-1-47 真逆の信仰
・ あと六日
ある日ある時。日が照って明るくなって来た頃。
家から寺院に通おうと町への道を歩んでいると、本当たまたま、その道の先に、二つの人影が。それに走って寄ってみると、西方式の服を纏っていたトオナと、同じく西方服を着ているおばさんが町の方へと赴こうとしていた所だった。
「おおトオナ、お前もか」
追い付いて喋り掛けはしたものの、隣に居るトオナの方は仏頂面。「うむ」とだけ返事はしてくれたけど、“儂は今不機嫌最高潮なのだ”というような気配を思い切り醸し出していた。
おばさんの方は、娘のそういった感じを気にも留めない様子で、
「あらおはようユエン君。これからお勉強かしら」
なんて能天気に語り掛けて来る。勿論トオナの重圧には気付かないまま。
「ええ、ちょっと寺院の方に」
「そう。私達はこれから教会なの。神様へのお祈りにね」
そう喋りながらも、トオナの不機嫌度はどんどん上がっていっているようで。一緒に町までの道を歩いていても気が気でなかった。いつトオナの不機嫌が頂点に達するかとか。
しかし……神様へのお祈りか。この国に根付いている宗教では、あんまり神様にお祈りをするなんて事はないんだけど。
その辺り、西方式の宗教は大きく異なっている。この国の教えでは、神様は日常の色々な所に居る。例えば米粒一つ一つにも神様が宿っているという話だし。対して西方式の教えでは、神というものは一柱しかない。唯一絶対の存在、それを中心に世界が作られ、人が生まれ、そして信じる者を救って、その終わりには天国へと導かれる、らしい。
天国というものが如何なる所か、察するのは難しい。別の宗教では極楽浄土という場所と、それと真逆の地獄界という所があるけど。そういった所に導かれる基準が一柱の神の采配次第というのはどうなのかと。
……まあ、信ずる事は自由だからな。
「ところで、ユエン君は暇があります?」
先程寺院に行くと言ったのになあ。因みに寄り道をする暇とかも全然ない。トオナの方はその辺り、おばさんに伝えていないんだろうかね。
「いえ、先生が時間に煩いもので。約束もしていますし」
「そうですか。ユエン君もどうです? トオナと一緒に教会を覗いてみては」
聞いちゃいねえ。約束があると言っているのに。
「生まれも育ちも神社なもので。ちょっとよその国の事までは伝わらないかと」
トオナじゃないけど、教会に寄る用事なんて今もこの先もないと思われ。
「そうだわ。今度聖書をお渡ししましょうか。為になるお言葉がたくさん載っていますよ」
「いや、いえお気遣いなく……」
聖書の存在は流石に知っている。あの分厚さは鈍器として使うのに丁度いい感じだな、とか。
「ああそろそろ行かないと。人を待たせていますんで」
やんわりと、先を急ぐ旨を伝える。このおばさん、私も苦手だ。会う度に神様がどうとか言い出すんだもの。お婆の血を引いているとか、そんな感じが全然しない。……或いは逆か。お婆の力を最も間近で見ていたからこそ、劣等感を持った結果がお婆と全く違う道に進んだ理由だとも――。
という訳で、さっさとこの場からは離れるように。適当な理由を付けてな。別に先生は時間に遅れようがなんだろうが、我が道を行く人だから気にはしないだろうけど。
「じゃあ、トオナ、またあとにでも会おうか」
手を振って駆け出す――直前にトオナのむすっとした顔が私の隣から、後ろの方へと駆けていった。
「ちょっと、トオナ! どこに行くの!」
「儂はエンに付いていくでな。教会は欠席する!」
おばさんの制止を振り切って、私の後ろ、私の進む道を先に行く勢いで走っていった。
私も駆ける。程なくトオナに追い付いたものの。
「いいのかトオナ。おばさんを放っておいて」
「構わぬ。あんなものに関わっておるなど、何かの罰だ」
教会嫌いここに極まれり。いや、恐らくは教会自体を嫌っている訳じゃないんだろう。嫌っているのはお婆の行った道を嫌っているおばさんの方だ。
多分おばさんも悪気があってトオナを連れて来た訳じゃない、とは思うけど。ちょっとだけ強引さがあるだけで。
そうして二人で駆けていって、道の角を曲がっておばさんの姿が見えなくなる頃に、ようやく足を止める。
「まったく、お前も強引なものだな」
「構わぬであろ。幼馴染と共に行くのにどう遠慮が要るものか」
まあそれには同意。本人が面白いと思う事を選ぶ。なんの非難があろう事か。
「で? お前は寺院にまで付いて来るつもりなのか?」
「当然であろ」
愚問、とでも言うようにトオナはさらりと答える。
「教会行きは欠席した。せめて祈りの時間とやらが終わるまでは時間を潰さねばな」
一応寺院って、関係者以外は立ち入れない事になっているんだけどな。
まあそれも建前。余程目立ちはしなければ、わざわざ誰かに咎められる事はない、と思う。寺院だって、通う者全てを把握している訳じゃない筈だし。
「一応言っておくけど、大人しくしておけよ。揉め事とかもってのほかだからな」
「解っておるわ」
まあ、先生の工房にまで行ければ目立つ事もあるまい。誰も邪険に扱う程の興味も持たないだろうし。
二人して寺院への道を歩いていく。大きな建物が、大分近くに見えて来た。
リーレイア先生の客。
そんな単純な理由をでっち上げて、トオナに寺院の敷居を跨がせた。まあ間違った事じゃないから、その点はいいとして。
しかし、本当に寺院にまで付いて来るなんてな。しかも元々教会に行くという事だったから、そちら側の服、西方服を着たままだ。当然目立つ。……ならいつもの巫女装束ならいいのかと言われれば、それもそれで目立つんだろうけど。
「寺院は広いとは聞いたが、中にまで入るのは初めてだの」
辺りをきょろきょろ見回しながら、トオナが言う。
「あんまり目立つ事をするなよ。どこで誰に目を付けられるか解らないぞ」
なんだかどうにも危なっかしい。変な所を覗き込んだりしないだろうな。と思ったので、さりげなく左手を差し出してトオナの右手を持って、引いていくように。
「な、なな、何を突然にするのだ!」
瞬間、怒鳴られた。トオナが手を引っ込めようとして、その手が私の左手から離れる。
「いや、はぐれたら困るだろうから、繋いだだけだけど」
「ならば最初に言ってからにせぬか」
誤解だと言うに。手を繋いだだけでそれ程動揺せずとも。
「本当、危ない所なんだぞ。心配させるような事をするんじゃない」
左手を差し出す。
「む、むう……」
そうすると、詮無いかと観念したように、手を繋いでくれた。
そのまま、先生の部屋――工房にまで行こうとしている訳だけど。
トオナの奴、たまに振り向いて顔を見てみると、なぜやら顔を赤くして俯いていらっしゃる。何なんだろうね一体。はぐれそうな迷子扱いが恥ずかしいとかか?
まあ、先生の工房まですぐだ。我慢して貰うしかないよな。