棚卸は年に一度、必ずしましょう④懐かしい調べ
店主がガクを慈しむような手つきで撫でた。
店に戻ると、店主はガクを膝の上にのせてしっかりと封印を解いた。しばらくすると気が付いたのか、ガクの戸惑うような声が聞こえた。
「なんやなんやそないぎょうさん顔そろえて」
「ガクはまた勝手に封印を解いていなくなっていたんですよ、覚えていますか」
「えー、ほんまか。すまんなあ、まったく記憶にあらへんわ。って、バルムンクやんけ! 久しぶりやなあ。で、となりのえらい別嬪な双子さんはどなた?」
双子はどん引いている。顔を顰めて口を開いたまま何も言わない。リュートが胡散臭い口調で突然馴れ馴れしく話しかけてきたらそのような反応になるのも無理はないだろう。
「それではガクも無事に見つかったので、みんなでお祝いの宴を開きましょうか」
店主はガクを横抱きにすると、リュートの弦を弾いた。ポロンという少し物悲しい音が雫のように舞う。と思ったら手の根元を打ち付けるように激しく音を鳴らして燃える火のような熱い音を高く響かせる。これは冒険者がよく歌う曲だ。冒険者の出会いと別れ、楽しい日々を高らかに歌う誇り高い歌だ。
「これやこれ、この曲がないとはじまらんわ。なあ、バルムンク」
「うん、そうだね」
ガクが楽しそうに体を揺らした。人に囲まれて嬉しくてたまらないというように。
「上手だわ」
「店主は楽器も弾けるのね」
「ひと通り仕込まれましたから」
店主がほんのわずかに懐古するような視線で遠くを見る。
演奏は次の曲へと変わっていた。こちらは戦いの勝利を祝う雄々しい曲。低音の心地よい響きと剣のぶつかる音を彷彿とさせる高音の響きが合わさって、まるで目の前で戦いが繰り広げられているかのような躍動感のある曲だ。
「それそれ」や「はいはい」などと合いの手を入れていたガクだったが、ついに自分も歌い出した。勝手につけた脈絡のない歌詞を気持ちよさそうに声高らかに歌う。
「俺の勝利はエールの匂い 酒にまみれて酔って笑って 隣でゲロ吐きゃもらいゲロ」
双子たちの表情がスンっと消える。
「汚い」
「品がない」
「それにすごく下手だわ」
「楽器のくせに音痴なのね」
散々な言われようだがガクは気にする様子もなく楽し気に笑って歌い続けた。
かつての主とともに過ごした冒険の日々を再現するように。
ガクはきっと常に人気者だっただろう。命懸けの冒険を終えた冒険者たちが火を囲んで酒を飲み大騒ぎをする。その喧騒の真ん中にはいつも彼がいたはずだ。リュートの音が冒険者の気持ちを高めたり慰めたりする。彼らはガクを愛し、ガクも彼らを愛した。もういない、ガクの友人たち。
ひとしきり騒いで満足したのか、ガクはふうっと息を吐いた。
「いやあ、楽しかったなあ。こんな楽しい夜は久しぶりやなあ」
「おや、もういいんですか?」
問いかけに、ガクは静かに笑った。
「ああ、これでええ夢が見れそうや」
「またいつでも付き合いますよ」
店主は大切なものに触れるような慎重な手つきでそっとガクを黒い箱の中に寝かせた。箱の中に入ったガクは、もうただのリュートにしか見えない。
「では、封印をかけますね」
それを遮ったのは双剣だった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「どうしてまた封印されるわけ?」
理解できないという表情で、大人しく横たわるガクと、封印を掛けようとする店主を交互に見る。
「あなた賑やかなところが好きなんでしょ?」
「だったらなぜわざわざ一人になろうとするのよ?」
なんだかんだ言っていたが、二人もガクのことを気に入ったのだろう。ずっとここにいればいいじゃないかと言外に伝えてくる。
黙って聞いていたガクが、小さく唸った。
「そやなあ……あんたら、主は?」
「私たちは私たちにふさわしい主を待っているところよ」
「なるほどなあ」
うんうん、と一人で何度も頷くと、ガクは少し照れたように笑った。
「あんな、恥ずかしい話、俺はめっちゃ淋しがり屋やねんな。人は大好きや。賑やかなのも、楽しいのも大好きや。だからこそ、ここで眠っていたいんや」
その声が少し掠れていたのは、恥ずかしさのせいだけではないだろう。
双剣はより混乱した顔で、眉間にしわを寄せて首を傾げた。
「わからないわ」
「難しい話ね」
「あんたらがその、ふさわしい主ってのに出会ったら、そん時に分かるんやろなあ」
「そうなの?」
「そやそや」
納得できないという表情ながらも、なんとか理解しようとするように二人はお互いを見つめ、そして「覚えておくわ」と呟いた。
ガクはまた静かに眠りについた。
それでも生来淋しがり屋の彼は、きっと1年もすればまた勝手に封印を解いてしまうのだろう。そしてまた一緒に賑やかな夜を過ごすのだ。その時がもう待ち遠しかった。
次回は全5話です




