【第1話】王太子の婚約者? はい、辞退でお願いします
王太子殿下の花嫁候補に選ばれました——って、え? それ、誰の話ですか?
……って、私のこと!?
その報せを聞いた朝、私は紅茶を噴きそうになった。可憐で完璧な公爵令嬢の朝食風景が、一瞬で崩壊寸前である。
(なんの冗談? 誰かの悪い噂流し? それとも……罰ゲーム?)
しかし、目の前の母は静かにうなずき、父は満足げに新聞をたたんでいる。どうやら、冗談でも罰ゲームでもないらしい。
「エリセ、名誉なことよ。王家に嫁ぐなど、家の誇りそのものだわ」
「……はい」
この場ではそう答えるしかない。けれど、心の中では全力で叫んでいた。
(やだやだやだやだ! 王妃とか無理だし! ていうか、私、自分の結婚くらい自分で決めたいんですけど!?)
そう、私はエリセ・ヴァルフォード、十八歳。世間的には「美しくて礼儀正しく、欠点のない公爵令嬢」として知られている……らしい。
でも実際は、読書好きで反骨精神強め、自分の人生は自分で決めたいタイプである。
政略結婚? ご冗談を。
王家に嫁いで、見た目とお行儀だけで一生過ごすとか、まさに人生の牢獄じゃないか。
しかもよりによって、王太子セドリック殿下。
“完璧すぎて人間味がない”と評判の冷徹王子である。そんな人と結婚して一体どんな会話が生まれるというのだろう?
(天気の話とか……?)
想像しただけで鳥肌が立った。
でも。
世の中は、そんな私の意思などお構いなしに、粛々と婚約へ向かって進んでいく。
つまり——ここから、私の反逆が始まるってこと。
その日、屋敷の廊下で私は一人の騎士とぶつかった。
正確には、彼が花瓶を運んでいて、バランスを崩したところに私が通りかかっただけなのだけれど。
「す、すみません! ご令嬢、大丈夫ですか……!」
「大丈夫よ。私の方こそ、気づかなくてごめんなさい」
顔を上げた彼と、目が合った瞬間——時間が止まったような感覚がした。
深い森を思わせる緑の瞳。
どこか陰のある、でもまっすぐな視線。
(……なに、この人)
「名を聞いても?」
「リオン・カーディスと申します。王太子殿下の近衛を務めております」
……え?
よりによって、また「王太子」関連ですか?
人生、どこまで私を王家に絡ませたいんだろう。嫌がらせかと思うほどだ。
でも、このリオンという青年。どこか放っておけない空気を纏っていた。
そしてなぜか、私はその日の夜、彼の瞳を何度も思い出すことになる。
王太子の婚約候補という立場。
自由になりたいという想い。
そして、偶然出会った謎めいた騎士。
——この三つが交わった瞬間、私の人生は音を立てて動き始めた。