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作者: 伊渕和人

ビリリビリリと大きな音が部屋に響く。

私自身この音を好意的に思ったことはない。

耳障りだからだ。

しかし、この音はなかなか癖になる。

達成感だろうか、それとも他の感情であろうか。

1ヶ月に1回しか聞けないのだから特別な感覚を覚えるのも無理ないのだ。

そんな妙な納得をしてしまう。

そして、その感覚は次第に短く、特別でなくなっていくのだと心がざわめいた。


小さいときにはその耳を貫く快音が長い長い一月という時の終幕、そして新たな月の開幕のファンファーレに思えた。また、季節が変わる、4月、7月、9月、12月。年の変わる1月はより特別に感じた。

心の汚れによって今の私はかつての自分を競馬場にいる競走馬のように感じてしまう。

あのときに感じた妙な期待感は、未来の自分が紙切れと手汗を握りしめて行っていた賭け事の期待なのだろうか。

考えているうちにもビリリという音が近づいているように思えた。

近づいてくる、あの音にわたしは恐怖しているのかもしれない。

三十と、あと一つ。その一つはないときもあるが。

黒い数字が背後にある恐怖。

後悔はその数字が束になって攻撃しているようだった。

こんなことを考えるようになった自分の成長に涙し、汚れ逝く姿に怒った。


かつての自分。何事にも挑戦した前向きな少年は区切りのないような一本道を走り抜けていたようだった。

しかし、耳に残るあの音を重ねていくうちに道が2つ、4つ、8つ…と増えていき、迷い込んだこの場所はまるで答えのない迷いの森だ。

でも木々の隙間に一本道を走っている人間が見える。

本当は遠いのだが自分の目には十歩も歩いたら合流できる距離にあるようだった。

その人間は単体じゃなかった。

たまに仲間と思わしき人間。否、人の皮を被った欺瞞の塊が近寄っているのだった。

羨ましさが心の奥底から湧き出てくる。

自分も彼のようになりたいと。

彼のように認めてもらいたいと。

気づけば自分ではない何かが自分になっていた。


自分とはこんなにも憐れで滑稽であったのだな。

ここで初めての気付きがあった。

自分自身について何も知らなかったこと。

痛みの一つ感じなかった傷だらけの体があったこと。

知識という善なるものが木になって体に刺さって人生の枷になっていたこと。

体験という過去に囚われていたい思考の土が泥濘み足を飲んでいっていること。

いっときの感覚に身を任せた欲望に襲われていること。

そんな自分を初めて知った。


知る機会を与えた一枚の厚紙。

耳障り極まりないあの厚紙。

人生なのだと思った。

たかだか紙切れ一枚に、足元をすくわれる感覚になっている自分の心は実に可憐なのであろうか。

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