第四話 【進展する世界】
第四話
その部屋には三人の人影が。
「………本当に、ここにいるのかな?」
「私は信じてますよ。あの子たちは必ず、ここにいるって………」
「全く、兄妹揃って心配かけおって………!」
心配そうな男性、穏やかな表情の女性、そして険しい顔をしている老人がいた。
城内を走る二つの影。
先に走る少女を、少し遅れて青年が追う。
「佳乃! 右に曲がった突き当たりをまた右に!」
「…………うんっ!!」
走りながら言葉を交わし、目的地へと急ぐ。
「……しかし。……佳乃、あんな……足速かったか…………?」
「………………ッ!!」
青年の言葉を聞きながら、少女は一心不乱に走り、次第に二人の距離が開いていく。
「佳乃ッ!! とりあえず先に行っててくれ!!」
「…………うんっ!!」
追い付こうと必死になっていた一刀は、ついに廊下の途中で速度を落とし始めた。
「…………ご主人様ー!!」
「一刀ッ!! 大丈夫!?」
膝に手を付いて休んでいる彼の後から、桃香や蓮華といった、謁見の間にいた女性全員が駆け寄ってきていた。
少女は肩で息をしながら、突き当たった所で立ち止まっていた。
「はぁ………んーっ、ショ!!」
兄の言われた通りの道筋を辿り、最後に突き当たった大きな扉を開けた。
開いた先は、大広間に繋がっており、そこには兵士を両脇に置いた数名の人影があった。
彼らは扉の開いた音を聞き、一斉に顔をそちらに向けた。
「…………あぁ!!」
「おお…………!!」
「………………!!」
その姿を確認し、彼らは表情を華やかにした。
少女は彼らを見た途端、一気に顔をクシャクシャにする。
「…………お母さんっ!! ……お父さん、おじいちゃんっ!!」
「佳乃ちゃんっ!!」
少女は泣きながら、一目散に彼らに駆け寄り、女性もまた、少女の方に走り出した。
女性は途中で動きを止め、少女が彼女に勢いよく抱きついてきた。
女性は苦しそうな顔を見せずに、そのまま少女を抱きしめた。
「お母さん……。グスッ、お母さぁん……」
「良かった……。佳乃ちゃんが無事で……」
泣きじゃくる少女の髪を、静かに涙を流しながら撫でている。
「まったく……。心配したぞ?」
「ハァ……。手間かけさせおって」
側で二人を見ていた男性と老人も、安堵の表情を浮かべた。
「……あ、あのね? ……カズ兄ちゃんが、ちゃんとここにいたよ?」
「ッ!! ほ、本当か!?」
少女の言葉に、男性が身を乗り出した。
抱きしめていた女性は、ゆっくりと少女と顔を向かい合わせながら問い掛ける。
「……ここにいるの?」
「うん……。私をここに連れてきてくれたの……」
「…………一刀!!」
室内に響くは、老人の叫び声。
全員が顔を上げ視線を追えば、部屋の中には彼ら以外にもう一人いた。
どこか所在なげに、その場に立っていた青年が。
「……母さん。……父さん、爺ちゃん」
振り絞るように出した声が、部屋の中に響きわたる。
女性は少女を抱いていた腕を緩め、静かに一刀の方に歩み寄る。
「………………」
彼の前で歩みを止め、黙ってその顔をじっと見つめる。
それに耐えきれなくなり、一刀が再び口を開く。
「……………母さん、お……俺」
一刀が喋る途中で、女性は彼の視界から消えた。
次の瞬間、彼は自分がきつく抱きしめられたのを理解した。
「母、さん………!!」
「…………親不孝な息子ね。しばらく見ない間に……、随分逞しくなっちゃって…………」
一刀の耳元に届く、微かに震えた声。
「母さん…………」
「でも…………。でも、カズ君が元気で…………。本当に…………、本当に良かったッ………………!」
消え入りそうな声。抱きしめているその力はさらに強まる。
「母さん…………。ゴメン…………」
「いいの…………。こうしてちゃんと、会えたんだから…………」
自分を抱き締めるその身体が震えているのを一刀は感じた。
瞳の奥が熱くなり、とっさに顔を俯かせた。
「一刀…………」
不意にかけられた声に再び顔を上げると、自分の父親の微笑みが目に入った。
「父さん…………」
「……だいぶ男らしい雰囲気になったじゃないか」
「……そう、かな?」
「…………頑張ったな」
話す言葉は少なく。しかし、そこに込められる思いは、一刀に十分伝わった。
「………………」
「爺ちゃん…………」
そして……。いまだ口を開かずに、これまでのやりとりをじっと見ていた老人は、ゆっくりと青年に近付いた。
-ゴツンッ!!-
「アイタッ!!?」
脳天に走る強い痛み。身をすくめた一刀が老人を見ると、右手に握り拳を作っていた。
「い、いきなりゲンコツかよ……」
「バカモンがっ!! これだけではまだ足りんわ! お前がどれだけの人を悲しませたと思ってる!?」
「それは…………」
「久々に会ったと思ったら、腑抜けた顔を見せおって……」
「うっ……」
「…………しかし、まあ」
「……?」
「面構え、の方はなかなかになったじゃないか…………。成長したな」
「爺ちゃん…………」
その口元の笑みは、一刀の瞳に熱を蘇らせていた。
「ところで……。後ろに集まっているのは、件の英傑たちか?」
「へっ?」
掛けられた言葉に、しかしながらいまだ母親に抱きしめられたままなので、首だけを何とか振り向かせる。
見れば、凄く心配そうな表情で、女性達が扉の外でこちらを伺っていた。
「あ、みんな…………」
一刀が呟くように話すと同時に、抱きしめていた母親は彼を解放した。
そのまま母親は、彼女達の方へゆっくりと歩み寄る。
相手に敵意が無いのは理解していたが、彼女達の方は思わず身構えてしまった。
母親は、彼女達の数歩先で立ち止まると、深々と頭を下げた。
セミロングの黒髪と、フレアスカートが優しく揺れた。
数秒の後、頭を上げた母親は、困惑気味の彼女達に柔らかく微笑んだ。
「この度は、うちの息子を懇意にして頂き、本当にありがとうございます…………。北郷一刀の母の、北郷泉美と申します」
「あ、ああ、いえいえ。そんな、あの、えと…………」
桃香は、突然の事で言葉がままならなかった。
「父の北郷燎一です。わたしからもお礼を言わせてください」
「祖父の北郷耕作です。うちのバカ孫が大変御迷惑をおかけしたようで……」
ワイシャツに紺のネクタイとスラックスの男性、白髪の道着姿の老人も、同じように頭を下げる。
「そ、そんな! 御迷惑だなんて……!!」
「そ、そうです!! 頭をお上げください!!」
愛紗と蓮華も同じように、頭を深々と下げられて逆に恐縮してしまう。
愛紗はとりあえず、ある疑問を解決しようと彼らに問いかけた。
「あ、あの。皆様は、どうしてここへ?」
「それは我々から説明させてください!」
響きわたる声に、全員がその出所を探す。
それは、自分達と反対側の入り口、一刀の家族が入ってきた方から聞こえてきた。
そちらを見やると、似たようなスーツを着た二人の男が、兵士に少し警戒されながら立っていた。
一人はオールバックに眼鏡をかけた堅そうな印象、もう一人はニコ目で短髪の少し頼りなさそうな印象。
声を出したのは、どうやら前者のようだ。
「……何だか面白そうな事になりそうじゃない。いいわ、その二人を放してやって!」
雪蓮は抑えきれない気持ちをその顔に笑顔で表し、兵士に解放するよう促した。
「全ては我々の不注意から始まったのです………!!」
解放されるや否や、苦虫を潰したような顔で男は語り出した。
-続く-
家族の名前の元ネタは、父親:かがり火、母親:温泉、祖父:田圃、一刀と妹の佳乃で中国五行思想です。