5.天才魔導士セリーヌ
数日後、アルフレッドは北方の森を抜け、開けた丘陵地帯にたどり着いていた。アルダールの街はまだ遠いが、地図によれば、途中にある小さな町で補給ができるはずだ。
「ようやく人里か……少しはまともな飯が食べられるだろうな。」
アルフレッドはほっと胸を撫でおろした。干し肉ばかりの食事にはさすがに飽きていた。
だが、その安堵も束の間だった。町へ向かう途中、小川のほとりで奇妙な光景を目にすることになる。
小川の近く、白いドレスを着た少女が一人で立っていた。腰まで届く銀髪が陽光を浴びてきらきらと輝き、その端正な顔立ちからはどこか気高さを感じさせた。しかし、何よりも目を引いたのは彼女が手にしている奇妙な魔法の杖だった。杖の先には、透明な球体が浮かび、ゆっくりと回転している。
「なんだあれ……?」
アルフレッドは思わず呟いた。魔力を持つ者の感覚で、その杖が普通のものではないとすぐに分かったからだ。
そのとき、少女が突然アルフレッドの方に振り返り、じっと彼を見つめた。その瞳は美しい琥珀色だったが、彼を見つめる視線には警戒心が宿っている。
「そこの少年、あなた……私を尾行しているの?」
彼女は冷たい口調で問いかけてきた。
「は? 何言ってんだ、俺はたまたまここを通っただけだ!」
アルフレッドは慌てて否定するが、彼女はじっと目を細めた。
「本当に?」
杖を軽く振ると、周囲の空気が歪み、小さな光の矢がアルフレッドの頭上に浮かび上がる。
「ちょ、ちょっと待て! 話せば分かるだろ!」
慌てて手を挙げるアルフレッド。だが、少女は容赦なく矢を放とうとする。
「尾行していない証拠を見せなさい!」
「証拠ってなんだよ!? 俺はただ腹が減って――」
彼が言いかけたその瞬間、地面がぐらりと揺れた。近くの茂みから、大型の魔獣が突然姿を現したのだ。それは体毛が燃えるように赤く光る狼で、口からは灼熱の息を吐いている。
「グルルル……!」
アルフレッドは即座に構えを取り、少女をかばうように前に出た。
「くそっ、こんなところに魔獣だと!? あんた、下がってろ!」
しかし、少女は驚くどころか、むしろ冷静に魔獣を見つめていた。
「この程度の魔獣、私一人で十分よ。」
彼女は杖を掲げ、流れるように呪文を唱え始めた。杖の球体が強烈な光を放つと、まばゆい閃光が魔獣に向かって放たれる。閃光が命中すると、魔獣は悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。
「……なんだ、それ?」
アルフレッドは呆然と少女を見つめた。彼女が放った魔法の威力は、アルフレッドの想像をはるかに超えるものだった。
魔獣を倒した後、少女は何事もなかったかのようにアルフレッドを見上げた。
「どうやら、本当にただの旅人みたいね。疑って悪かったわ。」
「いや、それはいいけど……お前、何者なんだよ? その杖も、今の魔法も普通じゃないだろ。」
少女はふっと笑い、胸を張った。
「私の名はセリーヌ。大陸中を旅する天才魔導士よ。これでも、少しは有名なのだけど?」
「天才魔導士?」
アルフレッドは眉をひそめた。どこかで聞いたことがある気がするが、目の前のセリーヌという少女がその“天才”にしては少し抜けた感じに思えて、半信半疑だった。
「そう、天才魔導士よ!」
セリーヌは胸を張り、自信たっぷりに答えるが、すぐに顔を曇らせた。
「……まあ、最近は色々あってね。今はこんな田舎道をうろついているわけだけど。」
「それで?」アルフレッドは腕を組み、興味を抑えられない様子で尋ねた。「その天才魔導士様が、どうしてこんなところで魔獣と遊んでるんだ?」
「遊んでないわよ!」セリーヌは慌てて否定した。「この辺りに危険な魔獣が現れたって噂を聞いたから、調査してただけ。でも……あの狼型の魔獣、さっきのが最後みたいね。」
「ふーん、まぁ、お前のおかげで助かったよ。」
アルフレッドは軽く礼を言い、歩き出そうとしたが、セリーヌがすかさず後をついてきた。
「ちょっと、待って!」
「なんだよ、ついてくるのか?」アルフレッドは足を止めて振り返った。
「もちろん! あなた、なかなか面白い魔力を持ってるわね。それに――」セリーヌはアルフレッドの顔をじっと見つめると、にやりと笑った。「その炎、ただの魔力じゃないわね。普通の魔導士には扱えないタイプの力を感じる。」
アルフレッドは少し動揺した様子で目をそらした。
「俺の魔力がどうだろうと、関係ないだろ。」
「あるわよ!」セリーヌはぐいっとアルフレッドに詰め寄った。「私、気になるものを見過ごすなんてできない性格なの。だから、しばらく一緒に行動するわね!」
「勝手に決めるな!」アルフレッドは抗議しようとしたが、セリーヌの目がキラキラと輝いているのを見て、妙に断れなかった。