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第十四夜 フラニフ族

「ふぅ……こんなもんかな」


 ゴミを捨て、少しだけマシになったソファに腰掛けた。文字の書かれた紙やノートには触れない方がいいだろう。研究内容を勝手に見るのも悪い。


「悪かったね、リオスさん。想定はできてたはずなんだけど……私が一緒にいたときは私が面倒見てたから」


「ははっ、構わないとも。元より僕らは招かれた客でもない」


 そう言って笑ってくれるリオスさんにどれだけ救われるか。私の焦りを全部飲み込んでくれる。


「ぅおい! メリー! 聞き流したがオメェ、そいつの名はなんつった!」


 せっかく良い雰囲気になったこの空間をぶち壊すように、師匠は息を上げながら突進してきた。驚愕と好奇心の入り混じったその顔を見ると、どうにも怒りを向けることさえもできない。


「リオスさんです。リオス・リーデン、酔いは覚めましたか?」


「……えらい美人な男を連れてきたと思ったら……。マジに生きてたのか。100を超えるヤツなんてのは珍しくもねぇが……お前さんは人間だもんな?」


「あぁ。僕は純粋な人間だよ。あなたとは違ってね、キュリア一級魔女殿」


 リオスさんも師匠も、2人とも実年齢よりずっと若い容姿だ。一方は種族ゆえに、もう一方はその並外れた美貌ゆえに。普通の人間の少女である私にとって、それらはこの上なく羨ましいものなのに……2人ともどこか無関心なのがもどかしい。


「師匠、私達はお願いがあって……」


「あぁ、分かってるさ。属性を見たいってところだろ? メリーが私を訪ねるなんてそのくらいだろ。だがその前に、あたしとしてもリオスと話したい」


「急ぎなんです。リオスさんが動いたから陽半球の日が沈みかけてて……」


「……マジ?」


 時間はあるだろうけれど、それはそうとゆっくりできる余裕があるわけでもない。師匠との話を終えて、解決策が出なければ元々の……ハスベリアのあの小屋にでも戻らなければならない。


「マジなんです。だから急いでて……」


「んん〜……いや、やっぱりちょっと話す」


「師匠!!」


 こうなると私がどうこうできる問題でもない。早いとこ師匠の欲を満たし、その後で本題に移らないと。


 師匠が私を可愛がるように頭を撫でるのには抵抗せず、大人しくソファに座った。今度は3人で、師匠がリオスさんと向かい合っている。


「リオス。あたしはあんたとは少しばかりの縁がある」


「縁……?」


「あぁ、フラニフ族って種族を知ってるか?」


 師匠の言葉に私の胸は叩かれた。私が彼女の種について聞くのは、これが初めてだったからだ。これまで話してくれなかったことを、当然のことのようにサラッと吐き出した。


「フラニフっていうと……アレかな。ハスベリアの西端に集落があった……行ったことはあるよ」


「そりゃあしばらく昔に無くなってるが、まぁそんなもんさ。そこにヒューリって女がいてな」


「ヒューリ……」


 リオスさんは名前を口の中で転がして考えていた。彼が何を考えているのか、私には分からないが、フラニフというと、長い寿命を得る代わりに戦闘能力を著しく失った種族だ。それでも師匠が一級魔女という力を持っているのは、つまり……。


「ごめん、聞き覚えはない気がするよ」


「昔、あんたに言い寄ったって言ってたが」


「あ! あの人か!」


「覚えてんじゃねぇか」


 ピースでもはまったように、リオスさんは嬉しそうに答えた。100年以上は昔のことだろうか。フラニフが栄えていたのは少なくともその程度の昔のことだったと思うが。


「はっはっ。そりゃ覚えてるよ。あのときの僕がいくつだったと思ってる?」


「フラれたことがあるって嘆いてたぞ?」


「だから、あのときの僕は子どもだぞ? 幼い小僧だったって」


 そんな話をしている師匠はどことなく楽しそうだった。私以外と話していて、そんな色を見せるのはなかなかない……というか私は見たことがない。


「そのヒューリってのが私の母親なんだがな」


「あぁ! 確かにどことなく似てる気がするよ。なんとなく……目の形かなぁ?」


「結構覚えてんじゃねぇか」


 子どもに言い寄ったとかいう要素は一旦無視するとして、つまり縁とは師匠の親がリオスさんと面識があったって話か。直接の縁はなかったとして、長く生きてる2人にとって、それはたぶん堪らなく嬉しいことなのだろう。


「ま、だから何って話でもねぇんだがよ。会えて良かったよ。どうせ当時はそんな魔導具も付けてねぇ、悪い顔を見せてたんだろ?」


「何なら見るかい? 僕の素顔」


「いや、そりゃウチの弟子が独り占めしたいだろうからな」


「師匠!!!」


 顔が熱を帯びるのを感じ、私は咄嗟に声を荒げた。笑って謝る師匠の顔が、いつも以上に輝いて見える。強くて意地悪で、怠惰で寂しがり。そんな師匠だからこそ、この人は私の師匠なんだ。

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