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【第2話】社交界デビュー戦、毒と薔薇のはじまり

王太子殿下の婚約候補に選ばれたというだけで、あれよあれよという間に社交界の大舞台へ放り込まれた。


 もちろん本人の同意なんて聞かれていない。貴族の娘にそんなもの、最初から存在していないらしい。


「エリセ、本当に素敵よ。ドレスも、髪も完璧!」


 そう言ってにこにこしているのは、私の親友で伯爵令嬢のレティシア・ノール。私より一つ年上で、気さくで世慣れていて、毒舌だけど根は優しい。こうして率直に褒めてくれる、数少ない存在だ。


「ありがとう。でもね、レティ。完璧なのは外見だけなのよ。中身は逃げ出したくて震えてるの」


「ふふ、それも可愛いわ」


(いや、笑ってる場合じゃないから……)


 今日の会場には、王太子セドリック殿下の婚約候補と目される令嬢たちが勢ぞろいしている。


 当然、ライバルたちも。


 一人は——


「エリセ様、はじめまして。お噂はかねがね」


 控えめな声と、静かな笑み。

 上品なローズピンクのドレスをまとってこちらへ歩いてくるのは、マリア・ロゼリア子爵令嬢。


 慈善活動で有名な、清楚系の代表格だ。母親が平民出身という経歴から、貴族社会では少し浮いているものの、品のある立ち居振る舞いと人柄で、一部から強い支持を集めている。


「こちらこそ、お会いできて光栄ですわ。マリア様の活動には、敬意を抱いております」


「いえ、私はただ、できることをしているだけです」


(謙虚〜〜!!)


 この人からは“聖女”感がにじみ出ている。そりゃあ、王太子が気にかけるのもわかる。


 そこへ——もう一人の強敵が、ヒールを鳴らして登場する。


「まあ、まあ。素敵な方がそろっていますこと」


 華やかなワインレッドのドレスに、黒髪をゆるく巻いたスタイル。歩き方も、笑い方も、すべてが計算され尽くしている。


 彼女は——クラリス・モンテローザ侯爵令嬢。


 社交界でも一目置かれる存在で、美貌と発言力を併せ持つ“氷の薔薇”とも呼ばれている。


 でもその実態は、毒舌・マウント・陰湿な嫌味のスペシャリストである。


「エリセ様もマリア様も、本当に可憐ですわ。お飾りとしては申し分ないですわね」


 にこやかな顔で、思いきり刺してくるあたりさすがである。


 私は微笑を浮かべながら、ほんの少しだけ首を傾げた。


「まあ、クラリス様のように“完璧なお飾り”になれるほど、私には器用さがなくて残念ですわ」


 一瞬、クラリスの口元がピクリと動いた。どうやら、ちょっとは刺さったらしい。


(ふふ、私だって黙ってやられるお人形じゃないのよ)


 そんな微妙な空気の中、会場に声が響く。


「——ご静聴を。王太子セドリック殿下のご到着です」


 空気が一変する。全員の視線が入り口へ注がれる中、扉がゆっくりと開いた。


 姿を現したのは、まさに“完璧な王族”という言葉が似合う人物だった。


 セドリック王太子殿下。


 銀の髪に、氷のような瞳。背が高く、動きにも無駄がない。まるで人間じゃなくて、美術館の彫像みたいな存在感。


(……圧がすごい。いや、無理。こんな人と結婚したら、緊張で寿命が削れる)


「ヴァルフォード令嬢。お噂はかねがね」


「殿下。お目にかかれて光栄ですわ」


 完璧な敬語、完璧な角度での会釈。もう慣れてる。でも、心の中は正直に言えば、


(ああ〜〜はやく帰りたい〜〜)


 そのとき、ふと視線を感じてそっと後方を見ると——

 王太子のすぐ後ろに控えていた黒髪の青年騎士と、目が合った。


 彼は、昨夜花瓶を落としたあの青年。


 リオン・カーディス。王太子の側近騎士にして、かつて爵位を剥奪された男爵家の末裔。


 「カーディス家」は、二代前まで地方鉱山を管理していた小貴族だったが、経営破綻と借金で爵位を返上。貴族社会から追い出された“没落貴族”だ。


 身寄りもなく、下働きとして王城に拾われた少年が、剣と忠誠心で王太子付きの近衛騎士にまで登り詰めたという話は、一部の貴族の間では“奇跡”とさえ呼ばれている。


 けれど同時に、“野良犬”と蔑む声もある。


(それでもこの人、真っすぐな目をしてる……)


 彼はほんの一瞬、私にだけわかるくらいの小さな頷きを見せた。


 私は礼儀として軽く会釈を返しながら、心の中でそっと思う。


(……たぶん、私と似てるのかもしれない)


 上流階級の“檻”にいながら、自分の意志で生きたいと思っているところが。


 貴族の娘としてふさわしい笑顔を浮かべながら、心のどこかでこう確信していた。


(この出会いが、きっと何かを変える。そんな気がする)

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