第七夜 透き通った固有属性
「まず……『火』」
リオスさんの右手には小さな火の玉が浮かんだ。うん、鋼魔熊に使ったほどの大きさじゃなくて良かった。
「今、僕は火属性だけを引き出してる、っていう状態でいいね?」
「そうね」
「で、ちょっと離れてて」
私はリオスさんの指示通りに数歩後退した。本当はもっと近くで見たいんだけど……まぁ仕方ない。
「ここで水属性の魔力も引き出そうとすると……」
「! ちょ、ちょっと待っ……」
中級魔法を使えない者が属性の混合を試せば暴発が起こる。それをリオスさんの魔力規模で行えば……!
「くッ……」
「リオスさん!」
個人の出すものとは思えないほどの熱量が肌を、そして肺をチリチリと焼いた。私は風化の魔力で身を守れる。それに離れてもいるから……。
だけどリオスさんは違う。爆心地に……しかも魔法を行使しながら。つまり防御ができない。内側に行こうにも莫大なエネルギーに押し返されてしまう。
「リオス……さん……!!」
「まぁまぁ、落ち着け。僕はこの程度じゃ死なないよ……!」
煙の中から、落ち着いた声が聞こえた。頬の肌を少しだけ焦がしながら、力いっぱいに両手で何かを抑え込んでいた。青白く発光する何かを。
「ふふ……これがたぶん僕の固有属性だ。どんな属性かは分からないけど……これが……!」
「……近づいて見ても?」
「ああ、これなら爆発することもないだろ」
覗き込むと……なるほど、確かに魔力だ。2つの属性を合わせるときに反発したエネルギーだけを抽出したのか。そんなことができるのが不思議だが……。
「でもやっぱりなぁ……どんな属性なのかは分からないね。どうかな? ちょっと試してみようか」
「試す?」
「それ」
人差し指をピンと立て、土属性の魔法を発動した。遥か上空に岩の塊を生成、さらにそこに火属性を加える。
「中級魔法『小隕石』」
「ほぉ……あれ? 隕石は上級魔法じゃ?」
「あっちは重力属性を使った魔法、こっちはその模倣ってとこかな。ほら、落とすよ」
1秒ごとにその燃える岩は大きく見えた。リオスさんの魔力をアレに当てたとき、どうなるか……。
水系統なら火が消えるか凍るか、火や土系統ならアレを飲み込むか……風系統なら火が大きくなるか、あるいは鎮まるかってとこかな。雷系統なら発光するだろう。が……。
もし、それらの系統ではなかったら。全く予想のつかない結果に収まったら……それが一番面白い!
「じゃあ、この魔力をアレにぶつけたら良いってことかな?」
「そ。もし危なそうだったらすぐに私が消すけど……まぁそんなことにはならないよね?」
「……たぶんな」
手元の魔力と、空に浮かぶ炎の塊がリオスさんの顔を照らしていた。そう、もしもあの魔力が私達の想像を超えるエネルギーを生み出した場合、私の制御ではどうにもならないかもしれない。ただまぁ……リオスさんがいるから大丈夫だろう。
「よし、じゃ……」
リオスさんは手の力を緩め、そこに留めていた魔力を隕石に向かって放出した。透明の輝く力。透き通った川に差し込む光のような……彼は魔力までもが美しい。
「…………え?」
「あれ?」
その結果はあまりに想定外だった。いや、考えれば分かったかもしれないが……つまりそういうことか? いや、流石になぁ……。
「止まったね」
「ああ、止まったな」
炎だけがメラメラと揺らめき、隕石は空中で吊るされたように固定されていた。ほんの1ミリも動かない。私が少し後押ししただけでは、リオスさんに近づけることはできない。
「もしかして……太陽や月が動かないのも僕の魔力のせいなのかな」
「それは流石にないと思うけどなぁ。だって……空よりずっと上まで魔力が影響するかな?」
“美しさのために天体が止まった”と言われるよりは確かに現実的ではあるのかもしれないが……。
「そもそも“停止”の属性なのかってところだよね。それか“固定”なのか、それともリオスさんの美しさから来てる副作用なのか……」
「面と向かって美しいとか言われると照れるよ」
「今更だね」
やっぱり考えても仕方ないのかな。詳しくは私じゃ分かんないや。
「ま、とりあえず今日は寝ようよ。テント張るから……」
「ん? ああ、僕も手伝うよ」
「いや、そうじゃなくてね」
野営では戦力を分散させないため、男女関係なく一つのテントで夜を越すことが当たり前だ。ただそれがリオスさんともなれば話が変わってくる。
年頃な私にとって、リオスさんのような美男子と同じ空間で過ごすのは心臓に悪い。
「私、見張りでもやってるよ。リオスさんは慣れてないだろうから、ちゃんと眠ってね」
「ん? あぁ、そういうことか。遠慮しなくていいのに。魔力が近づいてきたら分かるし、見張りなんてしなくていいよ」
「いや……そうじゃないんだよ……」
リオスさんは分かってないのかな。客観的な視点というか……自分の容姿を。
「でもなぁ、若い子に休憩させずに僕だけ休むっていうのは……」
「若い子ってあなたも……あ、いや、違うのか」
若い見た目でもこの人、100歳を普通に超えてるんだもんね。ときどき忘れちゃうけど。
「まぁいいじゃない。僕はほら、眼鏡は外さないでいるから。そうしたら平気じゃない?」
「平気ではないけど……」
まぁここまで言われたら断りづらいし……うん。仕方ないね。仕方ない。一つ屋根の下……というよりも一枚布の中で一夜を共にするのも仕方ない。だってリオスさんがここまで言うんだもの。
「……あの、お願いだから眼鏡は外さないでね。本当に心臓に悪いから」
「そんなに? まぁ外さないよ」
私の理性を保つための約束を取り付けてテントを張った。
あぁ……大丈夫かな。私の寝顔って変じゃないかな。自分で見たことないから分からないけど……いっそ私に背を向けて寝るように約束もしとこうかな。あ、でもそうなったらあわよくば彼の寝顔を見ようと思ってもダメになっちゃうか。
私は歳相応のつまらない思考に踊らされていた。




