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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
マイナス一話目 季節前後 -Piece of Memory
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-1-42 エンの洗礼

 まあそんな事はともかく。今日私達が集まった本来の目的は、エンによる修練にあったんだった。

 話がずれて大分時間を使ってしまったけど。とにかく私達三人組と、エン――そしてなぜか、トオナも縁側から見守る中で、庭に出て対する事に。

「じゃあ、早速かかってらっしゃい」

 柄の短い木刀も持ったエンが、私達三人の前に立って、笑みながら言った。

「ってなんで!?」

 元々、エンの監督による妖怪山の探索の筈だったのに。なんでエンと戦う羽目になっているんだ。かと言う私もエンと同じ木刀を持たされているし。イスクの方も刃のない、模擬の槍を持っている。シズホも術力を溜め込む事の出来る手袋を付けているし。戦闘態勢は万全だ。

「三人集まりゃなんとやらよ。折角試験に挑むってんだから、これくらいはやってくれないとね」

 確かに。先生に聞いたところによると、エンは本来複数人で挑む筈の試験を、たった一人で、しかも今までで最速の時間で突破したのだという。本当規格外の話だけど、それがエンが寺院における伝説的存在として、記録に残っている一因になっている。

 そう、今のエンはそれよりももっと強くなっている筈。法術師の資格を得て二年が経って、色々な仕事をこなして、エンの経験はどこまであるのか、私にだって解らない程だ。

 そんな相手に挑めと。法術師候補の三人で。

 ……こんなのどうなるか解りゃしない。

「どうしたどうした? 来ないんだったらこっちから叩きのめすよー」

 と、エンは木刀をまっすぐに前に構える。

 言い方は軽かったけど、どう攻め込めばいいのやら。エンが相手の攻撃を完全にいなす虚御の型を現しているならば、こちらに攻め手は殆どないと言っていいぞ。

「……私が」

 と、一歩前に出たのはシズホだった。

「隙を作る。その間に攻めていって」

 シズホは、寺院でも珍しい魔法使いだ。それならば確かに、エンに対する奇襲にはなる。

 ……筈だけど。もしそれが通じなかったら? 或いはそれすら見切られたなら?

「へえ? 貴方が最初に出て来るって事?」

 意外、とでも言うように、エンがシズホの方に向く。

「だらしないぞー男共ー。女の子に先陣を切らすなんてさ」

 とは言っても、この三人の中で一番法術師に向いているのはシズホなんだから。

「……悪くない」

 ぼそりと、シズホが一つ呟いた。何が? と思った時、シズホは眼鏡を外す。そしてその目が、うっすら青白く光っているように見えた。

「ん?」

 エンがいぶかしむ。だけどその時、

「くっ!」

 エンが手に持っている木刀。そこからいきなり雷撃が起こった。だけどその時には、エンはその木刀を雷撃が起こる直前に手放していて、からんと音を立てて青白く光る木刀は地面に落ちた。

 流石に感がいい。突然の危機を察知して、その危機の大元――得物を捨てるとは。だけど、

「悪くない」

 シズホの方は微妙な満足気。多分、シズホもそれで倒せるとまでは思っていなかったんだろう。相手は仮にも寺院の伝説。だけどエンは木刀を手放した。これは確かに大きな隙だ。

 これこそシズホの魔法。正確には魔眼の力だ。その眼で見た“物”に術力を与え、そこから法術を発現させる事が出来るという。通常、人の現せる法術は自分中心だ。離れた場所から法術を現すすべは、今の所では儀式以上の域でしか難しいとされている。通常の詠唱の域ではとても表現出来ないものだ、との事。

 だけどシズホは特別。詠唱単位でそれを可能にする。今起きた事を言うなら、シズホが見た木刀から、雷の法術を現した、という事だ。

 これでエンの武器はなくなった。あとはイスクと共に畳み掛けるのみ。

「いっけいっ」

 エンに駆け寄り、木刀をエンの胴を狙って横薙ぎに振る。といっても本当に当たったら結構痛い、大事になりかねないから、寸止めをするつもりだったんだ。もし当たっても、軽く触れる程度の力だ。そもそもエンには防御をする得物がなかったんだから。

 ――だけど、

「甘いわ」

 エンが、その両手を横に。そうして私の木刀を、ばしっと挟み掴んだ。

 白羽取り!?

 確かに、全力で木刀を振る事はなかったけど、それを逆手に?

「シズホちゃんだったっけ? まさか初手から奥の手を使って来るとはね」

 それさえ見切るか? いや、私達はリーレイア先生の弟子だ。同じく弟子であったエンが、シズホの魔法を伝え聞いている事だってあったのかも。

「ていやっ」

 その間に、エンが木刀を思い切りねじる。まずい、この木刀を取り上げるつもりか。

 抵抗する。そう簡単には――。

「はあっ!」

 と、イスクが模擬槍を突き出す。木刀を掴んでいるエンだ。これを避ける事は出来ない筈――。

「現るるは――」

 エンが、何事か呟いた気がした。それって、まさか。

 木刀を掴む手、その左手を離す。そのエンの左手が、僅かに光っているように見えて。

 キイン!

 と、次には模擬槍の先を氷が覆っていた。

「何っ!」

 これは法術だ。氷の属性の法術で盾を作り、イスクの模擬槍を受け止めていた。

「やるやるぅ」

 受け止めた――だけどそれだけじゃない。

 これはまずい。エンと私達は、今武器を介して“繋がっている”。

 なら、次の一手は――。

「どおん」

 とエンが気の抜けたような言葉を言った瞬間、どかん! と、大きな音が。

 ぎりぎり木刀から手を離す。振動の伝った木刀が、からんと音を立てて地に落ちた。だけどイスクの方は、手に持ったままの模擬槍を通した振動の法術で――。

「うぎゃいっ」

 思い切り、その体に振動が伝った様子。そしてそのまま身を震わせ、イスクは崩れ落ちた。

 気絶しているだけなんだろうけど……だけど三人の攻撃を全部受け切って、今一人を倒してしまった。

「はっはっはー。どうしたどうしたー、もうちょっと粘ってくれると思ってたんだけどなー」

 余裕綽々過ぎるだろう。いきなり一人脱落とは。

「さあて、こっからは法術のお勉強かな。トオナ、そこの男の子、邪魔になるからちょっと退かしてくれない?」

「あ、う、うむ」

 言われた通り、見物者であるトオナが庭に降りて来て、土の上で気絶しているイスクの肩を持ってずるずると引っ張っていく。……邪魔者扱いかあ……。

「よし、じゃあ行こうか」

 少しだけ、後ろに飛び退いたエンが、僅かに呟く。これは、先程と同じ、法術の詠唱か。

「現るるは、炎の壁」

 エンの“実行”。そうすると、私達の周囲に、言った通りの炎の壁が。

「さあ、そのままだと蒸し焼きになるよー」

 軽く言ってくれる。しかもその壁、周囲からゆっくりと迫って来ているし。抜け出すか、根本から消さないと駄目っぽいけど。――となると、水を使うのが正解?

「ユエン、伏せて」

 と、突然のシズホの声。言われた通りに、私は屈む。

「風」

 と一言。するとシズホを中心に、とても強い風が吹き出て来た。その風は、炎の壁を全部吹き飛ばして、

「火の玉飛んでけー」

 次には、炎の塊。振りかぶって投げ付けたそれが、エンに向かって飛んでいく。

「現るるは、水壁」

 今度は水を現して、炎の塊を防いだ。当たった部分から水蒸気が吹き出て、お互いに消滅した。

 本当強い。法術だけの手合わせでも余裕綽々で即対応して来るとは。それにしてもエンは、一体どれ程の属性を操れるのかね。

「ほらほらもっと攻めて来なー。修練にもならないぞー」

 と言われても。攻め手が殆どないんだもの。

「じゃあもうちょっと強めに行こうか。危ないってなったら本気にもなるでしょ」

 そうして、エンが呟きを始める。これは法術の詠唱か?

 まずい。だとすると、これは今までよりももっと強い法術を発現する準備だという事だ。法術とは長い意味付けを付加する程、強い力を持つようになる。どうにかして止めないとだけど――。

 ……どうしたものか、と思って横を見てみると。

 シズホの眼が、うっすら光っている。また何かをするつもりなんだ。

 ――なら、それを信じる。

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