あなたと彼女の逃避行! ~すみません、最強の防御系スキルって管理人の金髪美少女に説明されたんですけど、これ、明らかに変態系スキルですよねっ!?~
あなた「移動!」
そう叫ぶことで、スキルが発動する!
あなたと管理人の一対一のやりとり、始まります!
あなたが緊急事態を回避した時、別の場所に瞬間移動していた。
ここは、五メートル四方ほどの空間だ。落ち着いた雰囲気で、床は木目になっている。奥には食器棚やカウンター席もあり、小さな喫茶店のようにも見えた。
あなたのすぐ前では、白いセーラー服姿の少女が背中を向けて、少し前かがみの格好になっている。
女子高生のあなたと、同じぐらいの年齢だろうか。彼女の背中で垂れる、一本の三つ編みになった長い金髪が目立つ。
しかしながら、もっと目立つ点があった。
美少女がミニスカートを大胆にたくし上げて、白い下着を穿いたお尻側を丸見えにしている点である。
「ようこそ、お越し下さいました。ご主人様」
少女はお尻を向けたまま、あなたに横顔を見せてあいさつする。彼女の半袖セーラー服の襟や袖口、ミニスカートは薄い緑色で、めずらしい。襟や袖口には、白い線が二本ずつ入っている。
「……あなたは誰?」
セーラー服の少女へと、あなたは質問をした。なお、あなたのほうは、目立たない紺色のブレザー制服を着ていた。
「私は、こちらの空間の『管理人』です。貴女様の僕として、精いっぱい務めさせて頂きます。よろしくお願いします、ご主人様」
彼女の言葉遣いは丁寧だったが、あなたに背とお尻を向けたままでいる。
「こちらこそよろしくお願いします……。……色々聞きたいことはあるんだけど、まずは一ついい?」
「はい、ご主人様」
「なんであなたは、ずっとお尻を見せているの?」
不自然な格好のままでいる彼女へと、あなたは再び質問した。
「ご主人様は、最強の防御系スキル『安全完全空間』を使ったのですよね?」
「うん……確か、そんな名前のスキルだったと思う。移動って叫んだらスキルが発動するってことで使ったら、急にここに飛ばされて来たんだよ」
「その通りです。スキル『安全完全空間』は、こちらの隔離された空間に来ることで、相手の攻撃を全て遮断出来るので、最強の防御系スキルと私に呼ばれています。管理人の私がスカートをたくし上げてお尻を晒している間だけ、スキルは持続するのです」
白くて綺麗な下着を見せたまま、彼女は説明する。
「それだと、むしろ変態系スキルじゃない?」
あなたは疑いの声で意見した。
「変態系なのか、防御系なのか、ご主人様には実体験の後に、ご判断をして頂きましょう。――良いですか? こちらに戻る際は再び、移動と叫んで下さいね。それがスキルの発動条件です。お忘れなきよう……」
彼女はそっと、ミニスカートの裾を戻した。
□
あなたはスキルを行使し、急いでこの安全完全空間に戻った。
「お早いお帰りですね、ご主人様」
のんびりとした声で白い下着を見せる少女に、あなたの怒りが頂点に達する。
「ふざけないでよッ! なに勝手に向こうに戻してんのっ! やっばい状況だったからこっちに来てたんだよッ!」
「『安全完全空間』が最強の防御系スキルだと、お分かり頂けましたか?」
管理人の少女から諭すように言われて、あなたはけんか腰をやめた。
「……そうだったね、私がスキルを疑ったのがいけなかったんだよね。ごめんなさい」
「私のほうこそ、乱暴な手段を使ってしまい、すみませんでした。……では、ご主人様。まずは正確な状況を、私に教えて下さいませんか?」
「状況か……。私は、異世界転移して、こっちの世界に来たみたいなんだよ。なんか、目の前に変な案内画面みたいのが出て、この国の危機を救ってほしい、みたいな話と、いくつかの情報……与えられたスキルのことも書いてあったんだ」
スキルの内容に目を通していなかったら、あなたの命は危ないところだった。
「でもさ、私が召喚されたの、森の中だよ? 異世界人を召喚するにしても、お城に召喚して、そこで王様が丁寧にお願いしますって口頭で伝えるのが筋ってもんじゃないの?」
「ご主人様のお怒りはごもっともです。こちらの世界の非常識な方々に代わって、お詫びいたします」
この少女のこともあなたは非常識だと思ったが、一応は信用する。
「あなた……この空間の管理人さんだっけ? 管理人さんって呼んでいい?」
「はい、ご主人様」
「……管理人さんが、私を異世界に召喚した人なの?」
「いいえ。私は、ご主人様の防御系スキル『安全完全空間』の一部です。ご主人様が異世界召喚されたことによって、私はこちらの空間とともに誕生しました。貴女様のスキルの管理をすることが役目で、私がご主人様の生死を担っているとも言えますね」
「それなら、もう勝手にあの森には戻さないでよ。あの化け物が襲い掛かってきて、本当に死ぬかと思ったんだから」
あなたはその時に味わった恐怖を忘れられそうにない。あれは本当にヤバい生物だった。
「森に魔物さんがいたのですね。どのような魔物さんと遭遇されたのでしょうか?」
「森の木ぐらいはありそうな、大きな人型モンスターだった。私を見つけたら、急にすっごいスピードで追いかけて来たの。武器もなんにもないし、あんなの対処出来るわけないよ」
「そのような大型の魔物さんが森にいると、治安が悪いですよね。さらに詳細な情報を私に教えて下さい」
「ええと、人型なんだけど、肌の色は緑で、顔は怖くて、なんとなく豚みたいだったかな」
恐怖の対象にしかならないあの魔物は、思い出すだけでも恐ろしい。
「豚さんのようなお顔で大きいとなると、オーク型の大型種、『スーパーオーク』さんだと思われます。見かけることは少ないので、ご主人様は運が良かったのかもしれませんね」
「そんな運は要らないよ」
ただ、素晴らしい太ももと、高級そうで大胆なレース付きショーツを眺めていられる点は、あなたでも幸運に思えた。あの化け物をみるよりも、よっぽどいい。
「仮にスーパーオークさんだとしても、待ち伏せをするような知能をお持ちではないはずです。今、戻ったとしても、もうどこかに去っていると思います。再び遭遇しないよう、早めに森から脱出して下さい」
「えっ、また戻されるの?」
あなたは咄嗟に反応した。
「はい。ご主人様のご要望通り、私は今後、許可を頂いてから、スキルの解除をおこなうことにします。……今からご主人様を森に戻しますが、お覚悟はよろしいですか?」
「……すっごく嫌だけど、……お願い」
あなたが頼むと、彼女はミニスカートを下ろした。
□
あなたは即座に戻って来た。
「あいつ待ち伏せしてたんだけどッ! どーいうことなの! 話が違うっ!」
「……それはおかしいですね。スーパーオークさんは通常のオークさんよりも賢いでしょうが、ご主人様よりは賢くないはずです」
「私と化け物を比較しないで」
「本当にスーパーオークさんなのですか?」
お尻を見せている金髪三つ編みの管理人は、疑問の声を出す。
「私のほうが知りたいよ。ここって、時間は向こうと同じように流れるんだよね? 明日の朝までここで過ごせば、さすがにあのモンスターもいなくなってるんじゃないかな」
「ご主人様にご説明しましょう」
ミニスカート後部を両手で大きくたくし上げたまま、管理人はあなたへと体の正面を向けた。お尻側をあなたに見せていなくても大丈夫らしい。
白と薄緑のセーラー服の中央には、濃いめの緑のスカーフがついていた。
「こちらの時の流れは、実際の時間とほぼ同じです。最強の防御系スキル『安全完全空間』の中にいる限り、ご主人様は安全だと、私が保証いたします」
「それなら決まりだね」
安堵するあなたとは対照的に、管理人はいい顔をしなかった。
「いいえ。ご主人様がこちらにいる間には対価として、ご主人様の持つ『魔力』を頂いております。それは安全完全空間の維持のために、必要なものです。ご主人様の魔力の吸収は止めることが出来ませんし、長時間の魔力の消費は、命の危険にまで及びます。ですから、私と一夜をともにするのは、お勧め出来ません」
「その表現が嫌だけど……ここでやり過ごすのがダメなら、どうすればいいと思う?」
「『無限通路』を使いましょう」
「むげんつうろって、この左右の扉の先にあるの?」
安全完全空間内の壁には、窓が一切ない代わりに、扉が二つある。
「そうです。こちらの扉の先には、どこまでも直進する不思議かつ安全な通路があります。無限通路を移動した距離だけ、戻る位置を変えることが出来ます」
左右の扉は木製で、目立つような装飾は施されていない。
「つまり、通路を移動すればするほど、向こうで戻る場所も移動出来るってことだよね?」
「はい。数百メートル移動してから戻れば、モンスターさんにも気づかれないでしょう。ご主人様が消えた場所に戻って来ないことが分かれば、モンスターさんもさすがに諦めるのではないでしょうか」
「行くのには、どっちの扉でもいいの?」
「左が西、右が東です。東西を南北に変えたいのでしたら、魔力で変更も可能ですが、モンスターさんから離れたいだけなら、方角は気にしないで問題ありません。右でも左でも、お好きなほうをご自由にどうぞ」
「うーん、じゃあ、こっちで……」
あなたは西の扉を指差した。
「では、私の後に続いて下さい、ご主人様」
管理人は右手をスカートから放し、扉を開けた。
「扉は開けたままでもだいじょうぶです」
「うん」
あなたは彼女の後ろを歩く。スカート後ろ側をたくし上げたままの彼女の進む速度は遅かったが、あなたは彼女に合わせた。
無限通路は、どこまでも一直線に続いているらしい。周囲は暗いものの、壁に時折ついている照明の光のお陰で、全く分からないということでもない。横は二メートルないぐらいの幅で、高さも同じぐらいはありそうだった。
あなたは下着のほうではなく、セーラー服の襟へと垂れる金髪の三つ編みに視線を向け続ける。
何分か歩いてから、管理人は足を止めた。
「このぐらい進めば、もう安心だと思います」
彼女はあなたのほうに顔を向けて話す。
「ご主人様。ミニスカートを戻しても、よろしいですか?」
「……うん。また何かあったら、戻って来てもいいよね」
「ぜひそうして下さい。では、スカートを下げますよ……」
森へとあなたは戻った。
□
再び森の魔物と出くわした。だから戻って来た。
「あいつ追い駆けて来たんだけど、どーなってんのッ!」
切羽詰まった状態でいるあなたに対し、
「あぁ、ご主人様。貴女様はもしや、そのモンスターさんに好かれているのでは?」
下着を見せつける管理人は、かなりお気楽な雰囲気だった。
「――そぉんなワケないでしょ~っ! もしそうなら、凄い形相で向かって来るかッ!」
あなたはつい、強い口調で返してしまった。
「困りましたねぇ……。あれだけ離れても追跡されてしまうのであれば、もっと移動して、森を抜けるしかありませんね」
管理人は白い下着をあなたに晒したまま右手だけを放し、手の平を体の前で掲げた。そこに白い光が生まれ、青緑色の小さな物体が出現する。
「ご主人様。こちらの洗濯ばさみで、私のスカートを上部で固定してくれませんか?」
「なんか……管理人さんに対する嫌がらせみたいじゃない?」
あなたは嫌そうな顔をする。
「そのようなことは決してございません。少し両手で調べたいことがありますので、どうかよろしくお願いします」
「うん……」
気が進まないながらも、あなたは管理人のミニスカートの裏地をセーラー服の後ろの生地に重ねて、洗濯ばさみで挟んだ。これで彼女は、白い生地に覆われたお尻を晒したまま、両手を自由に使える。
「ご協力、ありがとうございました。私は、地図を出現させます。ご主人様はしばらくお待ち下さい」
一礼した後、管理人は木製カウンターに大きな地図を置いて、調べ始めた。
あなたは彼女の横について、地図を覗く。茶色っぽい一枚の地図だった。あなたの視線に気づいた管理人が森の描かれた地図の上を指差すと、緑色の四角い小さな光が出現した。
「こちらの現在位置から、向こうの平地へと進むことになります」
彼女が指先を滑らせ、森を抜けたところで動きを止める。
「先ほどよりも、距離が長いです。それと、何度もスキルを使ったり、こちらで過ごされたりして、ご主人様もお疲れではありませんか?」
聞かれて、あなたは疲れを自覚する。
「……けっこう疲れてるな~って気がするけど、問題ないよ。今度こそあのモンスターから逃げ切ってやるんだ。その後に、どこかで休むことにするよ。だから早く行こう、管理人さん」
「はい、ご主人様」
彼女は地図をカウンターに置いたまま移動して、西側の扉を開ける。あなたも彼女の後に続く。
管理人はスカートを持ち上げてはいないので、金色の三つ編みが垂れる背筋が伸びている。それでも進み具合はゆっくりだった。
「……ホントにあのモンスター、なんで私を執拗に狙うんだろう?」
あなたは後ろから話しかけた。
「ご主人様がお美しいからでは?」
「それを言うなら、管理人さんのほうが美少女でしょ」
あなたは彼女が美少女だと認識している。
「ありがとうございます、ご主人様。ですが、それは私が常に下着を見せているからそう思えるだけでしょう」
「見せないでいたほうが、常識的な美少女に思えるよ?」
「見せていないと、ご主人様はこちらにいられません」
「そこを面倒と感じるか、ありがたいと感じるか……」
あなたと管理人は、とにかく無限通路を進んだ。
「ご主人様。この辺りです」
管理人が足を止めた。
「向こうは、森と草原の境になります。なるべく急いで、スーパーオークさんことご主人様の未来の旦那様から」
「いや違うし」
「スーパーオークさんからお逃げ下さい」
「……了解」
あなたは少し納得行かない声を出した。
「では、洗濯ばさみを外しますね……」
固定されていたミニスカートを管理人が戻した後、あなたは再び向こうへと戻った。
□
あなたの体は、巨大な緑の腕に捕まっていた。
「例のモンスターさんも、ご一緒に来られたようですね。どうもスーパーオークさんとはだいぶ違うようで、私も驚きです。他の種族さん、あるいは変異種さんなのでしょうか?」
「冷静に考察してないで助けてよーっ!」
あなたは森を抜けて草原に出た直後、背後から凄まじい速さで追って来た魔物に捕まってしまった。
そのまま魔物が腕を上げ、あなたの体が宙に浮いた時にスキルを使ったため、今みたいなことになった。
管理人の調整のお陰で、あなたはいつも、安全完全空間の端に出現する。よって、魔物の体の大部分は空間の外にあって、見えなくなっていた。
「ご主人様。モンスターさんを安全完全空間にお連れ頂き、ありがとうございます。こちらの空間内に入り切らない大きさだったお陰で、空間外の部分から質の低い魔力がどんどん吸収出来ます」
空間内では全く収まらない巨大な魔物が暴れているものの、あまり揺れは起こらなかった。
「なお、モンスターさんの苦しむ叫び声がほとんど聞こえないのは、音量の操作をしているからなのですよ」
天井のほうでは、魔物の口より下がはみ出ていて、小さな声が出ている。
「音量を上げてみますか?」
「オーディオ感覚で言ってないでよぉ~っ!」
だんだんと魔物は衰弱し、拳に込める力も維持出来なくなる。この隙にあなたは管理人のすぐ横に逃げた。
あなたは魔物を直視する。
苦しむ様子がはっきりと伝わって来る。静かながらも、呻き声が痛々しく耳に入る。
あなたの心は揺れ動く。何度も襲い掛かって来た相手なのに、あなたは同情してしまう……。
「このままだと、このモンスター、どうなっちゃうの?」
「分かり切っていることをお聞きになられるのですね、ご主人様は。頭や胴体、片手や両足がはみ出た状態で、助かるわけがありません。今も私は魔力を吸収中です。魔力が尽きたら、モンスターさんはきれいさっぱり消滅します。それまでの間、ご主人様はこちらでお待ち下さい」
管理人はたくし上げをしたまま、淡々と語った。
「こんなこと言ったらいけないと思うんだけど……助けてあげることは、出来ないのかな?」
「ご主人様、正気ですか?」
「もちろん正気だよ。でも、こんなにも大きな生物が目の前で死ぬのを分かって見てるのは、残酷だと思っちゃうんだよね……」
あなたは甘い考えを述べた。
「……分かりました。ご主人様のご命令とあれば、私は拒否しません」
彼女があなたのわがままに応じ、あなたは意外に思えた。
「いいの?」
「はい。ご主人様はこちらのモンスターさんに触れて下さい。そうすれば、お二人は元の森に戻れます。モンスターさんも相当弱っていると思いますので、向こうで容易に逃げられると思います。ご主人様の寛大なお心も理解出来ずにまた襲って来るようでしたら、またこちらに逃げて来て下さい」
「分かった。……ありがとう」
あなたはただ、ほっとしていた。
「お次は、お一人で来られるよう、お願いいたします。再び、こちらのモンスターさんがご一緒にいらっしゃったら、もう恩情は与えませんよ?」
少し怖い口調で言われた。
「うん」
あなたははっきりと頷く。
「では、ご準備を」
管理人に促され、あなたは魔物の腕に触れた。硬い、奇妙な感触だった。
「いいよ。お願い、管理人さん」
「ご武運をお祈りいたします」
彼女はスカートを戻した。
□
あなたは一日振りに、この空間へと戻って来た。
「ご無事で何よりです。ご主人様」
管理人は嬉しそうな声だった。
「うん、遅くなってごめんね」
「それにしても、素敵なお姿ですね。どうされたのですか?」
白い布に覆われたお尻を見せながら振り返る管理人は、あなたの服に驚いていた。あなたが明らかに豪華な、青いロングドレスを身に着けているからだ。
「うーんと……説明すると長くなっちゃうんだけど、まずは、森に戻った直後の出来事から話すね」
「お願いします」
「あの巨大なモンスターが、――実は王子様だったんだよ!」
あなたは高ぶった声で伝えた。
「あんなに巨大な王子様が、モンスターさんの国を治めているのですか?」
「違う違う。王子様は婚約者の悪役令嬢に禁断の魔法で、あんなモンスターに変えられていたんだって。こっちの空間でギリギリまで負の力が吸収されたから、呪いの力が弱まって、元の姿に戻れたんだろうって話してた」
衝撃の事実に、昨日のあなたも驚いたものだった。
「正体が王子様だったとは、私もびっくりです。あのまま完全消滅させていたら、危うく王族を一人殺してしまうところでした。私がご主人様とともにあちらの森に戻してあげたから、大惨事は起きなかったのです」
管理人は手柄を誇る顔をする。
「えっ? 私が助けたいって言わなかったら、管理人さん、あのままここで消滅させてたよね?」
「はい」
「大惨事を救ったのは私では?」
「はい。異論はございません」
管理人は恭順の表情で大きく頷く。
「で、なんか婚約相手の悪役令嬢……メーロなんとかって名前だったかな。その人がね、色々不正を働いていて、それに気づいた王子様を行方不明の失踪扱いにしたかったらしいんだよ。王子様を殺害しちゃったら王位継承権が変わって婚約者の立場を利用出来なくなるから、苦肉の策でモンスターにしたみたい」
「ご主人様は何度も、あのモンスターさんに襲われていますよね。王子様にその自覚はあったのですか?」
「うん。モンスターになっている間、自分ではどうしようも出来なかったからって、私を襲ったこと、めちゃくちゃ謝罪してた。そのお詫びなのか、お城の中でこのドレスとか、このバッグ……中が魔法空間になっていてたくさん物が入るバッグをもらえたんだ」
あなたは高価そうなバッグを持ち上げて、管理人に見せる。
「ついでに、お金も欲しいと頼んだら、金貨もたくさんくれたんだよ。しかも、これはほんの一部で、後で改めてもっとくれるって王子様は言ってくれたんだけど、その機会が来ることはなかったんだ」
「王子様が暗殺されたのですね?」
「違うよー。次の日……というか、ついさっきの話だけど、私を表彰したいからということで、みんなが集まっている会場に連れて行かれたんだけど……そこに、いたんだよ! 婚約相手の悪役令嬢が! 私の紹介よりも先に、王子様が令嬢に婚約破棄を告げ始めちゃってさ! そんなところを間近で見られるなんて、本当に衝撃的だった!」
あなたは興奮を抑えられない。
「王子様が令嬢の悪事をいくつも暴露していたら、悪役令嬢が王子様に向かって、この王子は偽者! とか言い始めちゃって、往生際が悪いなって思ったよ。なんかそのまま、王子様側と悪役令嬢側で戦いが始まっちゃったんだよね」
二つの陣営の兵士達が剣を抜き、城内は騒然とした。あの戦場と化した場所に残ったままだったら、武器も防具も持たないあなたの命は危なかっただろう。
「王子様は、君のことは私が命に代えてでも守る! って格好いいことを言ってたけど、ずっとモンスターになっていて、元の体に慣れてなかったのかな。悪役令嬢の手下っぽい一般兵と五分五分の戦いをしてたから、私はこっちのほうが安全だと思って、今、逃げて来たって感じだよ」
「金品や衣類だけを頂いて、王子様を置いて来たのですか」
「人聞きの悪いふうに言わないでよ。金貨とかは、王子様を元に戻した対価としてもらっても、問題ないでしょ? 私だって殺されかけたんだし。そもそも私、行方不明になった王子様を捜すために召喚されたらしいから、目的は達成してたんだよ。足手まといにしかならない私がいないほうが、王子様も戦いに専念出来るだろうし」
「そうですね。王子様の生死は、私にも関係ありません」
「悪役令嬢も、王子の生死は問わないって言ってたな……。あの人、容姿は綺麗だったけど、マジで性格悪いんだろね。王子様には同情するよ」
「それでご主人様。これからは、どうされるのですか?」
管理人に聞かれ、あなたは少し考えた。
「……また無限通路を通って、お城から出来るだけ遠くに行きたいな。争いに巻き込まれないぐらいのところに。隣の町まで行けるかな?」
「無限通路では時間がかかりますので、代案をお出しします。王都の馬車乗り場に行って、そちらで馬車に乗るのはどうでしょう?」
「馬車かぁ……。二、三十枚ぐらいは金貨があるけど、一枚で行けそう?」
「じゅうぶんだと思います。お釣りがたくさん得られるでしょう」
「なら、馬車にしよう。……ちょっと着替えるから待ってて」
あなたは魔法のバッグを床に置き、中にしまっていた制服一式を取り出す。
「ご主人様のお着替えを見られるなんて、感動です」
「下着見せ続けてる管理人さんになら、今さら恥ずかしくも思わないけど、あんまり見ないで」
「あんまり見ませんが、ちょっとは見ます」
この後、あなたは青いドレスを脱いで、元々着ていた下着姿になり、着慣れたブレザーの制服を着用する。ドレスは魔法のバッグに放り込んだ。
「じゃあ行こう、管理人さん」
「はい、ご主人様。……方角を修正しますね」
管理人はテーブルの地図を目視して、スカートから放した右手でお尻の右側を叩いた。何度も叩き、その分だけ、少しずつ空間内が回転する。
「こちらでございます……」
管理人は右にあった扉を開けて、通過する。
先導たくし上げをする管理人の後ろを、あなたは進む。
管理人が足を止め、あなたのほうを向いた。
「馬車に乗っている最中に、もし盗賊さん達に襲われたら、いいですね? すぐにこちらへと移動するのですよ? その場合も、お独りでお願いします」
「馬車って、忠告されるほどの高確率で襲われるの?」
「一応の忠告です。では、スカートを戻してよろしいでしょうか、ご主人様」
「うん、お願い。いつもありがと、管理人さん」
あなたは無限通路から移動した。
□
数日振りに、あなたは安全完全空間へと戻って来た。
「お久し振りです、ご主人様。今度はどうされたのですか?」
白い下着のお尻側をたくし上げる管理人は、見慣れない服を着ているあなたに注目していた。
「私、魔法学園に入学したんだ。これはそこの制服」
あなたはミニスカートの端を片手で軽く持ち上げた。茶色が基調の制服は金色の装飾が多かったりして、前の制服よりも煌びやかだ。
「……今回は、その魔法学園で襲われそうになってこちらに移動して来たのではないのですね?」
「うん。この前から少し日にちが空いたから、近況報告しに来たんだよ。……あの後ね、管理人さんに言われた通りに馬車で隣の町に行ったら、そこが魔法都市だったの。私には魔法の才能があったみたいで、特待生として受け入れてもらえたんだ」
あなたは背負っていた魔法のバッグから長い魔法の杖を出して、構えて見せた。先端には三日月の飾りがついている。
「学園の寮にも入れたし、生活費は王子様にもらった金貨だけでも当面は大丈夫だし、私にもやれそうなお仕事もあったから、贅沢しなければ、どうにかなりそうだよ」
「それは良かったです。……ですが、ご主人様。元の世界に戻らなくて良いのですか?」
「うん。こっちの世界にも、ちょっと興味が湧いてきたから。それに……気になることがあって。もし、私が元の世界に戻ったら、――管理人さんはどうなっちゃうの?」
あなたは出来れば聞きたくない質問をした。
「私はご主人様の防御系スキル『安全完全空間』の一部ですから……どうなるのかは、分かりません」
「それが怖くてね。管理人さんが最悪消滅するようなことになるんだったら、私だけの判断じゃ決められないよ」
「ご主人様……」
管理人はあなたの気遣いに感激していたようだった。
「それだけじゃないよ。元の世界に戻る方法は、王子様とか、私を召喚した人なら知ってると思うけど、この前お城から何も言わずに逃げちゃったから、聞きに戻りづらいんだよね……」
「確かに、ご主人様も戦死した王子様の責任は取らされたくないですよね」
「いや、王子様死んでないよ」
「えっ? そうなのですか?」
「そうだよ。……この前も暗殺とか言っていたし、そんなに王子様を亡き者にしたいの?」
あなたは疑いの目を向けてしまう。
「いいえ、そのようには思っていませんが、この前のお城での戦いで王子様が劣勢だったと、ご主人様にお聞きしていましたので……」
管理人に言われて、あなたは彼女に伝えたくなった。
「そのお城の戦いなんだけどさ、学園で聞いた話だと、王子様側が勝ったらしいんだよ。あれでよく勝利出来たよねって思うよ。部下の人達が優秀だったのかな」
「王子様が実は、あの巨大モンスターさんに変身出来る能力を習得していて、ご主人様がこちらに移動した後、大暴れしてお城を廃墟にすることで勝利されたのでは?」
「だとしたら、そっちのほうが噂になってると思う」
あなたは否定した。
「それと、あの悪役令嬢は捕まって、王子様に国外追放を言い渡されたってことも聞いたよ」
「王子様は国家反逆者さんに対して、ずいぶんと軽い罪で済ませられたのですね」
「あの王子様……悪役令嬢に対してはすごく怒っていたけど、基本、優しいお方なんだろうね。私にも、今まで他人にあれほど親切にされたことはないってぐらいに、誠実に接してくれたし」
あなたは今でも王子には好感を持っている。決して金貨をもらったからだけではない。
「……ご主人様は私と王子様、どちらが大切なのですか?」
彼女は対抗心のある表情をあなたに向けていた。
「もちろん管理人さんだよ」
あなたは迷わず即答する。
「嬉しいです、ご主人様。今まで尽くして来た甲斐がありました」
「今日ここに来たのは、お世話になった管理人さんにお礼がしたいって理由もあるんだ。何か要望はある? 私に出来ることなら、なんでもするよ」
「私としては、ご主人様にはいつも魔力を対価として頂いていますので、特にはありませんが……」
「私、すごく機嫌がいいから、頼むなら今のうちだよ?」
大歓迎の様子を見せるあなたに対し、――管理人は頬を赤くし始めた。
「では……。ご主人様と、――口づけがしたいです」
「え……っ」
あなたは管理人の要望に動揺した。けれども、答えはすぐに出た。
「……いいよ。管理人さんみたいな美少女なら、むしろこっちからお願いしたいぐらい。……でも本当にいいの?」
「はい。よろしくお願いいたします」
「それじゃあ……」
あなたは管理人に近寄った。
彼女はいつものように、上半身を少し屈ませて、ミニスカートを持ち上げている。そのため、あなたよりも顔の位置は低い。
あなたも屈んで正面を合わせた。彼女の美しい顔と間近で向き合う。
彼女は頬を染めている。
正面からでは、一本の金髪の三つ編みも、白い下着も見えない。
大きな緑の瞳は、期待と緊迫できっと満ちている。
あなたのするべきこと。
それは感謝を示すこと。
自分を救ってくれた美少女のお礼なら、何も不安はない。
あなたから、口を寄せた。
彼女の唇に触れた。
初めて彼女に触れた気がした。
はっきりとした彼女の感触があった。
最後にそっと、あなたは口を離した。
あなたはこの特別な体験によって、思っていた以上の緊張を知った。幸運なような、終わった後の切なさのような、固まらない気持ちについていけなかった。
「ありがとうございました、ご主人様。私は幸せな従者です」
「これからも時々来るから……、よろしくね、管理人さん」
「はい、ご主人様。いつでもお待ちしております。では、スカートを下げますよ」
「うん。またね」
お互いに、早々の別れを望んだのは、ただ恥ずかしかったから。
あなたと彼女は、再び別々の場所へと隔てられた。
□
安全完全空間は、いつも安全で、セーラー服を着た三つ編みの金髪美少女がいる。
管理人である彼女は、この空間のカウンター席に座り、そこでコーヒーのようなもの……魔力をコーヒーに似せて作り出した濃い飲料を飲んでいた。
「ご主人様……今日はまだ、お越しになられないのでしょうか……」
独り言を言っていた彼女は、ようやく大好きな魔力の反応を得た。向こうの世界で、最強の防御スキルが使われたのだ。
「ご主人様!」
彼女はすぐさまコーヒーカップを置き、席を立つ。
あなたを迎えるため、彼女はミニスカートのお尻側を大胆にたくし上げる。
(終わり)
管理人さん「えっ、ご主人様は私の好きなパンツを知りたいのですか? それはもちろん、私が穿いているこちらの白い下着です。ご主人様にとっては白い守り神様とも言えますから、当然、ご主人様も好きなはずですよね? 崇めても、だいじょうぶですよ~」
ということで、最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
二人称小説はよく、とっつきにくいと言われるため、本作は逆にとっつきにくい、女主人公がヒロインに外で見てきたことを話すだけ、という構成にしました。
本作のような変態的な作品は、色々とご用意しています。良かったら、他作品もお読み下さい。