第四夜 旅立ち
「……きっかけは、あなたを見てみたい、というのは事実です。しかしお察しの通りそればかりではありません」
私はリオスさんのどこまでも透き通った瞳を見て話した。……あぁ、ダメだ。最初は世界が違うからとあまり緊張しなかったが、改めて見ると心臓が痛くなる。
無意識に私は視線を落として淡々と言葉を放った。
「私は、昼と夜を取り戻したいんです。だから魔女になりました。強くなるため、というのが動機でしたが……それが今のもう一つの目標です」
「……なるほどねぇ。殊勝な目標だ。最も早いのは、僕を殺すことかな?」
リオスさんはどこか危ない笑顔を向けた。視線が刃物のように私を突き刺す。
「そんなことはしませんよ。できるはずがありません」
「ふふっ……そうか。そうだと嬉しいよ」
リオスさんは私が憧れてきた人だし、そもそも彼を殺せるほど私は強くない。そして当然、罪人でもない人を殺そうとは思えない。
「しかし、そうなるとリオスさんの助力が必要だとも思うんです。リオスさんには、憧れている景色などはありますか?」
「そうだなぁ……僕が忘れられないのはアレかな。真っ暗な夜空に花畑みたいに広がる星の川、その中に一際目立って浮かぶ金色の満月。僕はずっと前に見たあの景色が大好きでね」
「なら……!」
「……そうだね。せっかくの縁だ。僕をここから出してくれ。前までは寿命で死ねばいいと思っていたが、どうにもそれも難しいかも知れないからね」
僕の影響を制御できるようになりたい、リオスさんはそう続けた。
あぁ……どうしよう……リオスさんと旅ができる……? 2人きりで……?
私は内心盛り上がりながらも、客観的に見てマズい状況であることも理解していた。彼を毎日視界に入れていたら私の美的感覚が狂ってしまいかねない。
私は色々と思考を巡らせた末に一つの眼鏡を取り出した。
「旅をするのであれば、こちらをお掛けになって。あなたのお顔はあまりに目立つから、認識阻害が必要だと思うんです」
「ん……似合ってるかな?」
「ッ……! 似合ってますとも……!」
縁の細い丸眼鏡をかけた彼は、一層の知的さを獲得したせいで余計に尊く見えてしまう。これが破壊力か……!
認識阻害がまるで意味を成さない。……いや、確かに認識はしづらくなっているけれど……。
「と、ところで、リオスさんは魔導師の資格は持ってるんですか……?」
「いや、僕は資格は持ってないよ。だから魔法使いってところかな。そもそもその辺も詳しくないし」
「でしたら、いずれ取得するといいですよ。何かと便利なことがありますし、何より持ってて損することはありませんから」
私は魔女と魔導師について簡単に説明しながら立ち上がった。
階級は三級から一級までの3つ、けれど極めて一部の、正確には世界でただ2人だけ特級と呼ばれる者がいる。階級が上がれば上がるほどに無条件に色んな権利を得ることができる。リオスさんであればそれこそ特級に至るとも思える。
「良かったら旅の途中、リオスさんの魔法も見せてください。伝説のお方がどんな力を使われるのか、私は気になって仕方がありません」
「まぁそうだね、熊でも倒しに行くかな。ほら、ちょっと大きいヤツがいるみたいだから」
「大きいヤツ……?」
「それと、長いこと一緒に旅をするんだろ? 口調は気にしなくていいよ。楽にいこう」
「……そういうことなら、特別扱いはしないよ。リオスさん」
私はリオスさんが差し出した手を取った。そこから流れてくる魔力が私を威圧するが、そんなものに負けるわけにはいかない。いつになく力強く手を握った。
「よろしく頼むよ、メリネア」
「ッ……!」
ふと呼ばれたその名に、私はどうしようもなく胸が弾んでしまった。顔が灼熱に燃え上がり、鼻の奥がツンとする。やっぱりリオスさんの雰囲気はおおよそ普通の人ではない。
「さて……ちょっと荷物をまとめてくるから待っててくれ。魔法鞄はどこにあったかな……」
彼はそんなことを言いながら部屋の奥へと歩みを進めた。私は落ち着いている風を装ってソファにゆっくりと腰を下ろして、ティーカップを持ち上げた。
指先が紅茶よりも熱くなっているのは内緒だ。
「さぁ、行こうか! まずは熊だね。街の人達が困らないように鋼魔熊を狩っておこう」
「鋼魔熊? ……結構マズくない?」
「問題ないよ。僕がいる。……普通ならどんな危険度なの?」
「まぁ多少の誤差はあるだろうけど……三級の魔法士が3人〜4人ってとこかな。それか冒険者のランクでいうならA級が2〜3人……かな……。まぁもちろん、その中でも相当の格差があったりもするからさ」
基本的には魔法士、つまり魔女や魔導師の方が冒険者よりも格が高いことが多い。例外はいるわけだが……。
「なるほどね。じゃあ僕は思ったよりも強いのかも知れないね。まぁ今回は見ててよ」
「それだけの自信があるってことは、まぁ負けはしないってことでしょ? なら安心して眺めてるよ」
鋼魔熊を1人で殺せるなら、彼の実力は一級以上ということだ。だったら彼から学べることも多いはず。私はこれまでとは違った感情に心を弾んだ。




