家に帰るまでが冒険です①ダンジョンの落とし物
ダンジョンの奥深く。
知る者だけが辿り着ける場所に、小さな店がある。
そこは『ダンジョン遺失物センター』
迷宮で失われた品を預かり、持ち主のもとへ返す店だ。
今日もまた、ひとつ声が届く。
◇◇◇
左肩が痛い。きっと怪我をしている。
ズキズキと痛む傷口を見ないようにして、僕はじっと息を潜めた。
ここはダンジョン【鬼火の迷宮】。比較的弱い魔物が多いと言われる低層でも、やはり外の世界では見たこともない魔物がたくさんうろついている。
僕は震えそうになるのを堪えて物陰に身を潜める。なるべく気配も消す。その辺を不規則にうろついている魔物に見つかれば、どうなるかわからない。
リサはちゃんと無事に逃げられたかな。
僕を置いて行ってしまったこと、気に病まないといいな。
僕はリサと二人だけでダンジョンに来たことを悔やんでいた。
依頼内容はこのダンジョンの低層でとれる「星屑」をとってくること。
ダンジョンは下に行けば行くほど強い魔物が現れる。
だからリサは軽く考えてしまった。低層なら何とかなると。
冒険者になったばかりのリサが受けるには難し過ぎる依頼だったのに、僕はリサを止めることができなかった。せめて他にも仲間がいたらよかったんだけど、リサは僕と二人の方が気楽だとパーティーに入らなかった。
初めて入るダンジョンは湿気と冷気に満ちていて、いかにも何かが出てきそうだった。
日の光が入らないのに、松明の灯りのようなものがゆらゆらと揺れる。
これが”鬼火”か。
怖がる僕とは対照的に、リサはずんずんと奥に進んでいった。初めは順調だった。現れる魔物も小さく弱いものばかりで、リサは身軽な身のこなしで攻撃をよけながら倒していった。
「あ、あれじゃない?」
低層の中ほどまで来た頃、リサが石壁の隅を指さした。きらりと何かが光って見える。
「星屑見っけ!」
目的のものを見つけ拾い上げようとしたとき、奥の通路からいくつもの足音が聞こえてきた。ゴブリンだった。何体ものゴブリンが、狙いを定めるように赤く光る眼でこちらを睨んでいた。
リサは急いで星屑を掴んでポケットにねじ込むと剣を構えた。ゴブリンたちが一斉にリサにめがけて襲い掛かってくる。
一体だけなら何とか倒せるゴブリンも、五体、十体と押し寄せてきては太刀打ちできない。
リサは飛び上がってなんとか攻撃を回避しているが逃げるばかりで反撃をすることができないでいた。そのうちに息が上がり呼吸のたびに肩が大きく上がりはじめた。
このままではリサが死んでしまう。
バランスを崩したリサにゴブリンの鋭い爪が振り下ろされる。その瞬間、僕はリサから離れた。
「リサ逃げて!」
鋭く尖った牙や爪が僕の体に食い込む。だけど僕は必死に耐えた。ゴブリンたちの視線が僕に集まり、一瞬リサに逃げる隙が生まれた。
「早く逃げて!」
泣きそうな顔をしながら、リサが僕の名前を叫んだ。
もう二度と会えないかもしれない。でもリサが生きていてくれるならそれでいい。だって僕は、リサを守るためにここにいるんだから。
「ごめん、許して! 必ず迎えに行くから!」
リサは何度も振り向きながら、出口に向かって駆け出して行った。
ゴブリンはリサがいなくなると突然興味を失ったかのようにどこかへ消えた。
全身に引っ掻き傷と噛み傷がある。とくに左肩の痛みがひどい。血が出ていないのが不思議なくらいだった。
動けない体を必死に引きずり、いまはこうして物陰に隠れている。
どのくらいたったのだろう。
静かになった洞窟のようなダンジョンの中は、ときおり鬼火がゆらゆらと通り過ぎるだけで魔物もいない。
永遠にこのままここにいるのかもしれないという考えがふと頭をよぎる。
リサに会いたい。
いつものようにリサの賑やかな話し声を聞きながら暖かい布団で一緒に眠りたい。
天井の岩から滴り落ちた水滴が、涙のように僕の頬を濡らした。
しばらくして、突然、後ろから何かが地面をこするような音が聞こえてきた。さっきのゴブリンとは比べ物にならないほどの威圧感があたりを包む。あきらかに強い魔物だ。振り返りたいけど動けない。金属が擦れる甲高い音も混ざっていて、ゆっくりとこちらに近づいていた。
それがオーガの持つ棍棒の音であることに気づいたのは、それが振り上げられた時だった。僕の目の前でぴたりと足を止め、僕の何倍もの大きさの鬼が無表情でこちらを見下ろしている。
気配は完全に消していたはずなのに、匂いで気づかれたのかもしれない。
金属でできたあの大きな棍棒で殴られたら一溜りもない。あまりの恐怖に指一本すら動かすことができない。
こわい……!
僕は目を見開いたまま棍棒が振り下ろされるのをじっと見つめた。まるでスローモーションのように感じる時間の中、僕はリサのことだけを考えていた。
リサ……どうか、元気で——。
振り下ろされる鈍色の光。僕は、死を覚悟して目を閉じた。
――その時、ダンジョンの冷気を切り裂くような、奇妙な風が吹いた。




