Sky☆High③
R40指定くらいの昭和な少年のお話しです。
んー、そうかー。私はいい加減な人間であったよなあ。おけいさんとの不義密通罪もあるしなあ。こんな事では上にはいけんだろうなあ。まあ仕方のない事ではあるなあ。
あっ、そういえばさっきの少年どうした? えっ? もう戻ってたの? で、どうだったって? カブト虫? なんだいそりゃ? 訳がわかんないよ、カブト虫じゃ。で、次は誰呼ばれたの? なに、あの後ろの席でいびきかいてたおばちゃん? なんだい歳の若い順じゃないんだ。ってぇと随分とシンプルな人生だったんだね。まぁいいか、他人のこたぁ。ええと次はと・・・。
拝啓、笹目健太郎君。
あれ、どっかで聞いたことがある名前だぞ。ささめささめ、けんたろうけんたろう、あー、けんちゃん。けんちゃんかー。なっつかしいなー。小学三年生の時の仲良しだったけんちゃんだー。なんだー、先に言ってよー。今どうしてるかなー。そっかそっか、あのけんちゃんか。
けんちゃん、僕らは三年生の時は随分と仲良しでしたね。そもそも僕は沢山友達をつくるってタイプではありませんでした。僕には仲良しの友達がクラスに一人いればそれで充分だったのです。きっとけんちゃんも僕と同じだったんじゃないですか? 四年生になって、またクラス替えで別々になり、僕はまた新しい仲良しの友達をつくって、けんちゃんとは遊ばなくなりましたが、たまに違うクラスになったけんちゃんを見かける時、けんちゃんは沢山のグループの友達じゃなく、いつも決まった一人の友達と遊んでいるのを見かけましたから。だからこそ僕らはすぐに仲良しになれたんじゃないでしょうか。
三年生の間中僕らはずっと仲良しでしたね。僕らはいつも一緒に遊びました。学校の休み時間でも学校が終わってからも。下校時の別れ際にすぐまた待ち合わせをして遊びました。
僕らが住んでいた都心のベットタウンはまだ開発途上で、只々広いだけの原っぱが沢山あり、遊ぶ場所には事欠きませんでした。野球をするにも虫取りをするにも探検をするにも秘密基地をつくるにも、何をするにも充分な遊び場がありました。
僕らは探検と秘密基地でした。くる日もくる日もこの未知の惑星を探検しては征服しました。ぼくらにとっての未知の路地や坂や空き地や崖や土手や林や薮や公園やフェンスや門は至る所に無限にありました。
そして秘密基地をつくりました。
秘密基地つくりに関して僕らはスペシャリストでしたね。秘密基地をつくるにはいくつかの立地条件がありました。まず原っぱや林の中で大人は当然ながら子供達でさえもめったに足を踏み入れない葦や薄の生茂る深部でなくてはなりません。秘密基地は粗暴な上級生に見つかれば打ち壊されるか乗っ取られるかしてしまうからです。ですから当然秘密性隠匿性というものが重要視されます。そして秘密性隠匿性を保ちながらも基地を設置するための適度に開けた空間がなくてはなりません。とうもろこし畑のミステリーサークルのような感じですね。そして最後に秘密基地設営の為の資材の入手が容易であるという事が挙げられるでしょう。資材としては木片、木の板、トタンの波板、段ボール、絵の額縁、割れガラス、壊れた犬小屋、木のポール、鉄のポール、プラッチックのポール、絨毯、屋根瓦、使えそうな物はなんでも。そういう物は全部原っぱのあちこちに捨ててありました。大人にとっては違法な不法投棄でも、僕らにとっては宝の山でした。まず木片やポールを地面に突き立てて板類を挟み込むようにして壁を建て、その上に軽めの波板や段ボールをかけて屋根にします。中には絨毯や瓦を敷いて、取りあえず座れるように格好をつけます。中で立ち上がるスペースはありません。僕らが屈んで入れれば充分だからです。そういう手狭さも秘密基地の秘密感を盛り上げる一つの要素だったのでしょう。最後にビニールシートがあれば雨漏りが防げていうことありません。
そう、上級生や他の子供達が原っぱなどに遊びにこない雨降りの日こそが、完成した基地で遊ぶ秘密基地日和だったのです。
放課後、僕らは百円玉を握りしめて駄菓子屋へ行き、食料の調達をします。懐中電灯も忘れてはなりません。雨の日の基地内は真っ暗だからです。基地に着くと僕らは雨漏りを確認し、微少な被害に満足して駄菓子を広げ、カードやおまけ付き菓子の中身に、当たり付きアイスの棒に一喜一憂しました。そして基地に貯蔵された原っぱで拾った様々な得体の知れない宝物を点検して、使途について議論をかわし、結局結論の出ないまま基地の所定の場所にまた収められました。今思い出せる宝物は何かの機械の計器のような物、不思議な形状の曲がるパイプ、家電製品の基盤のような物、複雑な造型のプラッチックで出来た何かの部品のような物、それらの品々を未確認飛行物体、即ちUFOの部品だと言い張るけんちゃんに対して、僕は少し懐疑的に飛行機の部品だと主張しましたが、二人とも間違っていた事には変わりはないでしょう。でもあの頃の原っぱは、時間も空間も無限に広がり、そこで拾ったがらくたでさえも、空や宇宙へと突き抜けていたのですね。
あの未知の生き物と出会ったのも秘密基地の近くでしたね。
雨降りの日の放課後、僕らはいつものように傘をさして食料を持って秘密基地へ行き、けんちゃんの得意分野である宇宙人について専門書を広げながら議論していました。
「これは葉巻き型といって円盤型UFOの母船なんだよ。」
「母船って?」
「この中から小さな円盤が沢山出て来るんだ。UFOの基地みたいなものだよ。」
けんちゃんは専門書のイラストを見せて説明してくれましたね。
「でも羽根がなくちゃ飛べないじゃん。」
私は飽くまでも原理原則にこだわる飛行機野郎でした。
「重力をコントロールするんだよ。」
けんちゃんの想像力は物理を超えたところにありましたね。
「あれ、今何か聞こえなかった?」
「何かって何?」
「しー・・・、ほらほら、何か鳴いてるよ。」
僕らは外に出て鳴き声の正体を探しました。
「クーンクーン。」
「あー、犬だ。」
「仔犬だ。」
そう、それはコロコロとしてフワフワとした仔犬でした。小学三年生にもなれば犬くらいは知っていますが、僕らが知っていた犬は近所の一軒家の庭先に鎖で繋がれて、前を通ればギャンギャン吠えられて、近づいて頭をなでる事など百円貰っても願い下げ、たまに面白がってどれだけ近付けるか肝試しをするような荒くれ犬であり、「仔犬」という概念は知ってはいても実際には未知の生き物だったのです。
その仔犬は僕らを見つけると葦や薄を辿々しく踏み分けながら、なつっこくも足下までよってきて「クーンクーン。」とかわゆげに鳴いたのでした。
「かわいいね。」
「うん、かわいいね。」
「基地に連れて行こう。」
「そうしよう。」
僕が仔犬を抱き上げると仔犬は嫌がりもせずにいましたが、フワフワの皮毛はしっとりと濡れていて身体は小刻みに震えていました。基地に入れてやると、仔犬は一頻りクンクンと基地内を嗅いで回り、けんちゃんがそれまで座っていた乾いた段ボールの上にぺたりと腰を下ろしました。
「かわいいね。」
「うん、かわいいね。」
名前つけようか、うんそうしようという事で二つの案が出されました。生き物に名前をつけるなんて始めての事でしたが、そこはやはり原理原則主義、普遍性というものを重んじる小学生であった僕の案は『ポチ』、見た目や直感に重きをおく印象派のけんちゃんは『まろ』という案を出しました。ちょうど目の上数cmのところに平安貴族のような眉毛模様があったからです。
「じゃあ『ポチまろ』にしよう。」と僕の妥協主義の折衷案で名前は決まりました。
「ポチまろお腹減ってるかな?」
「きっとポチまろ減ってるよ。」
「何かポチまろにあげたいね。」
「うん、ポチまろにあげたいね。」
でも、僕らの食料は食べ終わっていて何もあげるものがありませんでした。
「ポチまろ牛乳飲むかな。」
「ポチまろ牛乳飲むんじゃない。」
「牛乳とってこようか?」
僕が、じゃあ待ってるよと言うとけんちゃんは少し不満そうでしたが、言い出しっぺだし、けんちゃんの家の方が基地から近いし、誰かが仔犬と一緒にいなければならない事を説明すると、けんちゃんは渋々と後ろ髪を引かれる思いで承諾しました。
「ちゃんと待っててね。」
「あ、段ボールの箱があったら持ってきて。」
「うん、わかったー。」
「あ、牛乳飲むお皿も持ってきて。」
「うん、わかったー。」
けんちゃんは走って葦の中に消えていきました。
けんちゃんがいなくなった後で、僕は思う存分ポチまろと遊ぶ事が出来ました。薄を振ってちょっかいを出すと、猫のようにじゃれつきました。撫でてやると、ひっくり返ってお腹も撫でろとせがみました。何もしないでいると、自分から前足をあげてちょっかい出してきました。僕はすっかり満足して、牛乳をとりに帰る係じゃなくて良かったと思いました。ごめんよけんちゃん。でもけんちゃん、僕らのルールを破ったのはけんちゃんでした。
段ボールと牛乳パックとお皿を持って戻って来たけんちゃんは一人ではありませんでした。五年生のけんちゃんのお姉ちゃんとその友達を一緒に連れて戻ってきたのです。
「誰にも言わないルールじゃんか。秘密基地なんだぞ。」
僕は腹を立ててけんちゃんを責めました。「だって牛乳を持って行こうとしたら、しつこく聞かれて・・・。」
けんちゃんはもごもごと言い訳しました。「で、・・・これがあんた達の基地なんだ。ふーん。」
けんちゃんのお姉ちゃんは何か馬鹿にする材料を探すように基地を眺め回しましたが、結局は何も言いませんでした。きっと将来職人になる程の男の立派な仕事に舌を巻いていたのでしょう。
「で、見せてよ、ポチまろ。」
しぶしぶとみんなを中に入れると
「かわいーポチまろ。」
「かわいーねーポチまろ。」
たちまちにポチまろは女の子達に独占されてしまいました。僕がけんちゃんを睨みつけると、けんちゃんはとてもすまなそうに下を向いていましたね。
「ねえ、ポチまろに牛乳あげてみようよ。」
「あげてみよう。」
最早主導権は女の子達に奪われていました。僕らは年上の二人に手も足も出なかったのです。
ポチまろは皿に入れられた牛乳をぴちゃぴちゃと音を立てて、美味しそうに飲みました。僕はふてくされた顔をして脇からその様子を覗きながら、自分でポチまろに牛乳をあげられたらどんなに楽しかっただろうと思い、余計にけんちゃんに対して腹を立てていました。
ポチまろは牛乳に満足すると、女の子達とひとしきり遊んだ後、すやすやと寝息を立てて眠ってしまいました。気がつくと辺りはすっかりと暗くなっていました。
「で、あんた達どうするつもりなの? ポチまろ。」
お姉ちゃんにそう言われても僕らには返す言葉もありません。ポチまろをどうするかなんて考えてもいなかったからです。
「うちで飼うわ。」
「えー、だって団地じゃ犬飼っちゃいけないんだよ。」
そうです。僕の家もけんちゃんの家も団地住まいで、犬も猫もペット禁止、飼ってもいいのは小鳥くらいだったのです。
「うちでは飼えるんですー。」
お姉ちゃんは何か権威ある人のように強硬に言い張り、それを聞いたけんちゃんまでが「ですーだ。」と女の子側に寝返って僕にくってかかってきました。本来ならばルールを破ってしょんぼりしていなければならないはずのけんちゃんの豹変に、僕はとうとう堪忍袋の緒が切れて「飼えるわけねえじゃんバーカ。」とけんちゃんをバーンと突き飛ばして、ふがふがと鼻息を鳴らしながら家に帰ったのでした。
家に帰っても憤懣遣る方なく、母親に「ねえハハー。」(私は両親の事をチチハハと呼ぶ不思議な小学生でした)「うちで犬飼えると思う?」「飼えるわけないじゃないの、団地なんだから。」私は母のその答えに満足しながら絶望するというねじくれた感情に襲われました。けんちゃんのうちでも飼えなくてざまあーみろという反面、自分の家で飼うという選択肢も完全に否定されてしまったからです。僕はどうしようもない気持ちのまま、けんちゃんとお姉ちゃんの悪行非道を母に訴えたりしましたが、翌朝学校でけんちゃんの顔を見ても、まだ赦す気にはなれませんでした。
でもけんちゃんは自分から僕に謝りにきましたね。
「きのうはごめんね。」
僕はしばらく黙って、けんちゃんを赦して口をきくべきかどうか考えましたが、あんまりけんちゃんがしょぼくれている様子なので口をきいてあげる事にしました。
「ポチまろは?」
「飼っちゃダメだって。」
僕は動揺しました。けんちゃんの答えは予想していたはずなのに、僕はそうなる事を本当は望んではいなかった事に気がついたのです。
「で、どうしたの?」
「一晩だけ置いていいって言われたんだけど、夜中キャンキャン鳴きっぱなしで大変だった。」
「で、どうすんの?ポチまろ。」
「今日帰ったら見つけた所に捨ててきなさいって。」
僕らは二人ともがっかりしましたね。誰か他に犬を飼える友達を探そうかとも考えましたが、僕らの学校に通う子供達のほとんどが団地住まいで絶望的でした。その日は休み時間の度に、二人で顔をつき合わせて、どうしようどうしようと思案を重ねた結果「基地で飼う」という一見素晴らしいような結論に達しました。これは可能な気がしました。クラスには病気で長く欠席している森山君という子がいましたが、給食はいつも人数分来て一人分必ず毎日あまるので、それを貰って帰ってポチまろにあげればいいのです。
「名案だね。」
「名案名案。」
二人でパンと牛乳とで係を決めて給食の時間にお代わりをする振りをしてパンと牛乳をこっそりとランドセルに入れました。
放課後二人は大急ぎで帰ってけんちゃんの家についてびっくり。ポチまろはもうすでにいなくなっていました。けんちゃんのお母さんの話しでは、知り合いの人が貰っていったという事でした。僕らはとぼとぼと秘密基地へ行ってパンと牛乳を黙って半分こして食べました。基地にはつい昨日ポチまろがぴちゃぴちゃと音を立てて飲んだ牛乳のお皿が置きっぱなしになっていて、一回だけでもポチまろに自分で牛乳をあげたかったと思い悲しくなりました。
けんちゃん、あれ以来僕は犬を飼う機会はありませんでした。大人になって団地を出てからはずっと借家住まいで、飼いたいと思う事すらなかったのです。そんな僕が結婚した妻は、一軒家で生まれ育ち、子供の頃から犬を飼っていて、犬がいなかった時はなかったという、僕らからすれば信じられないような幸運な女性でした。でも結婚した当初はやはり借家住まいで、妻が犬を飼いたいと申請しても「借家じゃ飼えないでしょ。」と却下していました。そんな僕らも念願の一軒家を購入し、妻がここぞとばかりに「犬犬犬犬犬犬—。」と犬中毒の禁断症状患者のように犬飼育申請をして初めて思いました。あっ、僕は犬を飼える身の上なんだと。そうして我が家は妻のリクエストによりゴールデンレトリバーの仔犬を購入し、けんちゃんとふたりで考えた「ポチまろ」という名前をつけ、永い間忘れていた「仔犬に牛乳を自ら与える」という念願を果たしたのです。ポチまろはあの時と同じようにぴちゃぴちゃと音を立てて牛乳を飲んでくれました。でも仔犬にあまり牛乳をあげすぎると下痢をするようです。そして我が家に来た時にはだっこする事が可能な仔犬だったポチまろは、半年で29㎏になり、一年と八ヶ月で38㎏になりました。仔犬と呼べたのは正味三ヶ月くらいでしょうか。でもポチまろは丈夫で立派な犬に育ってくれました。
けんちゃん、あなたは犬を飼えましたか? ぼくはやっと犬を飼う事が出来ました。ポチまろは僕らの家族になりました。
つづく
そろそろ物語りが動き出します。




