第三夜 リオス・リーデン
無限に広がる木々を抜けると、ひたすらに何もない山肌に、ポツンとログハウスが建っていた。……あぁ、ログって名前はあの小屋から来ているのかな。
何はともあれ、この山で一番の異彩を放っているのはあの小屋だった。間違いなく“いる”。異常なまでの魔力が、滝のようにあの小屋から溢れ出している。
「は……ははっ……」
私は魔女として、魔力量にはそれなりの自信があった。しかし……なんだあれは。破滅の魔法使い様は恵まれた容姿だけでは満足できなかったのか? まるで神様がこの世界の天井を作ろうとでもしたような……。
一歩、また一歩と近づくたびに足が重くなる。汗が頬を伝って地面を潤す。なるほど、普通の人なら確かにこんな圧には耐えられるわけがない。
ドアの前まで歩き、コンコンと叩く。
「わ、私! メリネア・ラングベイドと申します! こちらにリオス・リーデン様はいらっしゃいますか?」
震える口を叩いて声を張った。2〜3秒ばかりの静寂の後、ドアの奥から床を叩く音が聞こえた。
カツ……カツ……
音が鳴るたびに気配が近づいてくる。手を伸ばせば届く範囲に、彼がいるということが分かった。どうしようもなく恐ろしく、そして尊い気配がすぐそこに……
太鼓のように響く心臓を抑えていると、ガチャリという音と共にドアがゆっくりと開いた。そしてそこから覗いたのは……。
「え……」
「ごめん、よく聞き取れなかったよ。えっと……どなた?」
「あ、わ、私……私はメリネア・ラングベイドと申します。えっと……リオス・リーデン様ですか……?」
ドアから顔を覗かせたのは、100年も生きたと言うにはあまりにも若すぎる……それこそ20にも満たない私と同程度の年齢に見える青年だった。
しかし伝承の通り、その美しさは本物だ。暗闇の中に広がる真っ白な花畑よりも、太陽の輝きよりもずっと美しい。あまりに存在する世界が違うように感じるせいで、このときの私の心臓は大した熱を帯びることすらできなかった。
「メリネア……初めましてだよね? 僕は確かにリオスだけど……大丈夫かい? ほら、僕に近づくとあんまり良いことがないからさ」
「ッ……!」
その言葉を聞いて、私の胸は無性に締めつけられた。そうだ、私はつまらない興味だけでここに来たが、彼からすればそれは日常を縛るものだったんだ。
バカか……私は……。なぜ当たり前のことに今まで気づかなかったのか。彼の苦労を考えることができなかったのか……。
「……私は魔女なので、あなたの魔力に当てられてどうこうなることはないと思います。まだ三級ですが……」
「そうか……そうか! 平気なのか! せっかくここまでやって来たんだ。良かったら上がってくれよ」
「え……え?」
リオス様はドアを大きく開けて私を招いた。……思っていた雰囲気と違う。……が、断ることでもない。私は流されるように部屋に上がり、淹れてもらった紅茶を飲んだ。
「して、えぇ……メリネアさんは僕に何か用があるのかい?」
「敬称はいりませんよ。リオス様の方が私よりもずっと歳上ですし」
「そうか、そういうなら僕に様をつけるのもやめてくれ。ちょっとむず痒いからね。で、メリネア。君はどうしてここに?」
「……正直に言うなら、伝承にあるリオスさんの美しさを一目見たかった、というところです。恥ずかしながら……」
本当に……本当に恥ずかしい。リオスさんの苦労も考えず、私は幼い頃の眼差しばかりを綺麗に保っていたんだ。
「はっはっはっ! そうかそうか! そんなつまらぬ理由で……僕のところまで来たのか! くっくっ……君はなかなかイカれてるな。どうせ魔女になったのも僕に会って生き残れるように、とかそんなところだろう?」
「は、はい。そんなところです」
リオスさんは声を上げて笑った。この人は……色々と想像とは違う反応を見せる。
「それで、どうだ? 念願の僕の顔を拝んだ感想は」
「……伝承通りの美しさだなと思いました。私は今日、初めて太陽を見ましたが、それよりもよっぽど強く輝いて見えます」
「ふふっ……そうか。若い子にそう言ってもらえるとなかなか嬉しいよ」
リオスさんはどこか儚い顔で笑った。消え入りそうな、それでいて圧倒的な存在感を放つ笑顔で。そんな笑顔をいつまでも見ていたいと思うけれど、もっと純粋な笑顔を見たいとも思う。
「しかし、私としてもいくつか気になることもあって……なんでリオスさんは老いてないんですか?」
「老いてって……あれ? 今って何年?」
「新暦ですと……104年ですよ。旧暦だとまた違ったきますが」
「104……104ね……? 待って、今ってそんなに時間経ってるの? せいぜい30年とかだと思ってたんだけど……」
リオスさんは分かりやすく困惑しているようだったけれど……あんまり外には出てなかったのかな? とはいえそれほどまでに時間感覚は狂うものなのか……。
「……まぁ、たぶんアレだろうね。月や太陽と同じだよ。僕の周りだけ時間が流れるのを忘れてるんだろうね」
「……それを当たり前のことのように言われましても……」
冷静に考えて、美しさのせいで世界が止まるなんて信じられるような話ではない。いや、実際に止まっているから信じる他ないし彼の容姿を見るに変に納得するしかないのだが……
「まぁいいか。……で、それだけじゃないだろう? わざわざ僕に会いに来たのはさ」
「ッ……」
リオスさんは見透かしたような眼差しで私を見つめた。ただそれだけで私はゾッとし、そして不甲斐なくも心臓が跳ねた。




