カフェは本業ではありません③チェロキーの正体
「大丈夫?」
「まあ、問題はないでしょう」
心配になって訊ねた僕に、店主は安心されるように微笑んだ。どういう理由で店主がこんなところで遺失物センターをやっているのかはわからないが、あまり人に会いたくないんだろうということは想像がつく。雑誌のせいで人気が出たら、客足が増えるかもしれない。
「で、この珈琲をぜひとも飲んでみたくって! 絶品なんすよね?」
「知らん。俺は酒しか飲まねえ」
「えー」
店主は豆からひいた珈琲をチェロキーに差し出した。見た目に反して慎重な手つきでカップを持ち上げると、香りを確認してから一口含む。その途端、はっと目を見開いた。
「すごっ! うまっ! こんな珈琲飲んだことないっす! 感激っす!」
「それはよかったです」
「お店で焙煎してるんすか?」
「いえ、別の店で焙煎した豆を買ってるんです」
「え、それってあたしもその豆買えるってことじゃん! どこの店か聞いてもいいっすか?」
目を輝かせてカウンターから身を乗り出すチェロキーに、店主は薄い笑みを返した。
「別に隠しているわけではないので伝えてもいいんですが……やめておきます。そのお店に迷惑をかけてしまいそうなので」
「え、なんでっすか? あたし別に変なことしないっすよ?」
「んー、でもさっきの質問に、まだ答えてもらっていないので」
「さっきの……?」
店主は雑誌に手を伸ばし、記事を指さした。
「これって、ここを知っている人が読めばここだと分かるんですけど、記事の中には具体的な場所や住所は一切出てきてないんですよね。ダンジョンの中にあることすら明言されていない。だから、この雑誌を見ただけではたどり着けないと思うんです。どうやってこの場所を知ったのか、教えてくれますか?」
チェロキーはカップを持ったまま固まった。眼鏡の奥の瞳がわずかに細められる。そしてキャスケット帽のつばに手をやると、ぐいっと引き下げ大きなため息を吐いた。
「あーあ、こういうとこなんすよね、あたしの悪いところ」
チェロキーはバッグの中に手を突っ込みごそごそと何かを探し当てると、小さな紙を店主に見せた。それは四角い名刺だった。
「あたし、この事務所で探偵やってるっす。といっても見習いだけど」
「探偵……」
「この雑誌の場所を探して、怪しまれずに戻ってくることができれば正式に雇ってもらえるってボスに言われて。いろんな人に聞きまわって、冒険者ギルドで情報掴んでようやくたどり着いたんっすよ。途中まではよかったんだけどなあ。どこがだめでした?」
その名刺には探偵事務所の文字と、住所が書かれていた。
店主は何も言わずにじっとそれを見つめる。
「どこっつうか、全部だよ、全部。最初からずっと怪しかったぞお前」
「えー? そんなことないっしょ、どっからどうみても普通の冒険者っしょ?」
「はあ? お前それ冒険者のつもりだったのかよ。そんな冒険者いねーよ」
ジェイドとチェロキーが言い合っている間も、店主は難しい顔をして何かを考えこんでいるようだった。
「私たちも気づいてたわ、あなたが怪しいって」
「そうよ、怪しい人とは話をしたらいけないって前に店主が言ってたもの」
奥でじっとしていたはずの双剣もいつの間にか話に加わっている。
「そうっすよ、怪しい人には話したりついて行ったりしたらだめっす!」
「だから、怪しいのはあなただってば!」
「えー、怪しくないっすよ」
「怪しい人は自分のことを怪しくないっていうから気をつけろって店主が言ってたわ」
「教育が行き届いてるっすねー」
僕は店主にそっと近づき、エプロンの裾をそっと引っ張った。
「なにかあった?」
「……いえ、まだなにも」
優しく微笑むと、名刺をポケットにしまった店主は安心させるように僕の頭を二、三度撫でた。そして真剣な表情でチェロキーを向くと、ゆっくりと口を開いた。
「一つ、大事なことを言っておかなければなりません」
そのあまりの真剣さに店内が静まりかえる。チェロキーは身じろぎもせずに息を止めて店主の言葉を待った。
「いいですか。……ここは、カフェではありません」
「…………へ?」
チェロキーがまぬけな顔をして首をかしげる。ジェイドや双剣は、店主が言いたいことを察してやれやれと肩をすくめている。
「え、だって珈琲でてくるし、どう見てもカフェじゃないっすか」
いいえ、と店主はきっぱりと首を横に振った。
「ここは、ダンジョン遺失物センターです」
「遺失物?」
「ダンジョン内の落とし物を預かるところですが、持ち主に時々珈琲を淹れていたら、いつの間にか珈琲目当てで訪れる人が出てきてしまって、しかたなくこういう形をとっているんです」
「……つまりこれは」
「副業です!」
カフェじゃないってのは無理があるなと呆れていたら、同じく呆れた顔をしたジェイクと目が合った。突っ込みを入れるかどうか迷って、結局何も言わずに酒を飲むことを選んだようだった。
混乱して雑誌の記事を読み返すチェロキーに、店主は少しだけ仮面の取れた顔で得意げに笑った。
「こんなことも調べられないようでは、探偵としてはまだまだですね」
大人げないと思ったことは店主には内緒だ。
この場所を誰にも話さないことを約束させたチェロキーが嵐のように去っていった後、店内にようやくいつもの穏やかさが戻ってきた。
店主は名刺が入ったポケットを一度だけ手で確かめると、双剣に向かってふっと微笑んだ。
「……さて、カフェラテ審査の続きをしましょうか」
双剣はぱっと顔を輝かせて、ばたばたと準備に取り掛かった。
彼女たちの作ったカフェラテを出せる日は、きっと近いだろう。
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次回は全10回です。




