家に帰るまでが冒険です③帰る場所
どうして声が聞こえるのと訊ねた僕に、今頃気づきましたかと少し呆れたように笑ってお兄さんは言った。
「なぜならここは、ダンジョン遺失物センターですから」
「いしつぶつ?」
「落し物の声に耳を傾けてダンジョンから救出し、持ち主のもとに戻すのが私の仕事です。もちろん、君の声も聞こえていましたよ」
お兄さんは僕を手のひらにのせると顔についた汚れを綺麗にしてくれた。コーヒーの湯気のおかげで、こびりついていた泥もすんなり落ちた。
「さて、そろそろですかね」
そう言ってお兄さんはお店のドアを見た。すると、いかにも冒険者という格好の大きな男の人がドアを勢いよく開けて、ずかずかと店の中に入ってきた。
「おい店主、ダンジョンの外でひよっこ冒険者が泣いてたから連れてきたんだけどよ、ここであってたか?」
「はい、あっていますよ」
促すように冒険者が背後に視線をやった。背後から顔をのぞかせたのは――。
「リサッ!!」
僕は叫んだ。でもその声はリサには聞こえていない。泣きはらした目で怯えたようにお兄さんを見上げるリサは、その手にのせられた僕に気づいていない。
もどかしい。この身体が動いたなら飛んでいくのに!
「お兄さん、早く! 早く僕をリサのところに!」
「はいはい、ちょっと待っててくださいね」
小声でささやくと、お兄さんは僕を隠したままリサに向き合った。僕に話すのとは違う、少し冷たくて突き放すような話し方だった。笑っていないお兄さんは、体の芯の方まで冷え切った、氷のように見える。綺麗だけど人を寄せ付けない、そんな冷たさがある。
「あなたのような経験の浅い冒険者が命を落とす一番の理由は、過信です。自信があるのは結構ですが、実力が伴わなければ身を滅ぼしますよ」
「……はい」
小さく震える声でリサが返事をした。
「あなたは今日、大事な相棒を失うところだったのですよ。あの子があなたを大事に思うように、あなたもあの子を大事にして、そして守れる力を身に付けてください」
「ごめ、なさいっ……」
言い方はきついけど、お兄さんが何を伝えたかったのかリサにはわかったのだろう。何度も頷いて何度も謝っていた。
泣いているリサを慰めたくて、僕はいてもたってもいられずお兄さんを何度も呼んだ。お兄さんは優しく笑うと僕だけに聞こえる声でそっと言った。
「家に帰るまでが冒険ですよ」
そしてリサの目の前に、手のひらにのせたままの僕を差し出した。
「ジョンッ!」
リサが飛びつくように僕を抱きしめた。
「ごめんね、ジョン! 1人にしてごめん、淋しかったよね、怖かったよね!」
いいんだリサ。僕は君が無事ならそれで。だって僕は、君のお守りだからね。
「本当にありがとうございました! もう二度とジョンを落としたりしません」
すっかり元気を取り戻したリサは、はきはきとお兄さんにお礼を告げた。お兄さんは何も言わずに見送ろうとしたが、ふと首をかしげてリサを見た。
「ところで、その子は犬ですか?」
「はい、犬のぬいぐるみで、母が私が生まれたときに作ってくれたんです。いつもベルトに付けてたんですけど、ゴブリンの爪が当たって切れてしまって」
「そうですか」
そう言ってお兄さんはカウンターに戻っていった。カウンターではリサを連れてきた冒険者が勝手にお酒を飲んでいる。常連なのかもしれない。
リサは僕をベルトに付けると、もう一度振り返ってお礼を言った。僕もお兄さんには助けてもらったからお礼を言いたくて大きな声で叫んだ。誰にも聞こえなくても、お兄さんにはきっと聞こえるはずだ。
「ありがとう、お兄さん! それから……僕は犬じゃなくて狼なんだ!!」
◇◇◇
ダンジョン内にある『遺失物センター』は今日も落とし物で溢れている。
店主が何かを思い出したようにくすりとほほ笑むと、カウンターでエールを煽る冒険者が視線を向けた。
「何笑ってんだよ?」
「いえ、ただ彼女のお母さんは裁縫があまり得意ではなかったようです」
「……楽しそうで何より」
おかしそうに笑う店主が珍しいのか、冒険者は奇妙なものでも見るような顔で二本目のエールに手を付けた。
「それにしても、めずらしいじゃねえか、店主があんなふうに誰かに説教するなんて。よほどあのお嬢ちゃんが気に入ったのか?」
「そうですね……。彼女が命を落とすようなことがあれば、悲しむでしょう、ジョンが」
「そっちかよ!」
冒険者は呆れながらも、どこか楽しそうにグラスを一気に飲み干した。




