【第15話】 それぞれの選び方、それぞれの戦場
ミルセリウス王妃との対面から三日後。
王太子セドリック一行は、港町での祝祭に招かれた。
この小さな訪問が、ただの外交儀礼ではないことに、私は薄々気づいていた。
(“試されている”のね)
そう、王太子と共に進む私の立場も、常に誰かの評価にさらされていた。
港での舞踏会。
私は控えめに端の席にいたが、それでも王太子は何度も目を向けてくる。
その視線に、周囲の視線もざわめく。
“彼が選ぶ令嬢”が誰になるのか──すでに賭けの対象になっているらしい。
その空気を感じながら、私はワインに口をつけた。
そのときだった。
「……ヴァルフォード令嬢が、貴族令嬢に突き飛ばされたらしい」
噂が走った。
聞けば、食事の合間に他国の商会令嬢と接触した際、ほんのわずかな“口論”があったらしい。
「社交に慣れていない子が調子に乗ってるのよ」と、誰かが笑った声が聞こえた。
私はその場を離れ、急ぎ控室へ向かう。
そして、扉の前に立っていたリオンの姿を見つけた。
「……エリセ様に、何か?」
問いかけると、リオンは一瞬だけ目を伏せた。
「……無傷です。ただ……ほんの少しだけ、心が傷ついたかもしれません」
「……」
彼の声は低く、冷静だった。
けれど、その指先はかすかに震えていた。
私は扉を開け、中に入る。
そこにいたのは、窓辺に背を向けて立つ私自身だった。
「ごめんなさい、気を遣わせてしまって」
私の言葉に、エリセはふっと笑った。
「慣れているわ。昔から、私が誰かの隣に立つと、そういう目で見られるの」
部屋を出るとき、リオンがふと言った。
「……こんなとき、俺が殿下なら。……いや、失礼しました」
「……いいえ」
私は立ち止まった。
彼の声には、確かに感情があった。
「あなたが、殿下でないことを……私は少し、救いに思っているのかもしれません」
その頃、王都ではクラリスとマリアが密かに顔を合わせていた。
「そろそろ“次の一手”を打ちませんとね。エリセ様が外交の場で注目を集めるたび、殿下の心は傾いてゆく」
「……私は協力するとは言っていませんわ」
マリアは静かに、冷えた紅茶を口にした。
「けれど、あなたも殿下を愛しているのでしょう? それは、私も同じです」
クラリスの目は、冷たいほど真剣だった。
「ならば、“どちらがふさわしいか”を証明しましょう。愛も、立場も、才知もすべてを賭けて」