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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
マイナス一話目 季節前後 -Piece of Memory
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-1-58 リイ・ラハイムの体験

 居間に居て、母さんのお茶をずずっとすする。

 稽古終わりのお茶はいいものだなあ。気分が落ち着く。

「ふう……」

 一息吐く。隣と、そのまた隣には、

「はあ……」

「美味しいっすねえ……」

 同じようにまったりとする、二人の女性が並んでいる。同時にお茶を飲んで、一緒に一息吐いていた。

「落ち着くなあ……」

「まったくまったく」

「リラックスっすねえ……」

 稽古の緊張感なんて全くなくなった三人が並ぶ図。その内一人はそもそも稽古自体やっていないという。

「……りらっくすって、やっぱり西の国の言葉ですか?」

 今し方リイさんの口から出て来た、気になった言葉について訊いてみる。

「そーだよお。気持ちが落ち着くとかまったりするとか、そういった意味の言葉だよお」

 やっぱり。エンと一緒に西の国にまで出向くものだから、物知りにもなるんだなあ。

「まあ、あっしはエンちゃんと一緒に居ればどこでもリラックスだけどさあ」

 また何やら、女同士しか解らないような話に行こうとしている。

「あんたってば、またエンに変な事を吹き込むつもり?」

「変な事じゃないよお。エンちゃんだってそうでしょお?」

「……まあ、否定はしないけどさ」

「否定しないんだ……」

 それはそれで、妙な話に流されやしないだろうな。

「うん。私だって一人が寂しい時もあるからね」

 そう言って、エンはリイさんと肩を組む。にやりと、いつもの強い笑みを浮かべながら。

「この子と居るとねえ、とってもリラックスになれるんだよねえ。主に私が」

 どういう意味で?

「あ、あっはは……」

 肩を組まれているリイさんも苦笑いしていた。

「別に趣味嗜好にけち付ける気はないけどさ」

 男の居る場で、そういう話は程々にして欲しいものだけど。むしろ二人は男性への興味はないんだろうかと。

「あらあら、皆さん仲がいいですね」

 そんな時に、母さんが突然現れた。

「っ――と」

 気配なく現れるものだから、リイさんが僅かに動揺した、ように見えた。

「リイさん」

 唐突に、母さんからリイさんへの声掛けが。

「は、はい」

「いい反応ですね」

 なぜだか無表情で褒められている。先程の事はびっくりしただけじゃ?

「それを言いに来たの?」

 エンの突っ込みに、母さんはふるふると首を振る。だったら何を。

「お茶、要りませんか」

「お茶……」

 手に持つ茶碗をしげしげと見やる。一瞬、何かを考えるように遠くを見て、

「これじゃあなくて?」

 やっと理解出来たようだ。

「ええ……シエンがお友達を連れて来るなんて、珍しいですから。是非新作のお茶を飲んで頂きたく」

「新作! ああ、こんな新参者のあっしの為に……! エンちゃんのおっかさんのお勧め、これを受けずして何がエンちゃんの友か! 喜んで頂きますよお」

 途轍もなく大袈裟な台詞を吐いているが、本当にそう思っているのか。……思っているだろうから凄いなあ。

 その言葉に、母さんはふふっと可笑しそうな笑みを浮かべて。

「では、少しお待ちを。すぐに淹れて来ますので」

「ああ、あっしは逃げませんから。じっくりいいものをお願いしますよお」

 そしてリイさんは、その笑みが意味するものを、知らない。

「あれ? エンちゃんどうしたの」

 母さんがリイさんに気を取られている間に、既に私達は居間から退避していた。エンもすっかり危機回避能力が戻って来たらしい。

 うん、それでこそ張り合いがある。勝負は互いに完璧でなければ面白くはないしな。

「いや、ねえ、折角のご指名だから、全部譲ってあげようと思ってな」

「? なんでえ? ってユエン君?」

「済まない、私も辞退させて貰う」

 私もふすまの陰からリイさんを見守る。少し気が引けたけど……これも運命だ。過酷な運命だけどな。

「まあ大丈夫だよ。運が良ければまあ無事で居られるだろうから」

 今の所、無事で居られる割合は二割以下しかないけど。

「エン、余計な事言わなくていいよ。リイも自分の意思でここに居るんだから、何かあっても本望って思わないとな」

「……なあにか不安な言動だねえ」

「ああまあ気にしないで。最悪でも骨は拾ってあげるから」

「え……それって、最悪は」

「お待たせしました」

 母さんがお茶を持って来た。……初心者だから、祈るくらいはしてあげよう。

「では、どうぞ」

 母さんが、リイさんの座る前にお茶をことんと置く。いつもなら茶の色で危険度が把握出来るんだけど、今回は見えない角度なので当たりか外れかは解らない。

「ああ、ありがとうございますー」

 のんきにお礼など言っているけど、さて果たしてどうなる事やら。

 ずずっと、リイさんがお茶をすする。見た限りでは、普通に飲んでいるだけに見えるんだけど……。

「んあ……効いてない……?」

「……当たりだったかな?」

 見守る私達をよそに、リイさんはぐいぐいお茶を飲んでいく。

 だけど。

「お、おいし……おいしいっす」

 何やらリイさんの言動がおかしくなって来て。

 顔は笑顔のまま、体の至る所ががたがた震え出した。

「ああ、効いて来た」

 エンの無慈悲な実況。

「っふふ、良かったです。どうぞぐいっと飲んで下さいね」

 母さんの無慈悲な催促。

 母さんの手前だからか、そもそもがそういう性分だからか、笑みは消えないけど明らかに顔色は悪い。

「は、はい。ぐいっと頂きます……」

 立派だった。心から賛辞を送りたい。私はこの人を好きになれそうだ。人格的にな。


 あれから本当、リイさんはぐいっとお茶を全部飲み干して。母さんが機嫌よく片付けに行ってから、

「え、エンちゃあん……」

 ふらっふらな足取りになって、リイさんが私達の元にやって来る。口調もおかしいけど顔色も怪しい。

「あれ……毒じゃないよねえ……」

「多分普通に飲み物だよ。でもうん流石、やっぱり出来が違うねえ」

「伊達にエンの友人を語っている訳じゃないか……」

 根性が違う。熟練している私達ならともかく、初心者でありながらあのお茶を耐え切るなんて。

「うえっ」

 ……完全には耐え切れていないようだった。その傍らでエンは、

「立派だよ立派、あっはははは!」

 なんて大笑いしながらリイさんの肩をばしばし叩いている。

「これ、拷問……なんかに使えそうだねえ……」

「無理だろうな。屈服する前に気が飛ぶだろうし。まともに耐えられるのはあんたくらいだ」

「じゃあ、麻酔とか……即効性の……」

 どうあっても何かの価値を見出したいらしい。素直に駄目なものは駄目と言えば、……ああそれは駄目だ。母さんの前でうっかりそんな事を言えば、また部屋に閉じ篭っていじけるのに決まっている。毎度毎度そんな母さんをなだめるのは、結構大変なんだから。




 夕方頃。黄昏色が少し出て来た刻に。

「エンよ、おるのかの」

 縁側に座って、茶をすすってまったりしていると、参道の方からトオナの声が響いて来た。

「居るぞー。縁側の方にな」

 そうトオナの声に応えて、少しして庭の所、丁度大きな木――ご神木がある方向からトオナが顔を覗かせた。

「相も変わらず、だらけておるのかの」

「失敬な。だらけているように見せているだけだ」

「結局だらけておるのではないか」

 なんて言いつつ、トオナは私の横に並び座る。だらけたふりをしている者が、二人に増えた。

「今日も遅かったな。やっぱりあれか?」

「……うむ。最近になって妙に頻度が多い。儂を教会に引き入れようとする魂胆が見え見えなのだ」

「それは――」

 昔、お婆が亡くなってから、トオナの両親は歯止めが利かなくなってしまった。トオナをどうにかして――というか無理やりにでも教会の教えに引き入れようと、そればかり考えて動いているように思える。だけど――。

「いいのか。おじさんとおばさんは」

「ふん。娘に首輪を付けたがるような者など、付き合い切れんわ」

 トオナの親嫌いは深刻だ。考え方が違うという事は解るけど……それが亀裂を生んでいる事にさえ気付かないんだろうか、トオナの両親は。

 そう。トオナの意思を尊重して、自分達の考えを押し付ける事さえしなければ。それだけの事なのに――。

「はあ……ほんに、ハトリとメイスケの子として生まれておれば、これ程思い悩む事もなかっただろうにの」

「それは困るな」

 思う前から、そんな言葉が口を付いて出て来る。

「どういう意味なのだそれは」

 じとっと低い、不機嫌そうな声が。

「さてね。どういう意味だか」

 心の内を言わないままで。そうしているとしばらくトオナは不満気な顔をしたままだったけど。

 ……言いたい言葉は呑み込んだ。

 だって。

 他人として出会わないと、好きになれないじゃないか。

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