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こちらダンジョン遺失物センター ~落とし物の声を聞き、持ち主に返すのが仕事です~  作者: 本田べじ


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その指が示す場所は③熱烈な歓迎

やめようと声をかける間もなく、店主はすとんと湖の中に飛び込んだ。そのまま水の中に垂直に沈んでいく。水は思ったほど冷たくないが、全身に感じる浮力でエプロンの紐から抜け落ちそうになる。


「店主、店主!」


慌てて呼ぶと、「落ち着いて」とそっと押さえてくれた。


「話せるの? それに、息も」

「水の中でも呼吸は問題なくできるみたいです。ダンジョンはあらゆる物理的法則を無視できますから、ここはそういう場所なんでしょう」


もしも呼吸ができない普通の水だったらどうするつもりだったのだろう。あまりに普通なその様子に驚いていると、視界の端を何かが横切った。

一見人のように見える。でもあの動きは……魚?


「なるほどあれが人魚ですか」


下半身が魚の美しい女性が数人、長い髪を水中に揺らめかせながらこちらに近づいてくる。その手から覗くのはナイフのように鋭い爪だった。超音波のような水を震わせる甲高い音を口から発しながらこちらを目掛けて一斉に襲い掛かってくる。


「おやまあ、熱烈な歓迎ですね」


ダンジョン内で、思わぬところから突然魔物に襲われる場所や罠の仕掛けられている場所を、冒険者たちの間では「ちびりスポット」と呼ぶらしい。ここはまさにそれだ。

階層の移動中に、しかも水中で、さらには美しい人魚たちが牙を剥き出しにして恐ろしい形相でこちらに襲い掛かってくるなんて、これはかなりのちびりスポットだ。僕は「竜殺し」なんて言われているが、正直竜よりずっと怖い。


「いいですかバルムンク、こういうのはびっくりするだけでさほど強くはないんですよ」

「店主もびっくりした?」

「それはもう」


驚いたとは少しも思えないようなゆったりとした笑みを口元に浮かべながら、店主が手のひらを人魚に向ける。

白い泡とともにごぼっと大きく水が動いた。それはだんだんと渦を巻き人魚たちを縄のように捕らえてしまう。さらに店主が手のひらを上にあげた。それに引っ張られるように渦がさらに大きくなる。人魚たちの悲鳴が上がる。なんとか渦から逃れようと手やヒレをばたつかせているが、水に慣れているはずの人魚たちですら抜け出すことは叶わない。店主は顔色一つ変えずにぎゅっと手を握った。すると断末魔とともに人魚たちの身体が青白い光とともに泡になって消えていく。

水中を揺らめくその光は夜光虫のように美しい。思わず見とれていたが、いつのまにか浮力が消えていた。2層に到着したようだ。

2層も同じような草原の広がる穏やかな場所だった。違いといえば、草原に生息する魔物が明らかにこちらに対して敵意を持っていることだ。目が合うだけで向かってくる。浅層だからまだ弱く小さい魔物だが、噛みついたり引っかいたりしてくるのはやっかいだ。

ダンジョンは下に行くにつれて敵の強さが変わる。このダンジョンは全部で6層。目的地の4層は中層とはいえ深層部に近い。かなりの強敵がいてもおかしくない。


「店主、いまさらだけど一人で大丈夫なの?」


声をかけると、意外だとばかりに眉をあげた。


「問題ありませんよ。いままでだってそうだったでしょう? それに一人じゃないですよ。君がいるじゃないですか」

「そうだけど……」


顔をこちらに向けたまま一切視線を送ることもなく、襲ってきた兎型の魔物を指を軽く弾くだけで倒した。

深層に行くときは、店主は必ず冒険者に護衛を頼む。たいていはあのジェイドという常連の冒険者が同行する。だが深層以外は一人で行ってしまうのだ。

もちろん店主が魔物にやられたことはない。それどころか、どんな強い魔物でも、珈琲豆を挽くのと同じくらいの優雅さで倒してしまう。

だけどやはり一人は心配だ。いくら僕がいるといっても、いざというときに何の助けにもなれない。

だがそんな心配をよそに店主は散歩するように歩き続け、4層に到着した。


「バルムンク、大体の位置がわかりますか」


遺失物の声は随分小さくなっていた。持ち主の冒険者への祈りにも似た言葉はもう微かにしか聞こえない。

僕は耳を澄ませた。

穏やかな風が草原を走り抜ける音。草木の騒めき。湖面のさざ波の音。

それらの音と魔物たちの息遣いに交じって、一瞬声が届いた。

『……フランツ』


「あっち!」


僕は剣先を揺らして方向を示した。しばらく進むと、湖のほとりの柔らかい土の上に、鈍く光るものがあった。水面の光を反射している。

丸い形をした懐中時計のようなもの。かなり年代物に見えるが随分手入れが行き届いていて、遠くからでも持ち主に大切にされていたものだということがわかる。

店主はすぐにそちらに向かったが、直前になってぴたりと足を止めた。


湖から鱗の生えた大きな腕が伸びている。

その腕は近くに生えていた草を掴むと、ずるずると湖の中から這い出てきた。大きさは店主の背丈をはるかに超えている。全身にびっしりと鱗が生え、その上をぬるぬるした緑色の液体が覆う。下半身は魚の質感を残したまま二つに割れ、足のようになっている。黒く長い髪は海藻のように身体にまとわりつき、ところどころ抜けて青白い頭皮が覗いている。はぁはぁと荒い息を吐くたびに生臭い匂いが漂う。

怖いしなんか気持ち悪い。


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