1 1-6 悪者
女の見ている方向に、私も眼をやる。少しして、木の影から男が三人出て来た。いきなり出てくれば驚いただろうが、今更なので冷静に見ている私が居る。
しかし――見た限りでは、とてもではないが法術師には見えない。柄の悪そうな男達の姿、ぼろ臭そうな服装に、丸刈りだったり下品で歪んだ顔付きだったりしているその姿は、法術師と言うよりもどちらかと言うと――。
「ごろつきだろう?」
「そうだよね。そう思うわあたしも」
「お前が法術師と言ったんだぞ」
人は見掛けに寄らない。とは言うが、その言葉があてにならないと思う程に、どう見ても腕力系の輩に見える。それなりに弱者には強そうで、それなりに腕の立つ奴にはあっさりとやられそうな、要するにそういう系の連中。それが三人。好んで関わりたいとは思わない。この女とは違う意味で。
「そうなんだけどさ、実際に喰らったんだよあたし」
「何を」
「法術」
連中を見る感じ学はなさそうだが、確かに、使えないという理屈はない。
素質――のようなものが要る事は要るが。それを誰が、どんな形で有しているか、そこまでを一見で知るのは、無理ではないが難しい。
――だが。
「お前、私が法術師とすぐに解ったんだろう?」
「そうだけど?」
「あいつらが法術師だと、最初は解らなかった」
「……そうだけど」
「ならば答えは一つだ」
私と、あいつらが、同じ事をしても違う所と言えば。学んだ者なら誰にでも解る事。
それは元から、その素質を身に宿しているか、いないか。
私には、それが解る。私も一応は法術師なのだから。そうして連中の姿を、意識を深く集中させて、改めてよく見てみる。
すると、よく解った。連中には、法術を扱う為の素質がことごとく欠けている。
つまりは、先天的に術は使えない。
だがそれが使ったとなれば、それはまともな手段で使ったのではないという事。いわゆる外法というものだ。
問題はその外法を、どうやって、どんな形にして使うのか。手っ取り早いのは触媒――道具を使う事。それはお札でも玉でもなんでもいい。他にも西方の魔女などは杖を使って術を使うのだとか。とにかくそうした物に法術の元――術式や源素などを組み込んでおいて、あとは“実行”の命令を下すだけ。これで誰でも手軽に法術が扱える、という寸法だ。
成程、それには少し興味が湧いた。どんな能力なのか。その触媒を奪ってしまえば私も何かしらの術が使える事になる。
……それはいいな。悪党に持たせておくより、遥かに有意義となるだろうから。
だから、堂々と、私は連中の前に出て行く事にした。
「あ、馬鹿っ!」
と後ろから女の非難の声がしたが、気にはしないでおく。私は考えなしの馬鹿とは違う。相手の能力を見て、それに応じた対処をするまでだ。
「なんだあ? ガキか?」
ごろつき共と対峙する。……ガキ扱いされるのも、まあ今となっては慣れてはいる筈だがなあ。やはりいらつく。
「おいガキ、この辺で女見なかったか」
乱暴な言葉遣いで、そんな事を訊いて来る。やはり、あの女が原因だったか。
「……礼儀が」
「あ?」
「足りていないなあ愚か者が」
「あ? なんだこのガキ!」
しまった、いつもの癖で本音を言ってしまった。どうやら無駄に怒らせてしまったらしい。
「シメてやろうかてめえ!」
まずいな、なんとか話を逸らさねば、私の方が標的とされてしまう。
「まあ待て。女ならそこの茂みに隠れているぞ」
言って、女の隠れている方を指差す。
「って馬鹿! 馬鹿でしょあんた!」
女が思わず身を乗り出して来る。気持ちは解るが、ここまで馬鹿正直に動かずとも。
「お前は単純だな。あっさり釣られずとも」
「なんだてめえ、そいつを売り渡すってか?」
そんなつもりもあまりないな。売るも何も、こいつらが金を渡してくれるとは思えんし。
「義理は果たした。あとは単なる話し合いさ」
「話し合いだ?」
「うむ。理性があるならばそれで収めるべきだ。仮にも人間ならばな」
「あ? 馬鹿にしてんのかてめえ!」
ああ、この程度の皮肉は通じるのか。もっとはっきりと言わなければ解らないものと思った。“お前達はヒトデナシ”だと。或いは人のように見える何か、“ヒトモドキ”なのだと。
「お前達は、その女に襲い掛かられた。そこまではまあ、女にも非はあると見るが」
まあ、見た目や今までの言動で判別するに、女の非は一割程度もないものと思われるが。いろんな意味で品のない男共と、みてくれは悪くはない女。どちらを信じるかなど、自問自答するまでもない。
「なぜに追われる? 何かこいつらから盗みでもしたか?」
女の方に訊く。
「してないって」
まあ、ごろつきの持つお宝など、まず盗品だろう。所在が解れば返さねばならない。それならば捕まえた方が賞金も貰えて手っ取り早いか。
「ならば問題はなかろう。危害を加えた訳でもなし、ここは一つ見逃してやってはくれないか?」
平和的解決を図ろうとする、が。
「そういう事じゃねえ。そいつを寄越すか寄越さないか訊いてんだ」
どうやら平和を求める程度の知性も足りていないらしい。
「馬鹿者。人に物を頼むのなら、納得出来る理由を述べろ。或いは納得させられる誠意を見せろ」
それが筋だ。
「あ? 誰が馬鹿だって?」
威嚇して来る馬鹿者。
いやそう言っている本人なんだが。
「いやそう言っている本人なんだが」
思った事をそのまま口に出して言った。
「なんだとこらあ!」
「舐めてんのかてめえ!」
しまった怒りを買ってしまった。これは完全に巻き込まれる展開ではないか。
その時、奥の方に控えていた、三人目が前に出て来た。黒い外套を纏って、顔に覆面をしていて、目だけがこちらを見ているのが解った。
「どっちも面倒だ」
そいつが懐に手をやり、ごそごそと、何やら物を取り出した。
何か。
それを認識するには、男の動きは緩慢過ぎた。
何かの印が描かれた、お札。
それは紛れもなく。そして私の予想を定義付けるのに充分な要素だった。
術符。それが奴らの法術の正体か。恐らくこの男が“実行”の係だ。
男がそれを眼前にかざし、そして何事かを呟く。一。二。三。四――。
そして、
まずい。と直感が走った。
隣の女の手を取り、背を向けて走る。
「ちょっ、何――」
文句を言い切る間もなく、
ずがあん!!
と、走り逃げる私の真横に、光の柱が掠めていった。
「ひいあっ」
女が悲鳴を上げる。
――なんだこれは。手段は法術だというのに、魔術的なものをぶっ放して来た。