カフェは本業ではありません②嵐を呼ぶ女
新たな遺失物もなく、平和な午後が賑やかに過ぎていく。僕も双剣にカフェラテの作り方を教え、存外真剣な彼女らが何度も練習を終えた時、店の前の魔法陣が光を放った。
誰かが来る。
店主がジェイドと話をしながらも、わずかに視線を動かした。
魔法陣の光とともに現れたのは若い女の人だった。
大きな黒縁の眼鏡をかけて、キャスケット帽をかぶった二十歳くらいの女性。
はじめてここにやってきた人たちがするのと同じように、きょろきょろとあたりを見回した。そして感極まったように両手の拳を天に突き上げて「大当たり―!」と叫んだ。そして早口で何かをまくしたてている。
「この空間自体が最高だし、たどり着いた時点で満足度爆上がりだし、店の外観もレンガとガラスと木材を上手に使って古さを残しつつもモダンに仕上げてるし、照明のこだわりもハンパないっす! 久々の当たりすぎてあーどうしよう興奮してきたっす!!」
店主もジェイドも双剣も、きょとんとした顔をして無言でそれを見る。
だがその視線に気づいているのかいないのか、へらへらとした笑いを浮かべながら彼女が真っすぐ店に向かってきた。
「こんにちはー!」
はきはきとした喋り方で礼儀正しく挨拶をした彼女は、僕たちをひと通り眺めたあと、カウンターの開いている席に腰を下ろした。
座っていてもそわそわと落ち着かない様子で店内を見回す姿は、落とし物を探しに来た冒険者にはとても見えなかった。
「いらっしゃいませ」
「えっ、お兄さんすごくかっこいいっすね! 目の色すごく綺麗だしまつ毛長くて、なんか彫刻みたいっす!」
店主がおしぼりと水を置くと、店主の顔を見た彼女のテンションがさらに上がる。
「いえいえ、そんな」
店主は口元に笑みを浮かべて謙遜して首を振った。
その表情は僕たちに見せるものとはまるで違う。遺失物(僕たち)には優しく穏やかに微笑む店主の笑みが、人間を相手にするとどこかぎこちなくなるのはなぜなんだろう。遺失物を取りに来る冒険者に対しても、店主はいつも完璧だが隙のない顔で笑う。決してこちらに踏み込ませることのない笑顔の仮面。心の中の線が、カウンターのこちら側とあちら側で明確に引かれているようだ。
でもジェイドにはかなり打ち解けているように見えるので、ただの人見知りなのかもしれないが。
「あたし、チェロキーっていうっす。お兄さんは?」
「センター長でもなんでも、お好きなように」
「センター長?」
戸惑いながら首をかしげるチェロキーに僕は慌てて「僕たちは店主って呼んでます」と横から口を出した。
「じゃあ店主さん、ここのおすすめは何っすか? あたしカフェめぐりが趣味で、はじめてのカフェではかならずそこのおすすめを注文するようにしてるっす」
「そうですね……ブレンドでしょうか」
「じゃあそれで!」
チェロキーはへらへらと上機嫌に笑うと、双剣に話しかけた。
「かわいい双子ちゃんっすね! 君たちもここで働いてるんすか?」
「煩い子ね」
「あなたのような小娘とする話なんてないわ」
「ちょ、ちょっとなんてこと言ってるんだよ」
だが双剣はつんと顎を上げ、見下すように冷ややかな視線を送った。慌てて窘めるが僕の話など聞くはずがない。
「こら。むやみに喧嘩を売るなとさっき言ったはずですよ、ミランダメリンダ」
止めに入った店主の注意にも耳を貸さずぷいっと奥に行ってしまった。
「すみません、気分を悪くされたでしょう」
「いえいえ! まーったく! とてもかわいくて癒されたっす!」
なかなかに打たれ強い性格のようだ。
「ところで、ここにはどうやって? ここはあまり知られていない場所だと思うんですが」
ふいに店主が核心に触れた。この店には遺失物の持ち主か、この店を知っている人しか来ることができない。それなのになぜ彼女がここに来られたのか。
するとチェロキーは横掛けにしていた大きなバッグに手を突っ込み、ごそごそと中を探り出した。
「あったあった、これっす」
手には一冊の雑誌が握られている。厚みはなく、二十ページくらいの簡易的な作りのそれには『隠れた名店特集』と書かれている。
「これは?」
「ここ」
彼女が指さした雑誌の中ほどのページには一つの記事が載っていた。
そこには、ほとんどの人がたどり着くことのできない場所にあるカフェの珈琲が絶品だということがびっしりと書かれていた。
店内の絵も載っていて、この店のことを書いているのは間違いなかった。
「これは……誰が書いたのでしょう」
「あいつじゃねえか?」
横から手を伸ばして雑誌を奪ったジェイドが絵を見ながら確信を持ったように告げる。
「ほら、ときどきいるいつも黒っぽい服を着てるじいさんだよ。いつもノートに絵を書いてるんだが、それによく似てる」
「ああ、あの」
それは常連客の一人の年配の男だった。ジェイドほどではないが割と頻繁に来て、珈琲だけで半刻ほど過ごし、特に何をしゃべるでもなく去っていく。確かに何かをよく書いていた。
「あの方、雑誌記者だったんですね」
店主は『名店特集』の記事を見たまま、小さく首を傾げた。




