棚卸は年に一度、必ずしましょう①常連客と不協和音
暗闇は好きじゃない。沈黙も嫌いだ。じっとしているのも落ち着かないし、孤独を愛しているわけでもない。
なのになぜこんなところにいるんだろう。
ここは完全な闇の中だ。音も光もない。静かすぎで耳が痛いほどだ。
ああ、誰かいないのか。
誰でもいいから、一緒にいてくれないか。いまは騒ぎたい気分なんだ。
◇◇◇
「ふいー、寒い、寒い」
突然開かれた店のドアに、店主がゆっくりと顔を向ける。視線の先には、かなり厚手の防寒着でもこもこになった冒険者の男が立っていた。
「いらっしゃい、ジェイド。こんな時間に珍しいですね」
ここはダンジョン内にある遺失物センター。つまり落とし物預り所なのだが、カフェっぽい外観をしていることと、店主が趣味ではじめたコーヒーのせいで、カフェのように利用する客もいる。といってもここは、この場所を知っている人か、このセンターを必要としている人しかたどり着けないらしく、利用客はまばらだ。
「ボス戦の前にちょっと休憩と思ってな」
だがこの冒険者ジェイドは、三日とあけずにここに通う常連客だ。落とし物をしたわけでもないのにしょっちゅうやってきては、棚から勝手に酒を取り出して飲んでいる。
防寒着を脱いで椅子に乱雑に置くと、今日もさっそく棚のエールに手を伸ばした。
「ダメですよ」
ぴしゃりとした口調で店主がジェイドの手を止めた。それと同時にカウンターにことりと音を立てて置かれたのはホットジンジャーエール。
「ダンジョン攻略中にお酒を飲むなんてありえません。パーティーメンバーにも迷惑をかけるでしょう?」
「えー、いいじゃねーかよ。寒いからあったまりたいんだって」
「お酒で温まっても一時的なものに過ぎません。温かいものならコーヒーがありますが、あなたは苦手じゃないですか。これで我慢してください」
「ちょっとだけだからさ、頼むよ」
へらへらと手を合わせるジェイドに店主は「いけません!」ときっぱり告げると溜息をついた。
「リーダーのあなたがそんなだと、メンバーの皆さんがかわいそうです」
ジェイドはしぶしぶとカップを口に運び、物足りない顔をする。
彼は冒険者パーティーのリーダーなのだと店主が前に僕に話してくれた。カウンターで酔っぱらって店主に絡んでいるところしか見ていない僕としては、何度聞いても信じられない。
「ねえバルムンク、あの野蛮な男は誰なの?」
隣の棚から、左の剣のメリンダの声がした。
「ずいぶん品のない男だわ」
右の剣のミランダもそれに同調する。
美しい細工を施した芸術品のような双剣の彼女たちは、自らが認めた持ち主を見つけるまで、このセンターで預かることになったのだ。彼女たちがいる場所は、僕の定位置の横の棚。どちらもカウンターを見渡せる場所にある。
「それにしても、あの男はどうかしてるんじゃないかしら」
「あの服を着て【砂漠の神殿】に入ったの? 死ぬ気だわ」
「そっか、君たちは【砂漠の神殿】にいたんだね」
「……君たちはって、どういうこと」
「先輩風吹かせてないで、さっさとわかるように説明しなさいよ」
双剣がわかりやすく圧をかけてくる。彼女たちは常に完璧でいたがる。ささいなことでも、自分たちの知らないことがあるのが許せないのか、この店の古株の僕が目障りなのか、こうしてよく高飛車に訊ねてくる。
女性が苦手で、高圧的な女性はもっと苦手な僕は、いつもしどろもどろになりながら答える。店主に相談したが「態度は少し難がありますが、勉強熱心なのはいいことです。頼りにされているんですよ」と煙に巻かれてしまった。
「こ、この店のある場所は亜空間なんだ」
「亜空間?」
「何よそれ」
「物理的な法則の外にあるというか……」
「わかるように説明しなさいよ」
「物理とか言われてもしらないわよそんなの」
店主から聞いたことをそのまま話しているから、僕だってよくわからない。
「ご、ごめんなさい」
「謝罪は結構よ」
思わず謝るがぴしゃりと拒否されてしまう。だが彼女たちの好奇心は消えていないのか、話の続きを待っている気配がする。
「と、とにかく、ここは世界中のすべてのダンジョンにつながっていて、どこからでもここに来ることができるんだよ」
「じゃあ、あの男は私たちとは別のダンジョンから来たってこと?」
「そうだよ。多分、【最北の洞穴】じゃないかな」
双剣がいたのは【砂漠の神殿】。文字通りダンジョン内は砂漠になっていて、魔物よりもその暑さの方が強敵だと有名なダンジョンだ。ジェイドが攻略中の【最北の洞穴】は、氷に覆われブリザードが吹き荒れるとても寒いダンジョンだ。
ジェイドが脱ぎ捨てた防寒具の肩には雪が積もっている。この店の温かさでも解けないのは、その雪がダンジョン製の不思議な雪だからだ。ダンジョンの中ではあらゆる常識が通用しない。気候や重力、時間まで、ダンジョンが持つ法則によって変わるのだ。
「それにしても、本当に良かったんですか、ここに来て」
店主が形のいい眉を寄せた。
「あとでメンバーに怒られても知りませんよ」
「大丈夫、大丈夫。ちょっとやそっと俺がいないくらいでくたばるような奴らじゃないって」
「そうですか」
三杯目のジンジャーエールを飲んでいたジェイドがふと視線をこちらに向けた。
「新入りか? 新しい剣が増えてるな」
「ええ、双剣なんです。美しいでしょう?」
まるで自分のことのように誇らしげに店主が胸を張る。
「ほんとだ、綺麗な剣だな。切れ味もよさそうだ」
ジェイドの視線が双剣に向くと、双剣から悲鳴が上がった。
「え、なに? こっち見てくるんですけど!」
「やだやだ怖いわ! 気持ち悪いわ!」
「あんなダンジョン中に勝手に休憩しにくる男の剣はかわいそうよ」
「きっとろくに手入れもしてもらえないわ」
なかなか辛辣なことを言われている。ジェイドには彼女たちの声は聞こえていないが店主にはもちろん聞こえている。苦笑を浮かべながら、双剣を褒めるジェイドに相槌を打っている。
その時。
突然、空気を裂くような大きな音が聞こえてきた。耳障りな不協和音が響く。
音の出どころは、カウンターの奥。
そこには大きな鉄製の扉がある。普段はあまり開かないそこから、ガラスを引っ掻いたような神経を逆撫でるような音が断続的に鳴り響いた。
「おいおいなんだよ、この音は」
耳を塞いで顔をしかめたジェイドが店主を見る。しかし店主は涼しい顔をして「じきに鳴りやむので気にしないでください」と笑った。
「気にしないでいられるかよ。見ろよ、鳥肌立ったぜ」
腕をまくって見せるジェイドに呆れたように店主が視線を送る。双剣も音がうるさかったのか喋るのをやめてしまった。慣れるまでは確かに嫌な音だ。僕も慣れたとまでは言い難いが、出所がわかっているから冷静でいられた。
しばらくすると音が消えた。ジェイドは塞いでいた耳から手を離して、鉄の扉をまじまじと見た。
「あの扉の奥はやばいもんがたくさんあるんだろうな」
「いえ。本当に危険なものは一握りだけで、あとは安全なものしかいませんよ」
「ほんとかよ」
しばらくしてカップの残りを飲み干すと、ジェイドは「そろそろ行くわ」と上着を掴んで立ち上がった。店主はその背に声をかける。
「【最北の洞穴】のボスは手強いと聞きます。気を付けてくださいね」
その言葉が意外だったのか、ジェイドは眼をわずかに見開いた。
「なんだよ、心配してくれんのか?」
「ええ。酒代のツケが大分溜まっていますので」
「そっちかよ!」
ジェイドはぶつぶつと文句を言いながら、移動用の魔法陣でボス戦へと旅立っていった。
店主はジェイドを見送った後、さてと、と気合を入れるようにエプロンの腰ひもを締め直した。
「あの音が聞こえたということは……バルムンク、わかりますね」
「はい。棚卸です!」
僕は店主と目を合わせて頷いた。
全4話です。




