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家に帰るまでが冒険です

ダンジョンの奥深く。

知る者だけが辿り着ける場所に、小さな店がある。

そこは『ダンジョン遺失物センター』

迷宮で失われた品を預かり、持ち主のもとへ返す店だ。

今日もまた、ひとつ声が届く。


◇◇◇


左肩が痛い。きっと怪我をしている。

ズキズキと痛む傷口を見ないようにして、僕はじっと息を潜めた。


ここはダンジョン【鬼火の迷宮】。比較的弱い魔物が多いと言われる低層でも、やはり外の世界では見たこともない魔物がたくさんうろついている。


僕は震えそうになるのを堪えて物陰に身を潜める。なるべく気配も消す。その辺を不規則にうろついている魔物に見つかれば、どうなるかわからない。


リサはちゃんと無事に逃げられたかな。

僕を置いて行ってしまったこと、気に病まないといいな。


僕はリサと二人だけでダンジョンに来たことを悔やんでいた。

依頼内容はこのダンジョンの低層でとれる「星屑」をとってくること。

ダンジョンは下に行けば行くほど強い魔物が現れる。

だからリサは軽く考えてしまった。低層なら何とかなると。


冒険者になったばかりのリサが受けるには難し過ぎる依頼だったのに、僕はリサを止めることができなかった。せめて他にも仲間がいたらよかったんだけど、リサは僕と二人の方が気楽だとパーティーに入らなかった。


初めて入るダンジョンは湿気と冷気に満ちていて、いかにも何かが出てきそうだった。

日の光が入らないのに、松明の灯りのようなものがゆらゆらと揺れる。


これが”鬼火”か。


怖がる僕とは対照的に、リサはずんずんと奥に進んでいった。初めは順調だった。現れる魔物も小さく弱いものばかりで、リサは身軽な身のこなしで攻撃をよけながら倒していった。


「あ、あれじゃない?」


低層の中ほどまで来た頃、リサが石壁の隅を指さした。きらりと何かが光って見える。


「星屑見っけ!」


目的のものを見つけ拾い上げようとしたとき、奥の通路からいくつもの足音が聞こえてきた。ゴブリンだった。何体ものゴブリンが、狙いを定めるように赤く光る眼でこちらを睨んでいた。

リサは急いで星屑を掴んでポケットにねじ込むと剣を構えた。ゴブリンたちが一斉にリサにめがけて襲い掛かってくる。

一体だけなら何とか倒せるゴブリンも、五体、十体と押し寄せてきては太刀打ちできない。

リサは飛び上がってなんとか攻撃を回避しているが逃げるばかりで反撃をすることができないでいた。そのうちに息が上がり呼吸のたびに肩が大きく上がりはじめた。


このままではリサが死んでしまう。


バランスを崩したリサにゴブリンの鋭い爪が振り下ろされる。その瞬間、僕はリサから離れた。


「リサ逃げて!」


鋭く尖った牙や爪が僕の体に食い込む。だけど僕は必死に耐えた。ゴブリンたちの視線が僕に集まり、一瞬リサに逃げる隙が生まれた。


「早く逃げて!」


泣きそうな顔をしながら、リサが僕の名前を叫んだ。

もう二度と会えないかもしれない。でもリサが生きていてくれるならそれでいい。だって僕は、リサを守るためにここにいるんだから。


「ごめん、許して! 必ず迎えに行くから!」


リサは何度も振り向きながら、出口に向かって駆け出して行った。

ゴブリンはリサがいなくなると突然興味を失ったかのようにどこかへ消えた。


全身に引っ掻き傷と噛み傷がある。とくに左肩の痛みがひどい。血が出ていないのが不思議なくらいだった。

動けない体を必死に引きずり、いまはこうして物陰に隠れている。

どのくらいたったのだろう。

静かになった洞窟のようなダンジョンの中は、ときおり鬼火がゆらゆらと通り過ぎるだけで魔物もいない。

永遠にこのままここにいるのかもしれないという考えがふと頭をよぎる。


リサに会いたい。

いつものようにリサの賑やかな話し声を聞きながら暖かい布団で一緒に眠りたい。


天井の岩から滴り落ちた水滴が、涙のように僕の頬を濡らした。


しばらくして、突然、後ろから何かが地面をこするような音が聞こえてきた。さっきのゴブリンとは比べ物にならないほどの威圧感があたりを包む。あきらかに強い魔物だ。振り返りたいけど動けない。金属が擦れる甲高い音も混ざっていて、ゆっくりとこちらに近づいていた。


それがオーガの持つ棍棒の音であることに気づいたのは、それが振り上げられた時だった。僕の目の前でぴたりと足を止め、僕の何倍もの大きさの鬼が無表情でこちらを見下ろしている。

気配は完全に消していたはずなのに、匂いで気づかれたのかもしれない。

金属でできたあの大きな棍棒で殴られたら一溜りもない。あまりの恐怖に指一本すら動かすことができない。


こわい……!


僕は目を見開いたまま棍棒が振り下ろされるのをじっと見つめた。まるでスローモーションのように感じる時間の中、僕はリサのことだけを考えていた。


リサ……どうか、元気で——。


その時突然大きな風が吹いた。


えっ……?


オーガの巨体が風を受けて浮き上がったかと思うと、そのままものすごい勢いで水平に吹き飛ぶ。ずっと先まで飛んでいき、ダンジョンの奥の石壁に大きな音を立てて激突してようやく止まった。壁に強く打ちつけられた巨体はピクリとも動かない。そのうちに身体の表面が青く光り、全体が透けはじめる。気が付くとそこにはもう何もいなかった。

ダンジョンの魔物は死ぬと消えるって聞いていたけど本当だったんだと僕は妙なことに感心する。


コツコツと石畳の床を靴音が響き、誰かがだんだんとこちらに近づいてくる。魔物ではない。人の気配だ。ということは冒険者なのかな。あの魔物を一撃で倒した冒険者なら、とても強そうな人に違いない。筋肉隆々としたいかつい見た目を想像する。


ところが、目の前に現れたのは背が高く若い、とても綺麗なお兄さんだった。武器も防具も何一つ持たず、スーツのような服の上から黄色いエプロンを身に付けている。そのエプロンは何のへんてつもない肩から下げるタイプのもので、髪色や目の色に、エプロンのはっきりとした黄色が絶妙に似合わない。なんというか、場違い感がすごい。

ひょっとして人の形をした魔物だろうかと警戒心を強めていると、お兄さんが僕を見てにっこりと笑った。


「お待たせしました」


その笑顔は安心感のあるもので、僕はすっかり警戒を解いた。でも、この人は誰だろう。どうして僕に話しかけるんだろう。どうして僕を助けてくれたんだろう。


「あ、怪我をしてますね。早く治しましょう。痛くはありませんか?」


混乱している僕をよそに、お兄さんは僕を抱き上げ、怪我をした左肩を見て少し顔をしかめた。


「少し、痛い……」


声に出すと、痛みがもっと強くなった気がする。お兄さんは安心させるように笑いかけながら「ではすぐに手術をしましょう」と頷いた。



移動用の魔法陣で連れてこられたのは、不思議な空間だった。ダンジョン内だというのに魔物は一匹もいない、とても静かな場所。そこにはぽつんとお店が建っていて、お店には看板がかかっていたが僕は文字を読めないから、何のお店かはわからなかった。でもお兄さんはエプロンをつけているしコーヒーの香りがするから、カフェなのかもしれない。ダンジョンの中にカフェがあるのは不思議な気がするし、冒険中にカフェで一服する冒険者なんていない気もするけど、そもそも僕はダンジョンのことも冒険者のこともよく知らないからそんなものかと勝手に納得する。

お店にはカウンター席があって、その後ろには重そうな鉄の扉がある。

お兄さんは僕をカウンターの椅子に座らせると、器用な手つきで左肩の治療をはじめた。


「危なかったですね、あと少しで腕がちぎれるところでしたよ」


傷口を触られるたびにチクチクと微かな痛みがしたが、やがてそれも消え、痛みはすっかりなくなった。左肩も全身の細かな傷も綺麗さっぱりなくなっている。


「すごい。お兄さんは魔法使いなの?」

「多少器用なだけですよ」


お兄さんは何てことなさそうに軽く微笑んで見せただけだった。


「ところで、君はなぜあんなところに?」


お兄さんはカウンターの中からコーヒーカップを二つ持ってくると一つを僕の前に差し出した。


「僕、飲めないよ」

「雰囲気は大事でしょう?」


カップからはコーヒーの香りと一緒に湯気が立っている。温かさを感じると、ほっとして胸がいっぱいになった。


「僕は、生まれたときからリサと一緒だったんだ」

「リサというのは、さっき逃げ出した冒険者ですね」

「無事に逃げられたの? よかった……!」


僕はリサが無事だったと聞いて飛び上がりたいくらいうれしくなった。


「君はリサの相棒なんですか?」

「うん。でも、お守り、かな」


お兄さんに今までのことを話すことにした。



リサを守ることは、僕の使命だった。

リサが生まれたとき、お母さんは小さなリサのために僕を作った。病気や怪我からリサを守ってくれますように。リサが無事に成長しますように。

僕にはそんな力はないけど、それでも僕とリサはずっと一緒だった。友達と遊びに行くときも学校に行くときも、リサは僕を連れて行った。だからリサが冒険者になった時だって一緒についていった。お母さんはリサにもっと安全で安定した職業について欲しかったみたいだけど、リサが一度言い出したら聞かない性格なのはみんな知っていたから、絶対に怪我だけはしないようにって言って送り出してくれた。旅立ちの前夜、眠っているリサの部屋にやってきたお母さんが僕に「リサを守ってね」と言った。だから僕は、リサを守らなくちゃいけない。


「リサは僕のすべてなんだ」


お兄さんは僕の話を、コーヒーを飲みながら静かに聞いていた。時折相槌を打って話を促してくれる。こんなふうに話を聞いてもらったことは今までになかった。そう思って、ふと僕は気づいた。


「……お兄さんはどうして僕の声が聞こえるの?」


今頃気づきましたかと少し呆れたように笑ってお兄さんは言った。


「なぜならここは、ダンジョン遺失物センターですから」

「いしつぶつ?」

「落し物の声に耳を傾けてダンジョンから救出し、持ち主のもとに戻すのが私の仕事です。もちろん、君の声も聞こえていましたよ」


お兄さんは僕を手のひらにのせると顔についた汚れを綺麗にしてくれた。コーヒーの湯気のおかげで、こびりついていた泥もすんなり落ちた。


「さて、そろそろですかね」


お兄さんはお店のドアを見た。すると、いかにも冒険者という格好の大きな男の人がドアを勢いよく開けて、ずかずかと店の中に入ってきた。


「おい店主、ダンジョンの外でひよっこ冒険者が泣いてたから連れてきたんだけどよ、ここであってたか?」

「はい、あっていますよ」


促すように冒険者が背後に視線をやった。背後から顔をのぞかせたのは――。


「リサッ!!」


僕は叫んだ。でもその声はリサには聞こえていない。泣きはらした目で怯えたようにお兄さんを見上げるリサは、その手にのせられた僕に気づいていない。

もどかしい。この身体が動いたなら飛んでいくのに!


「お兄さん、早く! 早く僕をリサのところに!」

「はいはい、ちょっと待っててくださいね」


小声でささやくと、お兄さんは僕を隠したままリサに向き合った。僕に話すのとは違う、少し冷たくて突き放すような話し方だった。笑っていないお兄さんは、体の芯の方まで冷え切った、氷のように見える。綺麗だけど人を寄せ付けない、そんな冷たさがある。


「あなたのような経験の浅い冒険者が命を落とす一番の理由は、過信です。自信があるのは結構ですが、実力が伴わなければ身を滅ぼしますよ」

「……はい」


小さく震える声でリサが返事をした。


「あなたは今日、大事な相棒を失うところだったのですよ。あの子があなたを大事に思うように、あなたもあの子を大事にして、そして守れる力を身に付けてください」

「ごめ、なさいっ……」


言い方はきついけど、お兄さんが何を伝えたかったのかリサにはわかったのだろう。何度も頷いて何度も謝っていた。

泣いているリサを慰めたくて、僕はいてもたってもいられずお兄さんを何度も呼んだ。お兄さんは優しく笑うと僕だけに聞こえる声でそっと言った。


「家に帰るまでが冒険ですよ」


そしてリサの目の前に、手のひらにのせたままの僕を差し出した。


「ジョンッ!」


リサが飛びつくように僕を抱きしめた。


「ごめんね、ジョン! 1人にしてごめん、淋しかったよね、怖かったよね!」


いいんだリサ。僕は君が無事ならそれで。だって僕は、君のお守りだからね。



「本当にありがとうございました! もう二度とジョンを落としたりしません」


すっかり元気を取り戻したリサは、はきはきとお兄さんにお礼を告げた。お兄さんは何も言わずに見送ろうとしたが、ふと首をかしげてリサを見た。


「ところで、その子は犬ですか?」

「はい、犬のぬいぐるみで、母が私が生まれたときに作ってくれたんです。いつもベルトに付けてたんですけど、ゴブリンの爪が当たって切れてしまって」

「そうですか」


そう言ってお兄さんはカウンターに戻っていった。カウンターではリサを連れてきた冒険者が勝手にお酒を飲んでいる。常連なのかもしれない。


リサは僕をベルトに付けると、もう一度振り返ってお礼を言った。僕もお兄さんには助けてもらったからお礼を言いたくて大きな声で叫んだ。誰にも聞こえなくても、お兄さんにはきっと聞こえるはずだ。



「ありがとう、お兄さん! それから……僕は犬じゃなくて狼なんだ!!」


◇◇◇


ダンジョン内にある『遺失物センター』は今日も落とし物で溢れている。


店主が何かを思い出したようにくすりとほほ笑むと、カウンターでエールを煽る冒険者が視線を向けた。


「何笑ってんだよ?」

「いえ、ただ彼女のお母さんは裁縫があまり得意ではなかったようです」

「……楽しそうで何より」


おかしそうに笑う店主が珍しいのか、冒険者は奇妙なものでも見るような顔で二本目のエールに手を付けた。


「それにしても、めずらしいじゃねえか、店主があんなふうに誰かに説教するなんて。よほどあのお嬢ちゃんが気に入ったのか?」

「そうですね……。彼女が命を落とすようなことがあれば、悲しむでしょう、ジョンが」

「そっちかよ!」


冒険者は呆れながらも、どこか楽しそうにグラスを一気に飲み干した。

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