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こちらダンジョン遺失物センター ~落とし物の声を聞き、持ち主に返すのが仕事です~  作者: 本田べじ


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その指が示す場所は①老兵はただ去るのみ

もうずいぶん長く働き続けてきた。

俺の仕事は正しい場所を指し示すこと。いつだって気を抜くことはできない。朝も昼も夜も、誰にも見られていないときだって、ただひたすら一つの方向だけを示し続ける。剣や盾のように、直接誰かを守ることはできないが、俺がいなければダンジョンに入ることはできない。迷わずに正しい道を進むためには、必ず指針(コンパス)が必要だ。現在地を把握し、目的地を目指すためには欠かすことのできない。それが俺の誇りであり使命だった。

いまの相棒フランツとはまだ数年の付き合いだが、フランツの祖父に迎え入れられてから、ずっとこの家に仕えてきた。代々冒険者をやっていてフランツが冒険者になるときに、彼の父から引き継がれたのだ。

かなりの年代物だから、最新のものに比べて大きくて重く荷物になる。細かな傷もたくさんあってきれいな見た目とは到底言えない。だがフランツは嬉しそうに俺を受け取り、以来、どんな冒険に行くにも俺を連れて行った。

迷路のようになっているダンジョンの中では、一つ道を間違えるだけで命取りになる。

正しい順路から外れると、深層でもないのに段違いに手ごわい敵と出くわすこともある。フランツはまだ若く、経験も浅い。突然現れる強敵にうまく対処できるとは思えない。しかも彼は冒険者パーティーのリーダーだった。冒険者に家柄も何もないだろうと思うが、三代にわたって冒険者をしているという家系から、仲間たちは彼がリーダーにふさわしいと選んだのだった。よって、進むべき道を決めるのは常にフランツの役目だった。間違えてしまえばフランツだけでなく、彼の仲間の命まで危険にさらしてしまう。俺は常に気を張りながらフランツが決して道を誤らないように正しい方角を示すことで彼を助けてきた。

フランツは冒険者にしては用心深い性格で、分かれ道に差し掛かるといつも足を止め、慎重に俺の指し示す先を確認しながら進む。頼りにされていることは純粋に嬉しく感じたし、無謀に突き進んで危険な目に合うよりはずっといいと考えていた。

それが起きたのは突然だった。

その日は翌日のダンジョン入りに備え、フランツたちは町の宿屋で早めに眠りについていた。俺はフランツの鞄の中で、いつものように指を”北”に向けていた。どこを向いていても逆さまになっても常に北を指し示す。それがフランツを守るために俺ができる唯一のことだった。

仲間の誰かが起きる音が聞こえた。喉でも乾いたのかもしれない。入口に近いフランツの横を通り過ぎるとき、そいつの足が俺が入った鞄に当たった。

「おい、うっせえぞ」と誰かがいい、「すまんすまん」とそいつが謝った。たったそれだけだった。

それだけのことなのに、俺は体に違和感を感じた。もしも人間だったら、心臓がものすごい速さでどくどくと打っていただろう。冷や汗も流れていたかもしれない。だが俺にあるのは指だけだ。その指が、ぷるぷると震えて定まらない。方角は北で合っている。だがいつもならピタッと止まるはずのその指が、細かく震えている。気のせいかと思った。いやそう思いたかった。でもそう思ってはいけないことはわかっていた。なぜなら、俺の指一つにこのパーティー全員の命がかかっているからだ。こんな老いぼれに預けるには、若く熱い命。ほんの少しの違和感も見逃せなかった。もしもダンジョン内で間違った方向を示してしまったら。それによってフランツたちにもしものことが起きたら。俺は恐ろしくてたまらなくなった。方位を指し示す。ただ一つのそれに誇りを持っていた。だがそれがなくなったのなら、俺はここを去らなければならない。

問題は、どうやってフランツにそのことを伝えるかだ。俺はフランツに異常を伝えるすべを持たない。

新しい最新のコンパスを手に入れ、そいつを今後の相棒にしてくれ。

俺のことはここで捨ててくれ。

どうか、危ない目には合わずに長生きしてくれ。

伝えたいことはたくさんあった。だがどうやってそれを伝えればいいのか。

夜が明けると、眠い目をこすりながらフランツたちはダンジョンに向かう荷馬車に乗った。俺は鞄の中から何度も叫んだ。だが当然、その声は届かなかった。

ダンジョンの入り口についたとき、俺の身体はいよいよおかしくなっていた。全然違う方角に指を示してしまう。そこは東だと思って北に指を動かそうとしても身体が全く言うことを聞かない。

フランツたちはそのままどんどんダンジョンの奥へ進んでいく。フランツは鞄から俺を取り出し、いつでも取り出せるようにポケットにしまった。このままではまずい。彼らを間違った場所に連れて行ってしまう。彼らを死なせてしまう。

頼むから、どうか、どうか俺に彼らを殺させないでくれ。彼らの未来へと続くその道を、妨げるような真似をさせないでくれ——!


偶然なのか、身体が動いたのかはわからないが、気が付くと俺はフランツのポケットから滑り落ち、地面に落下していた。落ちた場所が柔らかい土の上だったせいか音もなく、誰もそれに気づかなかった。

フランツたちは楽し気に言葉を交わしながら歩を進める。今日の報酬で何をしようかと、希望にあふれた未来の話をしながら。その後姿を見送って、俺はほっと胸をなでおろした。俺がいないことに気づけば、慎重なフランツのことだから引き返すだろう。いまならまだ安全に戻れるはずだ。そうして新しいコンパスを買い、また冒険を続けるのだ。

俺はそっと目を閉じた。俺の冒険はここで終わる。だが、フランツのこれからの冒険が幸多からんことを。そう願って。


読んでくださってありがとうございます。

この話は全5回です。

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