第十三夜 キュリア・アイズマイン
未だかつてないほどの速度で空を舞っていた。風が流れるよりも速く、空間を切り裂きながら突き進む。雷が鳴るような轟音が鼓膜を叩くけれど、今はそれも気にならない。
「気持ちの良いものだな、飛行というのは。いつか飛行魔法も使いたいな」
「難しいらしいよ、魔女以外が飛ぶのは」
こんなときにもどこか能天気なのは、圧倒的な自信ゆえなのか、あるいは深く考えていないのか。けれどそんなリオスさんだからこそ、私は尊敬できるのだと思う。
すぐ隣には鳶が並んで飛んでいて、それを魔力で押し退ける。ふと見上げると、この速度には太陽も月も追いついてはいない。少しずつ動いているように感じるけれど、100年以上の制止のせいで動きが鈍くなっているのだろうか。
「なぁ、メリネア。君の先生、キュリアって言ったっけ? その人はどんな人なんだ?」
「キュリア・アイズマイン……今はベネで魔法理論を研究してるらしいんだけど、昔はネネリューンにいたんだよ。そのときたまたま会って、それで魔法を教えて貰ったんだ」
同年代よりも魔法が使えるからと天狗になっていた私を、頭のてっぺんから叩き潰してくれた。あの出会いがなかったら、たぶん私は平凡な三級魔女にしかなれなかっただろう。
「元気で若いご老人だよ。適当でうるさくて、頼もしい。あんまり優しい人じゃないかな」
なんというか、彼女の性格は褒められたようなものでもない。一級という確かな実力があるからこそ許されているが、その力がなかったら周りに見向きもされないだろうなと、残念な確信がある。
「はっはっ! そうかそうか。まぁ100年前から強いヤツってのはおかしなものばかりだったからな」
「ならリオスさんは変わった人なのかな」
クスッと表情を崩しながらそんなことを言う。彼は常識的、というとまた違うような気もするが、おかしいというような人でもない。ただの浮世離れの……そんな感じだ。
少しずつ、空の空気は冷えてきた。肌を刺すような冷気が次第に濃くなる。そしてずっと遠く、霧の向こうに見える寂れた街……そこにただ一つの点として存在している大きな魔力。
蝶が花の上で羽を休めるように、私達はそこに降り立った。フワリと浮かぶ箒をしまい、小屋のような、その建物の目前に立った。
「ふぅ……」
緊張……というと少し違う。久しぶりに会う師匠。記憶に深く刻まれている恐怖心、それが押し寄せてくる。
「ごめんください! メリネア・ラングベイドです! キュリア先生、いらっしゃいますか?」
扉を叩いて声を張った。返事はない。ただ少しの静寂が続く。けれど確かに、魔力は確かにここにあり、近づいてきている。
「こんな時間にどこのどいつ……? あ?」
扉を開いて現れたのは、相変わらずにだらしない格好だった。ボサボサの金髪の老人。老人とはいっても、長命な種族のためにその容姿は実年齢よりもずっと若く見えるが。ただ私は師匠の正体を知っているわけでもない。
「師匠、私です。メリネアです」
「おぉ、メリーか! 久しいな! ……で、なんだ? 婚約者でも見つかったのか?」
「違います!」
気にしているような、気にしていないような、どこか雑な対応。そんな師匠だから好きではあるけど、何とも言えないウザさもある。
「初めまして、僕はリオス・リーデンといいます。あなたがメリネアの先生、キュリアさんでいいってことかな?」
「だっはっ……! リオス・リーデンか……! ふふ……くっくっ……お前さん、災難な名前だな! はっはっ!!」
「師匠……酔ってるんですか?」
少し様子がおかしく見える。日によってはこんなものだが、基本的にはもっと淡々としているはずだ。これだけ意味の分からないところで笑ってるのは、違和感しかない。
「酔っちゃいねぇさ。あたしゃちょっと酒飲んだだけだって……!」
「酔ってるじゃないですか。入りますよ。どうせ散らかってるんでしょう?」
「あぁ〜……好きにしろ。頭痛ぇからあたしゃちょっと休んでるよ」
「酔ってるじゃないですか」
千鳥足の師匠を押し退け、私は部屋に押し入った。奥から流れてくるアルコールの匂いが痛い。どれだけ飲んでたのか、不安と呆れが同時に胸をいっぱいにした。
「ごめんね、リオスさん。あの人、ちょっとしばらくはダメそうで……」
「構わないよ。まずはそうだね……ちょっと片付ける?」
「うん、そうね。……ほんとにゴメンね」
師匠はたぶん、しばらく寝室から出てこない。それまでの間に片付けをさせてしまうのは申し訳ないけれど……こんな散らかった部屋に座らせるのはもっと悪い気がした。




