3.精霊
赤の洞窟は、炎と熱気に満ちた闘技場と化していた。アルフレッドの放つ炎は轟々と燃え上がり、精霊の姿を一瞬包み込む。だが、次の瞬間、精霊はまるで何事もなかったかのように炎の中から現れた。
「その程度か、焔の継承者よ?」
精霊の声には失望の色が滲む。
アルフレッドは歯を食いしばり、両手を前に突き出した。さらなる魔力を解放する。その手の中で炎がさらに膨らみ、洞窟全体を明るく照らす。彼は渾身の力を込め、巨大な火球を精霊に向かって放った。
しかし――。
精霊はその火球を羽ばたき一つでかき消した。まるでアルフレッドの攻撃など、そよ風にも等しいと言わんばかりの態度だ。
「お前の力は確かに強い。だが、それは未熟だ。ただ破壊するだけの炎に過ぎない。」
精霊の言葉はアルフレッドの胸に深く突き刺さった。自分の炎が受け入れられないことに、悔しさが込み上げる。
「まだだ……俺は、こんなところで負けるわけにはいかない!」
アルフレッドは再び炎を生み出そうとする。しかし、その手は震え、魔力が制御できなくなっていた。体力と精神力の限界が近い。膝が崩れそうになるが、彼は歯を食いしばって耐える。
そのとき、精霊が鋭い声で問いかけた。
「何故、お前はその力を求める?その命を懸けてまで手に入れようとする理由は何だ?」
アルフレッドははっとして動きを止めた。これまで「強くなりたい」という思いだけで突き進んできたが、その理由を深く考えたことはなかった。
彼は思い出す。村で恐れられた日々、孤独の中で魔力に苦しんだ時間。そして、そんな彼を支えてくれた人々――リカルドやエミリアの顔が浮かぶ。
「俺は……守りたいんだ。」
アルフレッドは弱々しく呟いた。
「村のみんなを、俺を信じてくれた人たちを。俺がこの力を制御できるようになれば、もう誰も失わずに済む。俺は、破壊するためじゃなく、守るためにこの力を使う!」
その言葉が洞窟全体に響き渡った瞬間、精霊の炎が一瞬揺らいだ。
「守るための炎……か。面白い。」
精霊はその巨大な体を再び炎に変え、アルフレッドに向かって迫ってきた。彼の周囲を炎が包み込み、逃げ場はどこにもない。
「最後の試練だ。私を受け入れられるかどうか、見せてみよ!」
アルフレッドは熱波にさらされ、皮膚が焼けつくような感覚に襲われた。視界は揺らぎ、呼吸もままならない。それでも、彼は膝をつかず、精霊の炎の中で立ち続けた。
「俺は逃げない……!」
握りしめた拳を見つめる。そこには、幼い頃から彼を苦しめてきた力が宿っている。しかし、それは今や自分自身の一部であり、誰かを守るための力になるはずだと信じていた。
「炎よ、俺に応えてくれ! お前が俺を選んだんだろう! ならば俺も、お前を受け入れる!」
彼の叫びと共に、内なる魔力が解き放たれた。アルフレッドの体を包む青白い炎が突然燃え上がり、精霊の赤い炎とぶつかり合う。洞窟全体が光に満たされ、轟音が響き渡った。
光が収まり、洞窟は再び静寂に包まれた。アルフレッドは息を切らしながら、その場に膝をついた。周囲の炎は消え去り、洞窟内は薄暗い光だけが漂っている。
彼の前には、かつて巨大だった精霊が、今は人間ほどの大きさになって立っていた。炎でできたその体は穏やかに揺らめき、その目には深い慈悲の光が宿っている。
「よくやった、焔の継承者よ。」
精霊の声は、先ほどまでの威圧的な響きではなく、温かさを含んでいた。
「お前の炎は、確かに未熟だ。だが、その中に確かな信念がある。破壊のためではなく、守るための炎――それこそが、焔の継承者の本質だ。」
アルフレッドは静かに立ち上がり、精霊の言葉を受け止めた。
「俺は、これからどうすればいいんだ?」
精霊は微笑むように顔を傾けた。
「私の力をお前に与えよう。だが、それは貸しだ。お前が真にその力を理解し、世界をどう導くか、見定める必要がある。」
精霊が手をかざすと、アルフレッドの体に温かな光が降り注いだ。その瞬間、彼の中に新たな力が満ちるのを感じた。まるで精霊の炎そのものが、自分の血となり肉となるかのようだった。
「お前がこの力を正しく使うならば、私はいつでもお前の傍にいるだろう。しかし、もし道を誤れば――その時は私自ら、お前を焼き尽くす。」
アルフレッドはその言葉に力強く頷いた。
「分かった。俺は絶対に、この力を間違ったことに使わない。」
赤の洞窟を出たアルフレッドは、周囲の景色が以前とは違って見えることに気づいた。空の青さ、木々の緑、風の音――すべてが鮮やかで、生き生きとしている。力を手にしたからだけではなく、自分自身が一歩前に進んだという実感があったのだ。