誇り高い落とし物②伝説の魔剣「竜殺し」
店内を見渡せる、カウンターの奥の棚が普段の僕の定位置だ。
随分前に店主に拾われ、持ち主のいない僕はそのままこの遺失物センターに置かれたまま、店主と新しい落とし物たちの様子を静かに覗き見ることが日課になっている。
「君も剣だから、彼女たちと話ができるのではないですか?」
「えっ、無理だよ。僕、女の子苦手なんだ」
あのように騒々しい女の子は特に。
店主にだけ聞こえるような小さな声で答えたつもりだったが、彼女たちの耳に届いてしまったらしい。
「なあに? ちょっと強そうな剣をしてても中身はとんだへなちょこだわ」
「あたしそういうのなんていうか知ってる。なまくらっていうのよ」
そう言って馬鹿にしたようにクスクスと笑い出す。
突然こちらに向いた口撃に驚き助けを求めるように店主を見たが、苦笑して首を振られた。普段はあんなに強い店主も、彼女たちにはかなわないらしい。
「コーヒーが冷めないうちにどうぞ」
自然に話を逸らして店主は二人に向き合った。もちろん僕たちはコーヒーを人間のように飲むことはない。でも店主が淹れてくれるコーヒーの湯気に温められると、それだけで幸せな気持ちになれる。遺失物が誰もいない日に時々、店主とコーヒーを囲んで話をするのが好きだ。
「それで、あなた方の持ち主はどなたですか?」
「……なぜ?」
硬い声で右の剣、ミランダが聞いた。
「落とし物を持ち主に戻すことが私の仕事です」
「あんなやつ、持ち主なんかじゃない!」
怒りの滲む声で左の剣、メリンダが叫ぶ。
「私たちは美しいでしょ?」
ミランダが薔薇の装飾をきらりと光らせた。
「ええ、とても綺麗で美しいですね」
「でも、私たちはそれだけじゃない」
メリンダの切っ先が白く輝いた。
「私たちは、強いのよ」
当たり前の事実を告げるかのように二人は声をそろえた。そこには少しの驕りも自惚れもない。
黙って聞いていた店主が先を促すように頷いた。まだ温かいカップからは静かに湯気が立ち昇っている。
コーヒーの表面に反射する自分の姿を見つめながら、僕は彼女たちが言いたいことがなんとなくわかる気がした。
どちらともなく二人は口を開いた。
二人を作ったのは辺境にある小さな島国の刀鍛冶職人だった。その職人は強い刀を作ることに人生を捧げていた。実際彼の作る刀は姿や波紋の美しさだけでなく、鍛え上げられた地鉄によってどんなに硬い鎧でも一太刀で断ち切れる強さと、斬られたことも悟らせないほどの繊細で鋭い切れ味を誇っていた。だれもがその鍛冶職人の刀を欲しがったが、彼自身が納得いくような出来にならなければ、絶対に誰にも売らなかった。希少価値が増し、ますます彼の刀は有名になった。
それを聞きつけたのは大陸にある豊かな国の王だった。王子の誕生日に剣を作らせるようにと島国に使者を遣わせた。
鍛冶職人は断った。作れと言われたものは切れ味は二の次の飾りのような剣であり、華美な装飾のあるきらびやかなもの。彼が普段作っている、刀そのものの強さや美しさとはかけ離れていた。
しかし使者も引き下がれない。あらゆる汚い手を使って、彼に剣を作らせた。鍛冶職人は己の意地と誇りを呪いのように地鉄に打ち込んだ。何度も何度も高温で熱し、何度も何度も打ち付けた。そうして出来上がったのが彼女たちだった。
宝石のように輝く双剣を見て使者は喜んで国に帰っていった。
しかし問題が起きた。王子はその双剣を持つことができなかったのだ。
「私たちは強く美しい。人が剣を選ぶんじゃない。私たちが持ち主を選ぶの」
二人は毅然と言い放った。
初めて剣を握るような弱い人間には自分たちを扱えない。いかに王子といえども、自分たちの持ち主にはふさわしくない。
「だからあの貧弱な王子の顔を引っ搔いてやったわ」とミリンダが言うと、「これでも手加減したのよ」とメリンダが笑う。
王子が剣に手を伸ばした瞬間、剣が飛び出して王子を斬りつけるところを想像して僕はぞっとした。王子も周りの家来たちもさぞ驚いたことだろう。
「さすがは魔剣ですね」
だが店主はのんびりと、感心したように目を細めた。
魔剣とは、特別な力が込められた剣のことだ。魔剣は意志を持ち、わずかながら動いたり、持ち主の力を吸い取ったりする。その逆に、持ち主に力を与えたり、敵を一瞬で消滅させたりすることもある。そのあたりは魔剣と持ち主の相性によるが、彼女たちは王子を持ち主とは認めなかったのだ。
「魔剣を扱うのは普通の人には難しいのかもしれません。そう思いませんか、バルムンク。いえ、ここは『竜殺し』と呼ぶのがふさわしいでしょうか」
急に僕に話を振られて、驚いて店主を見る。
「竜殺し!?」
「あんたが?」
「えっ……いや……違うんだよ。持ち主がすごかっただけで、僕は何にもしていないんだ」
確かに昔は、伝説の魔剣『竜殺し』なんて呼ばれていたこともあったけど、本当にたいしたことはしていない。世界を丸呑みしそうな大きな竜を退治したときも、僕はただ怖くて、早く戦いが終わってほしくて僕の持っている力を全部持ち主に渡して眠っていただけだ。あとのことは全部持ち主がやってくれたから、詳しいことは何も知らない。
「なんで伝説の魔剣がそんなに自信なさげなのよ」
「あんた私たちよりずっと強いんでしょ。ならそれなりの態度をするべきだわ」
「そ、そんなこと言ったって……」
詰め寄られて僕は少し泣きそうになる。絶対に彼女たちの方が強いし恐い。
「まあまあ、彼は謙虚なんですよ」
店主が庇うように優しく僕の鞘を撫でた。
「それで、あなた方はいままで王子の元にいたんですか?」
「それは……」
ミランダが悔しそうに刃先を光らせる。その言葉をメリンダが引き取った。
「王子は私たちを持て余した。でも見た目は美しいから、宝物庫にしまわれてたの。宝石に囲まれて、ただの美術品のように扱われた」
「でも私たちは剣なのよ! 使われなければ意味がない。ただ美しいだけのものなら、宝物庫の中にたくさん溢れてたのに」
「あんな屈辱ったらないわ!」
二人の刀身の波紋がゆらゆらと揺らめいて見えた。
「そんなとき、あの男が現れた」
その男は冒険者だった。王国を危機に陥れた大きな魔物を討伐したということで、褒美に宝物庫の中から好きなものを一つ持っていって良いと言われたそうだ。男が目をつけたのは、美しく輝く双剣。一目で目を奪われた。彼女たちはようやく自分たちの持ち主が現れたと喜んだ。これで宝石のように扱われる日々は終わり、剣として自分の力を発揮できる。そう喜んだ。しかし。
「あの男は、私たちを女へのプレゼントにしたのよ!」
それは彼女たちにとってこの上ない屈辱だった。
「結局あの男も私たちのことを表面しか見なかった! ただの宝石と同じように扱うなんて!」
彼女たちはただ美しいだけの剣ではない。彼女らを生み出した鍛冶職人の、怨念にも似た思いが込められている。それは一見きらびやかな外見に隠されているが、その内側には荒々しく血に飢えた獅子のような刀身が隠されている。その圧倒的な強さも含めて双剣の美しさを形作っているのだ。
その後様々な経緯を経て古道具屋に売られ、別の冒険者の手に渡った。その冒険者こそが、ダンジョンで彼女たちを置き去りにした張本人だった。
「ああ、ここが遺失物センターか」
冒険者特有の荒っぽい仕草で店の扉が開いた。
「あいつ!」
「よくものこのこと現れたわね!」
「このクズ!」
二人が突然現れた冒険者の男ににわかに息巻くが、もちろんその声は届いていない。むしろ僕たちの声を聞くことができる店主が特別なのだ。
「なあ、ここに落とし物があるって聞いたんだけど、俺の剣届いてる?」
カウンターに近づきながら男が店主に声をかけた。
「どのような剣でしょうか」
「なんかすっげぇ派手な双剣で、キラッキラの……あ、これこれ!」
男の視線がカウンターに置かれた双剣に留まる。
「よかったぁ。使い物にならないから思わず頭に来て放り投げたんだけどさ、売ればなかな
かの値段になるだろ? 勿体無いことしたなって思ってたんだ。見つかってよかったよ」
案の定、この男は彼女たちに持ち主として認めてもらえなかったのだろう。魔物に対峙した時でさえ誇り高い双剣は、己が認めない存在の道具となることを拒んだのだ。
双剣に伸ばした男の手を、店主が振り払う。乾いた音を立てて手が止まった。
「なに? なんのつもり?」
額に血管を浮かべながら男は店主を睨みつけた。だがそれに構わず、店主は困ったような笑顔を双剣に向けた。
「家に帰るまでが冒険です。ですが、帰るかどうかを決めるのはあなた方です」
「私は嫌!」
「私も嫌!」
「では決まりですね」
「なに一人でごちゃごちゃ喋ってんだよ! それは俺のなんだから返せよ!」
「お断りします」
その冷たく硬い声は、僕たちに話しかける優しい声とはまるで違う。部屋の温度が一気に下がったように感じられた。
次回で終わります




