第五夜 演算の放棄
「んん……あのさ、箒に跨るとどうして飛べるの?」
「え? どうしてって……そんなの……」
……あれ? 言われてみれば、確かになんで箒だと飛べるんだろ? 魔法陣を使ってるわけじゃないし、何か特定の属性を利用しているわけでもない。魔力を流しただけではこんな力を出せるわけもないし……。
「まぁ色々とあるってわけよ。それよりリオスさんはどんな魔法を使うの?」
私は箒に跨ってふよふよと浮いたまま話題を逸らした。適当言って間違った認識を持たせるのもいけない。
「僕ね、初級魔法しか使えないんだ。独学だからってのもあるけど、たぶん向いてないんだろうね」
「中級魔法も使えないってなると……固有属性かな? だとしてもなかなか珍しいけど、特徴的な属性なんだろうね」
「……自分の属性とか気にしたことがないな」
私も固有属性だけど、中級までは使える。上級ともなると属性持ちか無属性の魔法士しか使えないだろうけど……初級しか使えないならまずは属性の見極めが必要かな。
「なぁ、そもそも属性なんてみんなどこで把握して……あ、ちょっと待って。来たね」
「! あれが……」
鋼魔熊……見るのは初めてだ。体躯も魔力量も並ではない。が、私のすぐ隣にはリオスさんがいる。さて、初級魔法でどう相手するのか……。
「……火球ってあるだろ? 火属性の最も基本的な初級魔法の。アレの魔法陣ってさ、ちょっと無駄だと思うんだよね」
「……?」
リオスさんの前に魔法陣は見えないから……無詠唱かな。独学だと言っていたが、まぁ初級なら脳内に陣を描くのも難しいことではないか。
「ブワァアアア!!」
魔物は私達の気配に気づいたようだ。うるさい鼻息が近づいてくる。火球であの熊を……ね。にわかには信じがたいが……。
「形状とか範囲とか、ごちゃごちゃと詰め込みすぎだと思わないかい?」
「……まさかとは思うけど……」
「『火』……!」
「ブヮ——……!?」
リオスさんの手から放たれた真っ赤な炎は、熊を飲み込んで灰燼に変えた。焼け焦げるような、蒸発したような音が聞こえる。
いや、まさか……まさかこんな境地だとは思わなかった……。
「どうだい? 僕が考案した火属性魔法の『火』は。こんな簡単なことなのに誰も使わないんだもんなぁ」
「聞くまでもないんだろうけど……水や風もそんな感じなの?」
「初級の五属性は単純化してるよ?」
深く大きい溜め息を吐いた。やっぱり化け物なんだな、伝説の男というのは……。
「リオスさん、魔法を使う上で魔法陣は必須なわけだけど、魔法陣を作る上で刻まなければならない三大要素はご存知?」
「ん? それは“属性”、“形状”、“軌道”だろ? 僕はその形状と軌道の演算を省いたってこと」
「そう、魔法って本来そうなの。中級以上はもっと色んな要素があるし、威力なんかも指定することがあるけどまぁそれは別としてね」
どこから突っ込んだらいいのかな……。そもそも三大要素を知っていてのコレなのか。
「リオスさんの使った『火』、アレって初級魔法じゃないよ。っていうか魔法って呼べるようなものじゃない」
「……え? 僕は魔法使いですらないってこと……?」
「……なんて言ったらいいのかな。アレはさ、何の術式も組み込んでないただの魔力の放出なの。それなら魔法陣がそもそも必要ないし……」
実際、松明代わりに火の魔力を使うことはある。それくらいなら魔女……いや、魔法使いでなくとも簡単にできる。そしてそのエネルギーは木の葉を一枚焼く程度。まず、攻撃力を持つようなものにはなり得ない。それを彼は……。
「そもそもさ、魔力切れは起こらないの? 色んな術式を組み込むのは単純な魔力放出よりもずっと消費を抑えるためでもあるんだけど……」
「……魔力が切れたことなんてないから分かんない」
……そうだった。リオスさんの魔力量は桁違いなんだった。それはそれとしてあんな魔力放出をしてたら普通は底をつく……というよりあんな運用はそもそもできない。
「なんて言えばいいかな……。まずリオスさんの力は規格外だよ。その前提で、魔法使いとしては未熟ってとこかな。演算くらいはサボらずに……」
いや、待った。魔力の放出をあの規模でやれば、どんな魔力変換効率であってもその消費を抑えることはできないはずだ。
もし、もしも……その可能性があるならば、演算をしない分、つまり術式を構築しない分だけ起こりが速くなる。まずあり得ない可能性だが……リオスさんならあるいは……。
「つまり……僕はダメダメってこと? 参ったな」
「いや、もしリオスさんが“魔力の減らない体質”だったら、演算しない方が強いかも知れない。ほら、たぶんあなたの近くを魔力も離れたくないだろうから」
「あぁ、それならあるかも」
「……マジか」
……まぁ、そうだよね。この人、その美しさだけでお日様もお月様もここの空に留めてるんだから、魔力をいつまでも留めてても何もおかしくはないよね。
「あ、そうそう。話戻すけどさ、属性ってのはみんなどうやって知るものなの? 自分の属性とか僕知らないけど」
「んん……? それはまぁ色を見てもらうことが多いんだけど……」
リオスさんを覗き込んでも彼の色はよく見えない。私と彼との間に魔力の差があるせいかな。そんなことよりも“魔力が減らないこと”を普通に流されたことの方が気になるんだけど……。
「私の師匠に会ってみる? 一級の魔女だからあの人なら何か分かるかも」
「メリネアの先生か。ぜひ会わせてくれ」
「ふふっ……。そうね、しばらく後のことにはなるだろうけど、じゃあそうしよっか」
師匠は陰半球と陽半球の境界あたりの国にいるから、ここからはそこそこ遠い。飛空船を利用すればさほどかからないだろうけど……うん。せっかくだしのんびり旅をさせてもらおうかな。




