Sky☆High ①
1話めでは正直〝何ソレ?〟ですよね。
どうか最後までお付き合い下さい。
親愛なる京子ちゃん。京子ちゃん、えーと君は妻の友人だね、学生時代からの。君は美人で独身だから、我が家に遊びに来た時には僕は随分とはくはくしていたんだよ、いや本当。殊に妻が留守の時なんかはね。
そんな時、君は僕に特別に心を開いて恋愛の相談やなんかをしてくれたね。君が僕の事をその道のスペシャリストみたいに思ってくれていたのは光栄な事だけれど、僕は君の情の深さを危ぶんでブレーキをかけるような一般論に終止していた気がする。
君は恋に狂い死にするタイプだね。勿論相手も唯では済まないだろう。悪女の深情けという訳じゃないけれども、そう、君は詩人だからね。
一見お固い事務職みたいに見えるのに、君は素晴らしい詩を書いたよね。中でも僕のお気に入りは北風小僧のやつね。
曇天の寒空を寒太郎一家が無数に飛来するやつ。寒太郎寒二郎寒三郎・・・そのうち名字が寒になって寒三十朗三十一朗・・次は寒百になって寒千になって、あれ以来冬の間中僕にも北風小僧達が見えるようになったよ。
それから冬の鯉や痩せ犬の詩ね。君にとっては寒々とした冬の世界が原風景だったんだね。
僕ら夫婦は君の才能が正当に評価される事をいつも祈っていたんだけど、新聞社の賞を貰って詩集が出版されてからぱたりと連絡がとれなくなって妻は少し気を悪くしていたんだよ。君は僕らとお祝いの食事をした時に、一度だけ紹介してくれた今度新しく組むことになった君のマネージャーに対して、後から批判めいた事を言ったのに気を悪くしたのかもしれないね。誰でも成功の階段を目の前にして水を挿されたら気を悪くするかもしれないね。妻も最近では素直に君に会いたいと時々言っているし、だからその事はもう水に流して欲しいんだ。
それに今回我らの身に起こった事を聞いて貰うのは君しかいないと思っているんだよ。僕ら夫婦の事を君以上に知っている人はいない訳だしね。そういうわけで、
えっ、もう呼ばれたの? まだとっかかりも書けてないのに。誰? あー、ポチまろね。成程犬だしね。まだ二歳にもなってないからね。そりゃそうかもしれないね。でもあいつなんか書いてたの? うそっ、書いてた。あいつ字書けんだ。おどろいたねこりゃ。ま、何があっても不思議じゃないけどね。で、君のお題は? 誠治君って誰だいそりゃ? 何、知らないの? そう。でもさ、やっぱり誠実に向き合う事が大切なんだと思うよ。真正面からね。多分象徴的なものとして捉えればいいと思うよ。えーと、じゃ次いっちゃおうかな、なんか中途半端だけど。「佐藤先輩」か。佐藤先輩ね。よしよし。
拝啓、佐藤先輩。先輩には色々な事を教わりました。「御中」や「上様」なんて不思議な日本語を教えてくれたのは先輩でしたね。
あと勿論営業に関するエトセトラ。「営業マンたる者御用聞きになってはならない。」とおっしゃいましたよね。その時は実はピンとこなかったんです。だって営業のやる事といえば正にそれしかないんですから。でも僕が独立して自営になってから、その言葉の意味を身をもって知る事になりました。
先輩も知っての通り、独立して暫くは会社の専属という形で仕事をいただいていましたが、先輩と些細な事から喧嘩をして、僕は後先も考えずに飛び出してしまいました。まあなんとかなるだろうくらいに考えていたんです。そして、まるっきり人望も人脈もない自分に出来る事を考えれば飛び込みの営業ぐらいしかないと思い、何の紹介も伝手もないままに関連業者を電話帳でリストアップして営業に回ったんです。正に御用聞き作戦ですよ。まずは電話をかけまくって三割くらいの確率でアポをとって面会までこぎつけ、そのうちの半分が仕事を出してくれるというのです。うーん、幸先上々、俺って商才あるじゃん、今に見てろよ佐藤のボケが、などと嘯いて、取らぬ狸の皮算用なんて感じだったのです。そして実際に仕事を請け負って、そこんところは誠心誠意、慎重に慎重を重ね、佐藤さんの知っている僕からは想像も出来ないくらいにしっかりとした仕事をしたのです。
ここまでは良かった。僕は自分に百点をつけちゃいましたよ。でもその後がいけなかった。いざ月末になって集金に回ってみると、彼らは一様に態度を豹変させるのです。
ある人は身も世もないという弱り顔をして、いや実は元請けの会社が倒産して社長がドロンしてさー、いやー、うちも参ったよ、三千万からパーだかんね。来月までもつかどうか。そういう訳でさー。おたくには悪いんだけど無い袖はふれねぇってやつよ。いやー、参った参った、などとぬかすかと思えば、叉ある人などは、急に厳つい関西弁のやくざ言葉等を巧みに用いて、われ、んなざーけた仕事こましといて金よこせたーなんちゅーりょーけんしてけつかるねんボケがーなどと難くせをつけて支払いに応じる気配さえなく、電話番号を変えて直際にドロンなどという手口を使う方もいらっしゃいましたが、そんな方がいっそう奥ゆかしくかわゆく思えてしまう程の惨澹たる結果に終わったのでございます、私の御用聞き大作戦ったらば。
その後になって先輩のおっしゃっていた言葉が初めて飲み込めたのです。それは会社の規模の大小はあっても、相手と対等な関係を築くのが営業の腕であって、只の御用聞き、ましてや個人の自営などでは海千山千のこの世界ではあっという間に喰われて潰されてしまうという事なのですね。ああ、なんという世の中なのでしょう。私はしばらく立ち直れずに対人恐怖症になってしまいました。それにしても先達の教えには謙虚に耳を貸すべきですね。
ところで話しは変わりますが、美人の奥さんはお元気ですか? そういえば奥さんは私と同い年でしたね。大恩のある先輩に対して申し上げにくい事なのですが、この際だから告っちゃおうかな。
三年前に私が会社を止める際にみなさんで盛大な送別会をもっていただきましたよね。その夜は先輩にさんざん引きずり回されて、三軒目の熟女バーで先輩は酔い潰れてしまったので、それ以降の記憶は飛んでいる事と思います。
私がタクシーを呼んでご自宅までお送りしたのですが、先輩を担ぎ込むと奥さんがお茶漬けを御馳走して下さるとおっしゃるのです。流れとしては玄関先でという訳にもまいりませんので、先輩を居間まで運び、ホットカーペットの上に転がして奥さんがその上からピンクのストライプ柄のタオルケットをかけられたのをよく憶えております。そう、それは奥さんが着ていたパジャマと同じ柄でしたね。薄手の柔らかな絹のパジャマで、奥さんの胸には二つの乳首の突起がまざまざと目視出来るようなとてもそそるパジャマでした。奥さんがお茶漬けとカップ麺のどちらがいいかと尋ねるので、私が好みの銘柄でもあったのでカップ麺の方をお願いすると、奥さんは二人分を用意して熱湯を注ぎ入れたのですが、その時に奥さんは私に背中を向けてテーブルに屈みこむようにしてポットを傾けていたので、奥さんの形の良い小さなヒップにはパンティーのラインがありありと浮かび上がっているのが見えました。そして三分間、奥さんは私の今後の身の上に関して親身に訊ねたりしてくれましたが、私は上の空でこう考えていたのです。こんなお尻ちゃんを毎日毎日眺めたり撫で回したりしながら暮らせたらなあと。そして、先輩がタオルケットに包まりながら高いびきをあげている脇で奥さんと僕は二人で同じ(私の好みの)銘柄のカップ麺を啜ったのです。奥さんはカップ麺のスープまで全部飲み切ると、あー暑い暑いと言ってパジャマの胸のボタンを二つも外してはたはたと胸をはだけてみせるので、そこで漸く私は、ははぁ、これは誘われているな、という確信をもつに至ったのです。しかしそうも露骨な誘いを前にしても私はあくまでも謙虚な紳士であって、まさか先輩の寝ている脇で飛びかかる訳にもいかんなぁ、などと慎ましやかな思案をしていると、奥さんが最後の手を打ってきたのです。
「そう言えば寝室のクーラーが調子悪いの。うちの人ったら本業の癖にちっとも見てくれないのよ。」
じゃあ僕が見ましょうと言うと、奥さんは待ってましたとばかりに僕の手を取って寝室に引っ張っていき、後ろ手にドアを閉め、徐に照明を落としてベッドに私を引き入れたのです。私達はまるで放火された納屋のように燃え上がりました。
「奥さん。」
「いやっ、おけいって呼んで」
「おけいさん、あっしのことは親分さんと呼んでおくんなせぇ。」
「親分さん。」
「おけい。」
こうしてあっしらは不義の仲と相成ったんでごぜいやす。それにしても御内儀は不思議な体位をせがまれやした。あっしなんかが想像も出来なかったような、そりゃぁ込み入った無理のあるような難しい体位でございやしたよ。
しかしそれ以上に驚かされた事がございやした。それはお静坊が起きだして寝室に入って来た事でございやす。
「おかあちゃん。」
そう不安げに声をかけて入ってきたのは確かに行為の後ではありやしたが、実はあっしは彼女が行為の最中に寝室のドアを細めに開けて覗いていた事に気づいていやした。幼稚園児の彼女に行為の意味が理解できたかどうかは分かりやせんが、彼女はベッドの脇に立って途方に暮れた人のような顔をして私と母親の顔を代わる代わる眺めるのでやした。
「静、この事はお父様には内緒よ。」
奥さんが少し厳しい調子で言うと静ちゃんは無言でコクリと頷きやした。一心に思いつめたような余りの意地らしさにあっしは胸を打たれやした。
「もし約束してくれたらおじさんが楽しいお歌を教えてあげるよ。」
私がそう言うと緊張しきりだった静ちゃんの顔にまるで花が咲いたように満面の笑みが広がったのです。そして私が梓みちよの「二人でお酒を」を手振りつき(おちゃらかホイとか夏も近づく八十八夜みたいなせっせっせのよいよいよいってやつ、あれってなんて言うんでしょうね)で教えてあげると静ちゃんはそれはもう大喜びしてくれたので、僕もとても嬉しくなりました。
そう、僕が独立した後に喚んでいただいた会社のバーベキュー大会の時に静ちゃんが「二人でお酒を」を手振り付きで歌って皆に大喝采されましたよね。あれこそが私と奥さんと、そして静ちゃんにとっての不義の歌だったのです。ああ、彼女はいったいどんな女に成長するのでしょうか。その事ばかりが心配でなりません。
因に不義不倫行為の後には梓みちよに限りますよ。先輩にも是非お勧めします。なんたって楽しい気分になれますし、色々な示唆に富んでいますからね。それに替え歌も自由自在だしエンドレスで歌えるんですよ。嘘だと思ったら歌ってみてくださいよ。
ボボンボンボン♪ふったりーでおっさけをーのーみまーしょーおーねー、・・・・・・・
・・のーみーーーまっ(トン)しょーおーおーねーーーボボンボンボン♪ふったりーでおっさけをー・・・ねっ、エンドレスでしょ。
そういえばあのバーベキュー大会の時も奥さんの攻撃は尋常じゃなかったんですよ。でも僕の方はあの夜の一回こっきりで醒めちゃったんです。先輩にこんなこと言うのもなんですが、いくら美人でいい身体してても奥さん人格は滅茶苦茶じゃないですか。実はあの夜静ちゃんが寝入った後、危うくマルチに勧誘されそうになって、這う這うの体で逃げてきたんですから。絶対に儲かるからなんて奥さんもう人間の顔じゃなかったなぁ。
その後会社を急に辞められて誰も行方を杳として知れないとの事ですが、やっぱり奥さんのマルチ絡みなのでしょうね。御愁傷様です。もうこっちの世界に来られているのでしたら何処かでまたお会い出来るかもしれませんね。
あっ、先輩僕の事怒ってないですよね? 一見受けた恩を仇で返す恩知らずのように思うかもしれませんが、それは短慮というものです。先輩は僕に営業の、いえ、人生の教訓を授けてくれました。その恩に対して僕もやはり教訓でお返しするべきだと思うのです。即ち、上司たる者、部下の、殊に平素厳しく教育しているような部下の前では決して酔い潰れてはならない、というのが先輩へお返しする教訓です。それでは御機嫌よう。美人の奥さんにも宜しくお伝えください。
敬具
追伸
二人目のお子さんのお祝いを申し上げてませんでしたね。
♪こんにちはあっかちゃん、わったしーがーパーパーよ、なんつって。
つづく
明日の夜第2話を投稿します。我慢して次は進んで下さい。




