【第14話】 誰にも見えない私を、あなたが見た(クラリス)
――クラリス・モンテローザ侯爵令嬢・視点――
子どもの頃から、“完璧”を求められてきた。
美しくあること。賢くあること。感情を抑え、冷静に。
モンテローザ家の一人娘として生まれた私は、ずっと「正しい器」になるよう育てられた。
でも誰も、私の中身には興味を持たなかった。
「さすがクラリス様」「なんと才気あるご令嬢」「完璧ですわ」
そんな言葉の裏には、いつも距離と評価があった。
私は、“他人の望む自分”として、いつしかそれを演じきるのが当然になっていた。
そんな私が、セドリック殿下と初めて言葉を交わしたのは、十三の時。
学問と礼法の発表会で、私は模範的な答弁を披露し、周囲の貴族から称賛を浴びていた。
けれど——
彼だけは、違った。
「君の答えは正しい。でも、それは“他人のために整えた正解”のように思える」
その言葉は、胸を鋭く突いた。
同時に、私は初めて“自分という存在”を見抜かれた気がして、恐ろしくて……そして、嬉しかった。
その後も、殿下は私を“表面ではなく中身”で見ようとしてくれた。
「クラリス嬢、君の分析はとても冷静だ。周囲が浮ついていても、君だけは本質を見ている」
あのときの、心臓が跳ねるような感覚。
(……ああ、好きになってしまった)
初めて、自分の価値が“他人の理想”ではなく、“私自身”として見られた気がしたのだ。
それから私は努力を重ねた。
より完璧に、より強く、より彼に“必要とされる女”になるために。
でも、時間が経つにつれ、彼の視線は別の誰かに向きはじめた。
“白薔薇の娘”――エリセ・ヴァルフォード。
没落貴族の令嬢。社交界での立場も、実家の力も、私には到底及ばない。
それなのに、彼は彼女に心を傾けている。
どうして?
あんな不安定な立場で。あんな儚げな態度で。
私のように、未来を計算して準備を重ねてきたわけでもないのに。
私は怖いのだ。
愛されたい。
けれど、愛されたことがない。
だから私は、愛を“得なければならないもの”として考えてしまう。
まるで勲章のように。戦いの報酬のように。
「……殿下。あなたが私を選ばないというなら」
「私は、あなたを誰にも渡しません」
その言葉を、私は心の奥で何度も繰り返している。
欲望と恋が入り混じったこの気持ちは、もう止まらない。