そうな子じゃないの!」

「ちょ、蓮華まで……。だから一旦落ち着いて…………」

 しかし、一刀のその言葉は無駄だった。


「じ、自分は楽文謙っ!! 真名は凪と申しますっ!!」

「ウ、ウチは李曼成っ!! 真名は真桜言います!! 以後宜しゅう頼みます!!」

「于文則っ!! でも呼ぶ時は真名の沙和で大丈夫なのー!!」

「しょ、諸葛孔明でしゅっ!! 真名は朱里でしゅっ!!」

「ほ、鳳士元……! 真名は雛里、でしゅ!! …………あわわ」

「アハハハハハッ!! 流石は一刀のお母様ね~!! あ、私も雪蓮と呼んで構いませんわよ、お義母様♪」

「ハァ……。では私も、真名の冥琳とお呼び下さい」

「姓は程、名は昱、字は仲徳。でもって真名は風ちゃんなのです~」


 怒涛の真名預けラッシュが、一刀の目の前で繰り広げられた。

 その勢いに、すっかり押されてしまった。

「あらあら、でもちょっと待ってね? 一人ずつ確認しますから。ええと、楽進ちゃんの真名が凪ちゃん、ね? それから…………」

 騒ぎを起こした張本人は、女性陣に取り囲まれて少し狼狽えながら、でも凄く嬉しそうに微笑みながら、それぞれの真名を復唱する。

「一刀……。すまないな…………」

「まあ。打ち解けてくれたなら、良かったんじゃないかな?」

 申し訳無さそうにこめかみを掻く父親と、苦笑混じりで騒ぎを眺める息子。

「…………まったく」

「え、えと…………」

 呆れたように、腕組みでため息をつく祖父と、どうしたら良いか分からずに、あたふたしている妹。

「いやー、見ていて実に可愛らしいですねー主任?」

「何をボケた事言っているんだ!? ああ、また歴史の流れに隙が出来る…………」

 ニヤニヤと笑いながら事の次第を眺める部下と、また顔を押さえて呻く上司。

 はてさて、この先どうなります事やら…………。


「さて、じゃあ宴会の準備でも始めますか? 僕ら天の国から色々持ってきたんですよ! 食べ物とか、飲み物とか、お酒とか…………」


 その言葉に、すぐさま目の色を変えた人物が一人いた。

 もっぱら、お酒という言葉に対して…………。






-続く-

このやり取りを書きたいが為に、一刀の家族を登場させました(笑)

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