第十二夜 沈まない太陽
腹の奥から魔力を引き出し、腕へ、そして手のひらへと流す。魔力の粒を繋ぎ、混ぜ合わせ、体外で練り上げる。
「へぇ……風とちょっと似てるか?」
「系統は風属性だからね」
固有属性、風化。単体では何の役にも立たないという特異な属性ではあるものの、あらゆる属性との複合魔法を発動することができる。
「『春風・霜降』」
目に見えないそよ風が、木々の間を縫って山を覆い尽くす。そして枯れ葉も悪臭も、盗賊達のアジトも、全てを塵に変えた。
そしてこの山が本来の姿に変わったその瞬間、塵は全て氷へと変化した。
「さぁ、確認しにいきましょう」
「面っ白い魔法だなぁ! 三属性の混合か!」
ジャリジャリと足元が鳴いていた。匂いもすっかり森に返っている。我ながら上手くいったかな。小さな山の山頂は、醜い男達の氷像ができていた。
「ぬぁああ……何事だ! 何だ! お前ら!」
「危なかったわね。もうちょっとズレてたら顔まで凍ってたかも」
死にはしないだろう。カーリーさんも30分したら騎士団を送ると言っていたし、まぁ放置していて問題ないだろう。
「お前達は特段、悪さはしていないんだろう? 牢獄に入れられないといいな」
「リオスさん、同情は無用よ。賊というものは犯罪者集団だもの」
例え実害を出していなかったとして、山賊を名乗った時点で罰さなければならない。そうしなければ世界は荒れてしまう。
「余計なお世話かもしれないけど、なんで山賊なんかに?」
「かっこいいだろうがよぉ!」
「リオスさん、旅に戻ろう」
「うん、そうだな」
話を聞く価値すらなさそうだ。氷の中は寒かろうが、ちょっとした罰と思ってもらおう。
***
「うおー! 海か!」
「リオスさん……あぁいや、リオ、はしゃぎすぎよ」
山賊を捕らえてから5日、私達はファードという港町に来ていた。磯の香りとベタベタとした風が流れてくる。この前の街でもそうだったが、リオという偽名にはなかなか慣れない。
「リオは初めてなの? 海はさ」
「そうだね。遠くから眺めたことはあるけど」
年相応……と言うと違うか。肉体年齢相応に目を輝かせているリオスさんを見るとこちらまで嬉しくなってくる。
「船が来るのいつだっけ?」
「1時間後、客船に乗るよ。そこから1週間ぐらいでニーべに着いて、また歩き旅だね」
師匠のいるベネに着くのはまだまだかかるかな。リオスさんが船酔いにならなければいいけど。
「ご飯食べる? さっきそこでサンドイッチ買ってきたんだ」
「お、いいね! 食べよう!」
リオスさんは浜辺から上がってこちらに駆け寄ってきた。可愛いというかなんというか……もうなんでもいっか。
「うん、美味しいね」
「景色もいいしね」
ハムやトマトの味が潮の香りに包まれてなかなか良い味を出していた。ふと横に視線を移すと海に負けない爽やかな顔がある。
「僕達さ、結構歩いたでしょ?」
「え? ……うん、そうだね」
リオスさんは突然、顔を引き締めてそう話した。あまりに急だったせいで一瞬戸惑ってしまった。
「空さ、明るいでしょ?」
「まぁ……陽半球だもんね」
「……予想はしてたけどさ、太陽……ずっと真上にあるよね」
「……あ」
思えば確かにそうだった。それなりの距離は移動した。日が沈まなくとも、多少は傾いて見えてもいいはずだった。けれどそうではない。
「参ったね。未だに空は僕を中心に回ってるらしい」
「……」
正直、これはそう楽観できる問題でもなかった。陰半球には炎魂があるから空が暗くても生活ができた。が、もしも陽半球が暗くなったら?
「リオスさん、ちょっと急ごうか。あなたの力を完全に制御できるようにならないと……」
そう簡単に世界は滅びないだろう。けれど、間違いなく混沌の再来となる。特急で師匠の下に向かえば……しばらくは日が動かずに行けるだろうか。
「飛んで行こう。私の箒で」
指先についたパンの粉をペロリと舐めながらそう放った。ちょっとばかり危険だ。魔力を抑えた状態でも太陽が動いてしまう。師匠に会えば何か変わるのか、それは分からないが……。
「ねぇ、リオスさん。あなたの魔力、貸してくれる?」
「いいよ。触れてればいいのかな?」
魔法鞄から一本の箒を取り出した。私がそれに乗り、その後ろにリオスさんを乗せる。2人の飛行など、バランスが取りづらいために難しいけれど、私なら大丈夫だ。私にはセンスがある。
「さぁ、行くよ」
「うわぁ……なんか緊張するな」
腰に回された手から暖かな、そして無尽蔵の魔力が流れ込んでくる。私達の身体はふわりと持ち上がり、そこから一気に加速した。




