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第2話:海鳴り、交渉の夜明け




 四鬼王の襲撃は、ヤマト国を疲弊の淵に追いやった。

 九州山地は炎の鬼の焔に呑まれ、陸軍の陣地が灰と化し、更に勇躍して佐世保の軍港部分をも焼き尽くした。瀬戸内海では水の鬼が海を荒れ狂わせ、海軍の艦艇を波の轟音と共に水底に沈めた。

 上毛三山の突風は兵を空に吹き飛ばし、八ヶ岳では土の鬼が大地を裂き、師団を呑み込んだ。

 戦死者は十万を超え、国家予算は底をつき、台湾や朝鮮の国外領では匪賊が横行した。


 諸外国は、ヤマトで内戦が起きたと誤解した。政府と軍が四鬼王の情報を秘匿したためだ。

 真相が明らかになるのは、帝と鬼の王の戦闘終結後、統治方針の約定が結ばれてからだった。






 鬼の王たちとの争いが始まって二年後の西暦1914年夏、欧州で大戦が始まる中、ヤマト国はさらなる試練に直面していた。


 帝は旧都の宮殿で、独り悩んでいた。

 四鬼王との戦い、欧州大戦への対応、大英帝国との同盟によるドイツ帝国への宣戦布告。だが、軍は疲弊し、中華民国のドイツ租借地への派兵は夢物語だった。

 特に海軍は佐世保、呉、横須賀の鎮守府を鬼の王に監視され、艦艇を出港できず。唯一、舞鶴鎮守府が動かせたが、燃料不足で遠征は不可能だった。


 帝の心は重かった。

 指導者としての重圧、先帝の言葉――「汝は身の門にはなれぬ」。この頃、帝は帝位を譲ることを考え始めていた。

 誰が帝でも、母国は救えぬのか。悩む帝が空を見上げると、(あお)く輝く月が浮かんでいた。九州、四国、近畿では碧色に見えるが、東日本や諸外国では通常の月。

 ヤマト駐在の各国公使は「不可解極まりなし」と報告していた。


 そんな事を考えていた時、突如少女のような声が帝の耳に響いた。


「帝よ、何を悩む?」


 思わず帝が声がした方へ振り返ると、黄金の髪を腰まで伸ばし、翠の瞳を持つ小柄な少女が立っていた。

 文献にある古代ヤマトの衣装を纏い、気品と動きやすさを兼ね備えた姿。帝が側近を呼ぼうとすると、少女は微笑みつつ、こう述べた。


「無駄じゃ。皆、我の術で遠ざけた。まあ、無意識に働きかけただけじゃが。」


 その話を聞き、帝は息を呑んだ。少女は話を続けた。


「ほぅ、物分かりが良いな。だが、"身の門"の資格は無さそうじゃの。我は……とりあえずサーナと名乗ろうか。空に見えておる、あの碧の月――ヤマトの文献では高天原――の統治者の名代じゃ。ちなみに真の名を持ってはおるが、まだ明かせぬ。我が属しておるは長命族、見た目は幼いが、汝より遥かに長く生きておる。」


 帝は驚きを抑え、問うた。


「高天原の使者よ、ヤマトに何用だ?」


 サーナは淡々と語り始めた。


「あの四鬼王は碧の月で力比べから争いを起こしての。統治者の会議で蒼の月――ヤマト――への流刑が決まった。これは千数百年ぶりの処罰じゃ。本来ならば力を封じて流刑とするが、思いもよらず門の封が解け、その混乱に乗じて彼らは強大な力のまま逃げ出した。今や帝も知る通り、ヤマトを荒らしておる。そして、門は開いたまま、碧の月から再度封じる術は無い。」


 帝の脳裏に、先帝の言葉が響いた。


「秘術が失われた……」


 サーナは続けた。


「我は統治者の名代として、鬼の王の力を封じるか、ヤマトの民が対抗できるまでに奴らを弱体化させるために来た。帝よ、可能ならば協力せよ。」


 帝は好意的に頷いたが、一つ疑問が浮かんだ。


「碧の月とヤマトを取り持つ者とは?」


 サーナは答えた。


「汝を含む帝の一族と、我らの間を取次ぎ、連絡を取る者たちじゃ。だが、連絡が途絶えた。」


 考え込んだ末、帝は一つの事に思い当たった。


「もしや、それは神祇伯の事か? もし、それならば先帝の代で廃され、保有していた秘術も当代の神祇伯が亡くなった事で失われたハズ。」


 サーナの表情が一変した。


「な、なんじゃと!? シンギハクの一族が秘術を失ったのか! 道理で連絡が取れぬ訳じゃ……」


 少女は動揺し、帝の前を右往左往しながら呟いた。

 帝はその姿を見て、不思議と安堵した。碧の月の使者とはいえ、少女らしい動揺は人間味に溢れており、その有り様を見て帝は「信じても良いかもしれぬ」と思った。






 後日、帝は神祇伯の血縁者を召し出し、改めて確認した。


「先帝に施した秘術は父が施しましたが、私はその秘術を伝授されておりませぬ。」


 その話を知り、愕然としつつ帝は呟いた。


「文明開化の名の下に、神祇伯を廃止したは誤りだった。母国(ヤマト)運命(みらい)を狂わせた……」






 帝が目の前の少女を信じても良いと思ってから数分後、サーナは真剣な表情に戻り、帝に告げた。


「帝よ、鬼の王と直接交渉せぬか? 我が同行し、必要なら兎人兵の精鋭を護衛に配する。力を封じるか弱体化させるかは、奴らの態度次第じゃ。」


 帝は躊躇した。四鬼王の暴虐は、海軍の誇りだった三笠や、後継艦でもある河内を大三島沖で沈め、陸軍を壊滅させた。台湾、朝鮮の治安は崩れつつあり、ヤマト国は内外で限界が迫っていた。

 だが、サーナの提案は危険ながら可能性を秘めていた。側近の影口を思い出し、帝は決断した。


「準備に時間が要る。可能か?」


 サーナは凛々しく微笑んだ。


「案ずるな。我に任せよ。速やかに準備する。」






 その後、サーナは帝の側に常在した。

 側近や軍首脳には彼女の姿は見えなかったが、彼女は悪戯っぽく笑みを見せつつ、こう述べる。


「彼らの意識を弄り、我の存在を隠しただけ。空気のようなものじゃ。」






 ある夜、サーナは帝に告げた。


「ヤマトは外に土地を求めすぎた。台湾や朝鮮はヤマトにあらず。他国の真似は上品とは言えぬ。」


 その発言に、帝は答える。


「今から50数年前、先帝が即位なされた時代、我が国は欧州列強に蹂躙される可能性があった。そんな世界の姿を見て、鎖国では生き残れぬと皆が思った。先帝や群臣は母国(ヤマト)の存続のため、領土拡張を選んだのだ。」


 その話を聞き、サーナは眉をひそめつつ、こう反論した。


「ヤマトは門地として小さくあるべきだ。無駄に広がれば、己を見失う。我らだけでなく、四鬼王も、荒々しくとも同じ思いでは?」


 この話に帝は驚いた。その様子を確認してサーナは話を続けた。


「鬼の王と和睦し、奴らをヤマトの味方にせぬか? 領土拡張を止め、本来の版図に戻れば、碧の月の統治者と代案を話し合う。ヤマトの国と民に損はさせぬ。」


 帝は言葉を失った。

 領土拡張の放棄は、政府と軍を敵に回す。だが、サーナの言葉は、先帝の予言を超える希望だった。


「帝ならば指導力を発揮せよ。汝は飾りか?」


 サーナから挑発され、帝は迷った。

 碧の月との(よしみ)は、植民地化より大きな富をもたらす。だが、帝室の正統性に傷がつく恐れも。

 思案する帝を見て、サーナは微笑みながら、こう述べた。


「悩むのは後じゃ。まず、鬼の王をどうするか。版図の件は後で考えようぞ。」


 帝は頷き、それ以上の思考を止めた。

 考えすぎは月の光無き無明の様なドツボに嵌まるだけだった。







 それから暫くのち、瀬戸内海を、駆逐艦「海風」が航行していた。帝の親書を水の鬼の王に届ける、危険な密命を帯びて。

 この艦には、かつての"日本海海戦"の立役者でもある海軍大将・東郷平八郎が乗っていた。


 東郷は当初、難色を示した。かつての座乗艦である三笠を失い、自身も同じ運命を辿る恐れがあった。

 だが、帝が「自ら赴く」と言い出し、側近が騒然とする中、東郷は決意した。


「これが儂の、最後の奉公だ。」


 海風は小型だが、かつて最速の駆逐艦と言われていた。艦長は東郷の座乗に震え、乗組員に「無礼は許さぬ」と誓約書を書かせた。

 暫くして、海面が荒れ、雲行きが怪しくなった。

 その様子に艦長が呟いた。


「水の鬼の王が現れる前触れです。」


 艦長の呟きを聞き、東郷は船首に立ち、叫んだ。


「我は東郷平八郎! 帝の命を受け、親書を携えた! 水の鬼の王よ、現れ出でよ! 武器は持たぬ。兵に手向かいは禁じた!」


 静寂が海を支配した……その次の瞬間、水柱が上がった。

 体色が水色の巨人が現れ、その巨躯から滴る水が海風の甲板を溶かし、独特の匂いが場を包み込んだ。

 巨人は東郷を見下したが、東郷は視線を返し、沈黙が流れた。


 水の鬼の王が唸った。


「鬼の王を前に毅然とするか。どうやら修羅場を潜った者のようだな。後ろの怯えた者たちとは違う。」


 艦長や、物陰から見ていた乗組員たちが震える中、東郷は親書を手渡した。

 鬼の王は読み、笑った。


「帝が交渉を望むか。力の差に心が折れたな。よかろう。旧都の宮殿で会おう。他の鬼の王にも報せる。」


 水の鬼の王は最後に東郷に告げた。


「また会えば、ゆっくり話したい。汝のような者は稀な存在だ。」


 それに東郷は答えず、鬼の王もまた、返事を待たずに海に溶けた。


 全てが終わったあと、海風は静寂に包まれていた。






 ー その3につづく ー

 



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