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大丈夫です!私は殿下の禁断の恋を応援してますから!(誤解)  作者: 夏八木アオ


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第三話:冬の贈り物と答え合わせ

「セシリー様から小包が届きましたよ」


 およそひと月後、トーマスがアーサーの執務室に入り、デスクの上に小さな箱を置いた。


「セシリーから? なんだろう。手紙を返せてないから怒ってるのかな⁉︎」

「それはないと思いますが……」


 アーサーは、最近セシリーに届ける手紙の頻度が落ちている。どうにも言葉がまとまらないのだ。とはいえ無難な挨拶だけにするのも嫌で、書き直していると知らぬ間に時間が経っている。

 結局先日、メイドのことを誤解しているか聞くことも、誤解されているならばそれを解くこともできていない。セシリーにどう思われているのか全く分からないのだ。

 アーサーがおそるおそる小包を開くと、シルクで織られた腰紐が出てきた。


「綺麗だね」


 藍色の染めに、金で植物の模様が描かれている。細かいガラスビーズや宝石が一緒に縫い付けられていて、角度をつけると輝いて見える。

 とある地方の有名な刺繍細工で、吉兆を示す花の紋様が刺されている。

 

「これは……」

「冬の祭に合わせてくださったのですね。祝い事には最適な紋様です」

「ああ、僕もなにか相応しいものをお返ししなくてはね。刺繍の装飾品を贈る習わしだったね……葡萄の柄はどうだろう」

「葡萄ですか?」

「うん。セシリーは葡萄が好きだから」


 アーサーは、彼女が葡萄に手を伸ばして「食べすぎた」という顔をすることを思い出して口元を緩めた。おそらく隠しているつもりだから、指摘したことはないのだが、アーサーが突然葡萄の柄のものを贈ったら驚くかもしれない。


 彼女から贈られた腰紐を裏返す。タグに名前のある工房は王家にも品物を収めてくれることがあり、依頼してから納品まで通常は一年はかかる。

それを見て、アーサーは考えを改めた。


「いや、やっぱり葡萄はやめよう。格が全然合わない。公爵家の紋の鳥と柊にするよ」


 セシリーから届く贈り物は、いつも公爵家の名に恥じない一級品ばかりである。彼女が身につけているものも、季節や訪問場所に合わせて慎重に選択していることが分かるため、こだわりのないアーサーが個人的な理由で選んだ装飾品を贈っては困らせてしまうだろう。

 王族で婚約者のアーサーからのプレゼントであれば、身につけることは義務に等しいのだ。

 アーサーは、これまでと同じ、間違いないと分かっている方法を選ぶことにした。


「セバスチャンに手配を頼んでおいてほしい。これは当日まで保管していてくれ」

「承知しました。……殿下」


 トーマスは小包を受け取ったが、デスクの前から立ち去らない。


「どうしたんだ?」

「殿下は、セシリー様を大切に想っていらっしゃると思います。どうかご自身の気持ちを疑わないでください。俺のせいでセシリー様に誤解をさせてしまい申し訳ありませんでした」

「謝らないでくれ。僕がトーマスに頼まれてもいないのに、お節介をしただけだから……」


 アーサーは左右を見渡して、トーマスのほかに室内に誰もいないことを確認した。

 執務のために窓も閉め切っており、カーテンを揺らす風すらない。


「最近僕は少しだけおかしいんだ」

「おかしい、とは?」

「せっかくこれまで婚約者として正しく振る舞ってきたのに、時々そうじゃないことをしたくなる。信頼を取り戻さなきゃいけないときに、こんな困った感情を抱いていると知られたら、呆れられるどころじゃすまないかな」


 アーサーは苦笑いして、気まずそうにデスクの上に目を向けた。



 冬の祭は、長い冬を安全に過ごし、また春を迎えられるように祈るものである。春の女神が眠りにつき、また無事に目を覚ますように、教会で歌と祈りを捧げるのである。


 アーサーは紺色の礼服に身を包み、教会の神官に挨拶をした。控え室に戻ると、スピーチの台本に目を通す。全体の流れを再確認して、当日の様子に合わせて変更しようと思っていた冒頭の挨拶を考え直し、準備を終えた。


(セシリーだ……!)


 窓の外に目を向けると、両親とともに歩いているセシリーの姿が目に入った。

 紺色のドレスに、頭にはアーサーが贈った紺色のリボンを身につけている。公爵家の紋に合わせた格式高いもので、豪華なドレスに合わせても見劣りしない。

 頭の先からつま先まで、セシリーの装いもその仕草も、全てが丁寧に計算され尽くしているように見える。隙がなさすぎて、遠くから見るとまるで人形が動いているかのようだ。


 アーサーは窓に近づいて、静かに歩くセシリーを見つめた。

 窓を開けて大きな声で呼びかければ気づいてくれるだろうが、立場上そんなこともできない。

 あとで挨拶をする時間があることを期待しつつ、カーテンを閉めようとすると、ふと窓の外で風が吹いた。セシリーが顔を上げる。


 ガラスの向こう側で、セシリーの紫の瞳はちゃんとアーサーを捉えていた。

 一瞬時間が止まったような感覚に陥り、アーサーははっとしてセシリーに微笑んだ。小さく手を振ると、彼女は驚いていたが、同じように手を振り返してくれた。

 紅で彩られた唇の口角がほんの少しだけ上がった。


 両親に声をかけられたのか、彼女と目が合った時間は短い間だけだ。セシリーは先に目を逸らして、両親とともに教会の礼拝堂に向かう。


 しかし一瞬だけアーサーの方へ名残惜しそうに視線を向けてくれた気がして、そのせいでアーサーは暗記したスピーチの内容を忘れそうになった。



(アーサー様、正装がお似合いだわ。お母様の言うとおりにしてよかった)


 セシリーは、アーサーが滑らかにスピーチを行う姿を見て、自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。


 礼拝堂は、天井の高い広々とした空間である。背の高いステンドグラスは国で一番古いものと言われている。光の降り注ぐ空間で、アーサーの落ち着いた声を聞いていると、セシリーはどこか現実ではない場所に来たような気分になってくる。


 彼は紺と白、金で彩られた華やかな詰襟の衣装を身に纏っている。セシリーの母が用意した腰紐は、まるで衣装に合わせて誂えたかのようにピッタリだ。

 この祭のために、セシリーはアーサーに自身が刺繍した腰紐を贈りたいと思っていたが、完成直前に母から有名な工房の品を数ヶ月前から発注していたことを教えてもらった。

 公爵家が毎年参加する祭で、今年はそこにセシリーの婚約者であるアーサーが参加する。そうなれば母が何かしらの準備をしているであろうことは容易に想像ができたのに、セシリーは頭が回らなかった。


(自分で作りたいなんて言わなくてよかった。大恥をかくところだったわ)


 セシリーは刺繍が得意だが、さすがにそれを生業としている職人には届かない。それにセシリーが選んだモチーフはアーサー自身をイメージした湖と太陽。彼自身の輝きを邪魔しないようにという思いでシンプルに刺繍糸だけで仕上げてしまったため、遠くから見ると地味に見えたに違いない。

 母が選んだ腰紐は、宝石やガラスビーズで装飾された華やかなものだ。それが教会のステンドグラスから注ぐ光によって上品に輝く様子を見ていると、自分の視野の狭さを実感する。アーサーが身につけるものは、いつも彼の立場や使用場所に合わせて慎重に選ばれているのに、セシリーにはその配慮が欠けていた。


 この日のために、アーサーの名前でセシリー宛に贈られてきた装飾用のリボンも、正式な催しに相応しく、公爵家の紋に合わせたモチーフを織り込んだものだった。格式高いドレスに合わせて選んでくれたことがよく分かり、このやりとりに少しでも私的な要素を入れたくなった自分のことが恥ずかしい。

 王子妃として、あまりに価値観が幼くて、未熟だと思う。


(帰りたい)


 胸が締め付けられて、息苦しい。

 これ以上ここにいると、渡すことができなかったプレゼントのことが頭に浮かび、惨めで泣きそうになる。

 そんなことをいつまでも引きずっている自分のことも、アーサーに相応しくないと感じてしまうのだ。


 大切な催し物の途中で帰るわけにもいかず、セシリーはアーサーのスピーチや聖歌隊の合唱、神官による祈りが終わると、両親とともに周囲の人々に挨拶をして回った。役割を果たした頃にはすっかり疲れてしまい、人々が自由に会話をし始めた頃を見計らって庭に逃げた。


 ちょうど人目を避けられそうなベンチに一人で腰掛けて、深く息を吐けばようやく気持ちが落ち着いてくる。冷たい風がセシリーの頬を撫でた。

 きっちりとパメラに結ってもらった髪も解いてしまったら楽になりそうだが、さすがにそんなことはできない。


(気持ちいい……)


 人混みから離れて、静かな庭で植物に囲まれているのが一番好きだ。セシリーは風を楽しむために目を瞑った。冬の気配を感じさせる冷たい空気が、彼女の肺をいっぱいに満たす。

 何度か深呼吸をしてから、セシリーはゆっくり目を開けた。

 ぼんやりと瞬きを繰り返すと、目の前に白と紺の礼服、そして金色の装飾紐が目に入る。少し視線をあげると秋の空のように晴れやかな青色が目に入る。豊穣を表す麦のような金色も。


「――っ!」

  

 アーサーが目の前にいることに気づいて、セシリーは声にならない悲鳴をあげた。なんとか声をあげることを我慢した自分を一生分褒めたい気持ちだ。


「で、殿下……っ」


 慌ててベンチから立ち上がり、カーテシーで挨拶する。


「座ったままで大丈夫だよ。ごめん、目を瞑っているから声をかけるタイミングが分からなくて……驚かせてしまったね」

「い、いえ」

「気分が悪いの? 大丈夫?」

「大丈夫です。ただ風を楽しんでいただけですので……!」


 慌てておかしなことを言ってしまい、セシリーの頬がぽっと熱くなった。


「風を……?」


 案の定アーサーは不思議そうな顔をしている。彼はセシリーの横に腰掛けると、セシリーが行っていたように目を瞑った。


「こう?」

「あ、あの、殿下……真似をなさらなくて結構ですから……」

「目を瞑ると音がよく聞こえるね」


 アーサーはぱちりと目を開けた。

 空色の瞳がセシリーを見て優しく細まる。

 セシリーは、自分の心臓が息苦しさとは別の理由で飛び跳ねるのを感じた。


 最初にアーサーに微笑みを向けられてからずっと、彼女にとってアーサーは特別な人である。

 初対面では緊張しすぎて舌を噛んで挨拶に失敗するし、婚約後の最初の顔合わせはセシリーの体調不良で日程変更になった上、気を遣ったアーサーに公爵家まで来てもらった。

 アーサーは気にしていない様子に見えたが、一連のやりとりを見ていた母の冷たい視線は忘れられない。


 セシリーはいつも公爵家の娘として恥ずかしくない、完璧でいなければならない息苦しさで潰されそうなのに、セシリーよりもっと重圧を受けているであろうアーサーはなんでもなさそうな顔をしている。

 彼の心はいつも凪いだ海のようであり、その存在はどんなものにも影響を受けない太陽のようでもある。


 それがいつも眩しくて、憧れの存在だった。 

 憧ればかり膨らんで、ずっと距離が縮まらない。それがセシリーをどうしようもなく寂しい気持ちにさせる。セシリーが彼の隣に並び立つために行っていることは、全部網で風を捕えるみたいに手応えがない。


 ずっとどうしていいか分からなかった。

 どうしたら彼の特別になれるのか。王子妃という名誉ある将来を約束されておきながら、「特別になりたい」と願うことは愚かだが、セシリーが欲しかったのは名誉ではない。

 セシリーが抱いているものと同じ気持ちを、彼に返してほしいと思ってしまうようになった。


 それが叶わない理由を、どうにか探して納得しようとして、たまたま耳にした彼とメイドの噂に飛びついた。答え合わせをしても、意味などないのに、「これで終われば、楽になれる」という声がセシリーの耳元で聞こえた気がするのだ。

 不安を抱える日々が続くのを、もう終わりにしたくて――。


「セシリー、どうかした?」


 アーサーが首を傾げる。それだけで金糸のような髪がさらっと揺れて芸術品のようだ。セシリーは髪を絹糸のような滑らかさに保つために朝晩のブラッシングやオイルが必要だが、アーサーはきっと「何もしてない」と言うのだろうな、と思う。


「一つ、質問してもよろしいですか……?」

「え? うん」

「殿下は、恋をされたことはありますか?」


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